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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第三章 翼の止まり木

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第30話 ――乾杯は潮の下で――(第三章・完)

海上都市リューグーに着任して三日目


明け方の宿舎。

食堂には、夜の名残りと朝の気配が同居していた。

長卓の上には資料と地図、そして――各自が手にした木杯。


赤位探索者の痕跡と、海底から響く鐘音。

表向きは「軽度の瘴気流出」とされたが、あの音を聞いた者として、楽観はできなかった。


「明朝から、湾内の再調査に入る」

エルドが地図を広げる。

「オーリスとヴァルクは結界と測定の準備を。リディアとラナは沿岸側の警戒。

 氷雨、クーデリアは観測と通信を頼みます。……トゥリオ、船上の防衛を任せます」


「了解」

「了解しました」


彼の声は落ち着いていたが、瞳の奥に疲労の色がわずかに残る。

政庁への報告、港湾局との調整、現地許可の申請――探索者の仕事は戦いだけではない。


「……すみません。私も少しでも手伝えればよかったのですが」

そう言うと、彼は静かに首を振った。

「いいえ。現場判断を優先しました。あなたが動かなければ測定は進みませんでした。十分です」


「しかし、鐘が鳴るなんて聞いたことないね。外任務で音がするなんてさ」

「瘴気の波と海流がぶつかると、似た音が出ることがある」

 パンを頬張りながら喋るラナに、少し不機嫌にヴァルクが答える。

 (この説明二度目だもんね)


「ただ、自然現象なら一度で消える。あれほど明確に響いたのは異常だ」

「海が鳴いているようだった」ヴァルクの言に応じて、氷雨が窓の外へ目をやる。

「底のほうで、何かが擦れ合ってる感じ」


「湾底に直接潜ることは想定しておりません。ヴァルクの提案に従い、探査はすべて結界越しで行う方針とします」


エルドが決めた結界展開による探索――それは、地上のものとはまるで勝手が違う。足元に広がるのは、大地ではなく揺れる水面。そこに魔力の陣を張るというのは、例えるなら呼吸をする波の上に、糸一本で橋を架けるようなものだ。


私たちが行うのは、直接潜っての調査ではない。海面に複数の結界石を設置し、それぞれの魔力を一定の間隔で循環させる。結界同士が共鳴を起こすことで、海中の流れや瘴気濃度を“像”として読み取る――いわば魔力による透視観測だ。

波の上に描く、巨大な魔術的ソナーのようなもの。


ただ、安定した地脈の上で張る結界と違い、海上では魔力の支点が常に動いている。潮、風、温度、魔力の濃淡……そのどれか一つが崩れても、結界はすぐに歪み、まともな観測にならない。だからこそ、護り手が必要なのだ。


トゥリオが船上防衛を担い、ラナが外周を警戒する。オーリスが結界を制御し、リディアがその補佐、ヴァルクが測定を支え、氷雨が幻影で結界の“形”を可視化する。


そして私は、魔力の偏りを観測し、全体の流れを調整する役目――。六人で一つの術式を支える、大掛かりにして繊細な作業だった。


「……聞けば聞くほど、怖くなってきたよ。海の上で結界なんて、落ち着かないね」

ラナが少し苦笑する。

「私たち、海の真上で結界張るんだよ? 足場に船はあるけどさ」

「確かに、地に足がつかぬ探索は厄介じゃな」リディアが応じる。

「ま、潮がどうあれ、わらわの炎は届くとも」

「流石、頼もしいね」

私が更に合わせると、リディアは満足げにうなずいた。


(正直かなり難度の高い作業になる、懸念点は一つでも潰しておきたい)


懸念点は…ラナだ。

彼女が陽気なのは今に始まったことではないが、どうもリューグーに入ってからのラナは、どこか浮ついているように見える。気がゆるんでいるというか……少し落ち着きがない。話をあまり聞いていなかったり楽観的過ぎたり…流石に警戒中には鳴りを潜めていたので問題は無いと思うが、念には念を、である。


私は氷雨に小声で話しかけた。


「ねえ…氷雨。ここに来てからラナの落ち着きが無いように感じるんだけど…心当たりないかしら?」

「えっ、どうして僕に聞くのかな」

氷雨が少し驚いたような顔をするが構わず続ける。

「氷雨にしてはラナへの突込みが早くて少々執拗だったかなって…だからもしかしたら何か知ってて釘でも指してたんじゃないかなーって」

確証は無い。ただの勘ではあるが、何の理由も無いよりマシだろう。


(おっでも氷雨の反応的には当たりかも。)


「べつに…大した話ではないし…作戦にも影響はしないと思う」

それでも聞く?と続ける氷雨を促し、続きを聞く


「ラナは―――今から―――――みたいでね」


それを聞いた私は一瞬吹き出しそうになるも、なんとか抑え込む。

それなら、確かに心配ない。むしろ叶えてあげたくなってきた。

「ありがと、氷雨。それなら心配ないね」

「…まあ、陽気すぎるのも困るときは困る、かな…」


燻っていた懸念点を解消した私は、相変わらずパンを齧っているラナを一瞥したのち、ポーチから小瓶を取り出した。それを掲げて皆に声を掛ける。


「皆、こちらに注目!これを貰いました!港の薬師さんから!!沢山!!」

小瓶のラベルには“強壮剤”と書かれている。

琥珀色の液体が、灯の光を受けてゆらめいた。


「また妙なものを……」

エルドが少しだけ眉をひそめる。

「効くの?」ラナが身を乗り出した。

「さあ。でも“海仕事前の縁起物”だそうで」


私は小瓶の封を切り、一口で飲み干した。

――甘くもなく、苦くもなく。けれど、喉の奥が焼けるように熱い。

「……っ、これ……効くわ」

「顔が赤いぞ」

「気のせいです」


氷雨とラナが笑い、リディアが杖を軽く打った。

「まず己を整えるとは、よき心がけじゃ」

「それで一本空けちゃうのは豪気すぎない?」

「ま、クー子らしいけどね」


オーリスが静かに手を合わせた。

「この地で、無事に魔が鎮まりますように」


その祈りに全員が杯を掲げ、私は強壮剤を注いで回る。


「じゃ、乾杯だね」ラナが切り出し、皆がうなずく。

薄明の中、強壮剤の香りが空気と混ざり、妙に温かい空気が広がる。


エルドが立ち上がり、杯を掲げる。

「――では、出発の前に」

声は静かだったが、全員の意識が自然とそこへ向かう。


「この潮に誓いましょう――乾杯」

彼の言葉に合わせ、全員が杯を掲げた。


木杯が静かに触れ合い、乾いた音が朝の空気を震わせた。

その響きは潮風に溶け、遠くの海へと流れていく。


私は身体の芯が熱を帯びていくことを自覚しつつも、杖を手に取り、席を立つ。


(鬼が出るか蛇が出るか…今回はどうにも不穏な要素が多すぎる)


朝日が届かない、曇天の空だった。

第三章完結です。他の章とは違い、むしろこれから始動という章末になりました。

また外伝二つ挟んで次に進みますが、ラナとリディアはどちらも非常に筆が乗ったのでお楽しみに。


第四章では物語に欠けていた要素がやっと来る感じですのでそちらもご期待ください。


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