表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第一章 再灯の翼 <紫華>

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/52

第1話 ――紫華の付与師の憂鬱――

 夕暮れの光が、酒場の窓から斜めに差し込む。

 木の床を踏む足音が響き、壁に掛けられた灯が淡く揺れた。


 ここはダンジョン攻略によって栄えた「探索都市」。

 宿屋も鍛冶屋も、治療院もギルドも、この街の全てが探索者のために動いている。小さな子どもが木剣を振るう横で、中堅パーティが戦術を練り、熟練パーティの踏破報告が掲示板に貼られる。この街にいるだけで、探索者という職業の序列や誇り、日常に流れる緊張感が肌で分かる。


 ――だが、誰もが最前線に立てるわけではない。


 ダンジョンの喧噪が遠ざかる……私は、今日もお留守番である。

 ……代わりに、酒場のグラスが相棒だ。


 国家公認の最高位探索者、《紫華(しけ)》の称号を冠する付与師。

 つまり私――クーデリア・リーフィス。

 クー子と愛称で呼んでくれても一向に構わない。

 私は寛容な女なのだ。


 街の片隅の小さな酒場。紫のブローチが目立つ青白色の髪を揺らしながら酒瓶を片手にグラスを煽る。滞在時間は優に二時間を超え、空の酒瓶が転がっている。


 ……はい、つまり察してほしい。

 そういうことである。


 *


 そう! この私!!

 クーデリアことクー子様こそが!!

 周辺国家でも指折りの付与師様なのである!!


 なのである! な・の・で・あ・る!!


 大事なことなので二回でも三回でも言う。付与師って凄いんだぞ!!


 なにせ、あらゆる属性を扱えるのだ。

 物理属性、魔法属性、本当に何でも。


 装備やアイテムに魔力を付与し、戦闘を補助するだけでなく、旅先での生活支援までこなす万能職。


 少人数パーティでは一人は必須、誰が何と言おうと神ジョブである。


「おうおう、なんだその目は……」

 心の中で悪態をつきつつ、私はグラスを握りしめた。


「こんな超絶有能美少女を前にして、冷めた目をしやがって……

 最上級付与師様のお酌だぞ? 光栄に思うのが筋ってもんでしょ!」


 テーブルを軽く叩き、私は酔いの混じった視線で、

 目の前の男――呪具師のヴァルクを見上げた。


 ()()()()()()()()()

 最上位パーティの一員でありながら、

 ここ最近の私の出番は、殆どなかった。


 *


「だ〜か〜ら〜! ヴァルクは出番あるじゃんかー!」

 酒の匂いを孕んだ吐息で、愚痴をぶつける。


「呪い外しでも罠解除でもさあ! 二回前も五回前も行ってたじゃん!

 私なんて八回連続お休みなんですけどぉ?! ねぇー!」


 酔っ払いのクダを真正面から浴びても、ヴァルクはただ一言。


「……落ち着け」


 その低い声に、私は思わず目を上げた。


 低い眉、鋭く澄んだ瞳、肩で揺れる黒髪。

 鍛え上げられた体は細身ながら、確かな重みを持つ。

 熟練の呪具師――彼は常に冷静で、眉ひとつ動かさない。


 その静けさが逆に腹立たしくて、私は声を張り上げた。


「いい加減、私も出たいのよ! 戦いたいのに!」


 酒の熱で頬が赤くなり、理屈よりも感情が先に立つ。


「……落ち着け」


 もう一度、低く、同じ声で。


「落ち着けたって……」


 悔しさを押し殺しきれず、テーブルに顔を寄せてむにゃむにゃと唸る。


「お前の出番はなくなったわけじゃない。

 それにお前ほどの付与師なら――」


「いやー無いわー、ヴァル君、それは無いわー!」


 私はグラスを握り直し、顔を真っ赤にして身をよじった。


「だってさ、付与師って本来武具や防具に属性を込めて戦闘を助ける職でしょ?

 でも熟練パーティだと、魔道具とか補助アイテムで代用できちゃうんだもん!

 そりゃ出番減るわ!」


 (私はここで戦いたいの!)

 という本来の叫びをぐっと押し込め、先に何故自分が呼ばれないかの言い訳を始めるあたり、実は相当弱っているのかもしれない……それを自覚してしまう。


 愚痴を吐きながら、私は再びヴァルクに目を向ける。

 酒場のほの暗い光、木の香り、ざわめく声――

 その全てが苛立ちを包み、少しだけ和らげてくれる。


「でもね、分かってほしいの。

 付与って、本当は()()()()()()ことじゃないんだよ」


 私はグラスを軽く回しながら、言葉を選ぶ。


「炎を出すのではなく炎が出せるようにする。

 雷を流すのではなく雷が通れるように整える。」


「つまり、力を押し付けるんじゃなくて、力が通る状態を作る。

 この世界の理を少しだけ滑らかにして、魔力が自然に流れるように整えるの。

 それが付与の本質――理屈の上では、ね」


 私は苦笑して、グラスの縁を指でなぞった。


「……まあ、戦場じゃまともに整える暇もない。

 だから私たちがやってる即席の付与ってのは、

 本当は間に合わせの調整にすぎないのよ」


 ヴァルクは少し口元を歪めつつも、実直に答える。

「……付与は専門外でな。まあ、覚えておこう」


「ふふ、そんなもんよ」

 言いながら、私はとっくに空になったグラスをゆっくり傾ける。


「便利ではあるけど、どこか替えが利く気がしてね。いなくても回る。

 けれど、居た方が確かに楽――そんな立ち位置」


 軽く息を吐き、笑おうとしたけれど、口元がうまく動かなかった。

 一拍置いて、少しだけ目を細める。


「私はこのパーティを離れたくない。

 ここで一緒に戦った人たちと、同じ空気を吸って、

 同じ危険に立ち向かって――その場に居続けたい!」


 手元のグラスを揺らし、微かに震える手をテーブルに押さえつける。


 ヴァルクは静かにグラスを置き、ほんの僅かに眉を動かした。


「……そうか」


「私は、ここに居続けたいの!」


 声が少し上ずる。


「だから……どうか、私をこの場所に置いて。」


 ヴァルクはしばし沈黙し、やがて短く答えた。

「……分かった。お前の気持ちは伝わった」


 そして、少しだけ――目元が緩んだ気がした。


 焦燥も苛立ちも、少しだけ安らぎに変わる。

 言いたいことを言えて、聞きたい言葉も聞けた。

 それだけで、酔いが眠気へと変わっていく。


「……俺に決定権は無いんだが、それ分かってるか?」


 なんか言ってた気がするけど、多分寝てたから覚えてない。

 眠いし、ふわふわするし、酔ってるし……

 まあいいや……明日の私に任せよう。


 ――私の意識は微睡の中に落ちていった。

物理属性:斬突壊

魔法属性:火水風雷土闇光

作中では上記10属性を基本として考えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ