表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第三章 翼の止まり木

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/50

外伝 黎明の翼 ―ラナ―

(本編の三年前)


王都ソルディアの大地に、二年に一度の熱が満ちていた。

《剣神祭》――王国最大の武技祭にして、国宝【神剣ラグナ】の選定儀を兼ねる祭典。栄誉と誇りを求め、八名の精鋭が集う。


その中に、ラナ・シエルの名があった。

《光焼く翼》の剣士として既に知られ、若くして金位目前と噂される実力者。

けれど彼女の心にあったのは、栄光でも地位でもなく――

たった一人のライバルの姿だった。


カイル・アークレイン。

同じ訓練場で育ち、互いに剣を磨き合った男。

穏やかで真面目、けれど戦場に立てば誰よりも強く、誰よりも真っ直ぐな剣士。

ラナが本気で追いかけてきた相手。


そのカイルと、準決勝で相まみえる。


試合の始まりを告げる鐘の音が鳴る。

二人の間に、風一つ吹かない沈黙が生まれた。

観客の喧騒が遠のき、ただ剣の気配だけが残る。


一閃、二閃。

ラナの剣は風のように舞い、カイルの剣は岩のように揺るがない。

互いに攻めては退き、間合いを探る。その応酬は息を呑むほど緻密だった。


「……遅いぞ、ラナ」

「そんなはず、ない!」


刃と刃が交錯し、火花が散る。

ラナの目に、カイルの真剣な瞳が映る。

ただ、前を見据えている。情も怯えも、そこにはない。


最後の一合。

カイルの剣がラナの防御を抜き、肩口を裂いた。

金属の響きとともに、審判の声が上がる。


「――勝者、カイル・アークレイン!」


歓声が沸き、観客が立ち上がる。

ラナは息を吐き、剣を納めた。

「……強かったね」

そう言う声は笑っていたが、その笑みはどこかぎこちない。

カイルは一度頷いただけで、言葉を飲み込んだ。


翌日の三位決定戦。

ラナの対戦相手は北辺の重剣士ヴェイル。

分厚い剣を振るうたび、砂塵が巻き上がる。

昨日の疲労が残る体を押して、ラナは構えを取った。


ヴェイルの剣が迫る。

空気が裂け、地が鳴る。

ラナはそれを受けず、滑るように横を抜ける。

反撃の一撃。風が鳴り、彼女の剣が相手の胸を掠めた。


一瞬の静寂の後、審判の声が響く。

「勝者――ラナ・シエル!」


歓声と拍手。

ラナは肩で息をしながら、わずかに笑った。

それは喜びよりも、ようやく一区切りを迎えたという安堵の笑みだった。


その日の夕刻、決勝戦。

カイルの相手は壮年の金位剣士、ガルド・レインハルト。

経験の差が戦いを分け、カイルは惜敗する。

観客は彼の名を讃えた。

敗れた者を称える空気が、どこか清らかに感じられた。


――そして、選定の儀。


聖堂には八人の本戦出場者が並ぶ。

神剣ラグナが祭壇の上で静かに光を放っていた。

神官が言葉を発する。


「剣神の御前に立つ者よ。順に、その手を伸ばせ」


最初にガルド。

剣に触れても、何の反応もない。

彼は穏やかに微笑み、深く一礼して下がる。


次にカイル。

祭壇へ進み、柄に手を伸ばす。

刃が一瞬、光を返した――が、すぐに消えた。

神官が静かに首を振る。

カイルはわずかに息を吐き、無言で一歩退いた。


そして、ラナ。

疲労に震える手で柄に触れる。

次の瞬間、()()()()()()


風が渦を巻き、聖堂全体が光に包まれる。

天井が鳴り、光が柱のように伸びる。

【神剣ラグナ】が応えるように、ラナの背に光の翼が差した。

人々の歓声が響く。


その光の中、カイルは立ち尽くしていた。


(――俺の方が、強いのに)

(俺の方が、勝ったのに)

(何故ラナなんだ)

(何故、俺じゃないんだ)


なんで

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで


頭に血が昇り、心臓が煩い。

理性が何度も止めようとするが、胸の奥で暴れる。

掌が汗で濡れ、剣の感触が離れない。

歓声が遠い。この空間のどこにも自分はいない。


――分かっている。選定は技量じゃない。剣が選ぶのは“在り方”だ。

そんな理屈、百も承知している。

けれど、それでも。


(何故だ……なんでだ……なんで……)


飲み込んだ息が血の味に変わる。


頭が熱い。


それでも顔は動かさない。笑みも作らない。作ったら崩れる。


観客の視線が痛いほど突き刺さる。


そのすべてが、彼女へ向かっている。


光が収束し、ラナが膝を折りかける。


覚醒させた【神剣ラグナ】の反動だろう。


それでも倒れず、名を名乗る。


声が震えながらも、まっすぐ届く。


――その姿が、あまりに綺麗で。


胸の奥がぐしゃりと潰れた。



* ラナ視点


目の前が、白く滲んでいた。

何が見えているのか、もうわからない。

歓声の熱だけが遠くで響き、世界がゆっくりと揺れていた。


(……立たなきゃ)


脚が震える。

意識がどこかへ引きずられそうになる。

体の奥で、剣の鼓動が響いていた。

まるで自分の心臓が二つあるみたいに。


(ここで倒れたら、終わりだ)

(選ばれた女が、その場で崩れるなんて――)


唇を噛んで、膝に力を込める。

血の味が広がった。

痛みが、意識を現実に繋ぎ止めてくれる。


喉が焼けるほど乾いて、息が重い。

それでも、視線を逸らさなかった。

壇下にいる人の顔が見える。

彼が、見ている。


――カイル。


その目に、何が映っているのかは分からない。

悔しさか、怒りか、あるいは何か別の感情か。

けれど、確かに見えた。

私を見上げるその視線が、燃えている。


(ごめん)

(私も、まだ受け止められない)


剣が、まだ熱い。

選ばれたという実感よりも、

ただ――「彼に申し訳ない」という痛みがあった。


(でも、倒れない。剣に選ばれた私を、選ばれなかった剣士達を、嘲りの目には晒させない!)


胸の奥で何かが燃える。

それが誇りか、恐れかも分からない。

けれど、確かに――私は、剣士として立っていた。


声がかすれる。

それでも、言葉を紡ぐ。


「……光焼く翼所属、ラナ・シエル。

 神剣ラグナ、確かに拝領いたしました」


周囲の拍手が爆ぜる。

光が収まり、人々がこちらへ視線を向ける。

その瞬間、ようやく現実が戻ってきた。

足はまだ震えているのに、胸の奥だけが静かだった。


(もう戻れない。選ばれたのなら、背負うしかない)


息を吐いた。

それだけで体が軋むほど疲れていた。

けれど、立っている。

――それが、今の私のすべてだ。





式が終わり、人々が去った後。

夜風の吹く聖堂の前で、二人は再び向き合う。

ラナは神剣を抱え、疲れた笑みを浮かべた。


「……おめでとう」

先に声を出したのはカイルだった。

「ありがとう」


「悔しいけど、納得もしてる」――そんな言葉は嘘だ。


カイルは言わない、言えない。

だからこう言ってくれると、ラナは知っている。


「すぐに追いつく」

「待ってる」


カイルの言葉に、ラナはただ真っすぐに返した。


神剣に選ばれた者としての報奨――その場で、王国より金位昇格が正式に告げられた。王都中の喧騒が遠くで響いている。だが二人の間には、何も要らなかった。


風が吹き抜け、聖堂の灯がふたりの影を揺らした。


胸の奥では、まだ“なんで”が燻っている。

消えないままでいい。

次の戦いまで、燃やしておけばいい。


剣士の誇りは、敗北の痛みと共に研ぎ澄まされていく。

夜空の下で、カイルは静かに拳を握った。

ラナは神剣を見下ろし、微かに笑った。


――黎明の翼は、その夜、確かに生まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ