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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第三章 翼の止まり木

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第29話 ――潮の底より――

翌朝。

封鎖線の外側には薄い霧が漂っていた。

夜明けの光が海面に反射し、街全体が淡く霞んで見える。

潮の香りに、鉄のような匂いが混じっていた。


「潮が変わってるね」

氷雨が小声で言った。

「昨日より重い感じがする…原因は分からないけど…」

「濃度の偏りだな」ヴァルクが応じる。

「瘴気の揺らぎは微弱だが、方向性が安定していない。海流に乗って散っている」


私は杖を海に近づけ、海面に向けて魔力を流した。

淡い光が輪を描き、すぐに消える。

――少なくとも見た目上は、異常なし。

だが、王都で見る潮流とは明らかに違う。

海が、どこか()()()()()()


港と海面との境を暫く歩いていくと、赤錆びた網に引っ掛かった大きな金属片が打ち捨てられているのを見つけた。


ラナが腰を下ろして、破片を拾い上げる。

「……武具の一部だね。赤位の装備規格に似てる」

「残留魔力はあるか?」

ヴァルクが問うが、ラナは首を横に振る。

「オーリス、お願い!」

「微弱ですが、確かに反応が残っていますね」


引き継いだオーリスが答えると、エルドが眉をひそめる。

「封鎖から一週間経っているのに、まだ残るのですか?」

「それだけ濃い戦闘があった…にしては

 痕跡の数が少なすぎます。抵抗した形跡がない」


「つまり、何かに呑まれたか」

リディアの声が静かに響く。

「抵抗する暇もなく、一瞬で…そんな感じじゃ」


*


午前のうちに、市街から漁協区画へ移動した。

漁師たちは皆、出港を控えているようで、港は閑散としていた。

その中で、一人の老人が網を修繕していた。


「王都から来た探索者さんかい?」

「はい。沿岸の調査で来ています」

私が答えると、老人は少しだけ顔を上げた。

「海が荒れたのは先週のことさ。嵐でもないのに波が立ってな。

 港の灯が全部吹き飛ばされた。あの夜から、海が静かすぎるんだ」

「魔物を見たという人は?」

「見た、というより()()()だなあ…。

 沖の方から、鐘の音みたいなのが響いたのよ。この街じゃ鐘なんて鳴らしとらん」


「鐘の音……?」

「瘴気の波と海流がぶつかった際に、鐘の音に似た音がすると聞いたことはある」

ラナが小声で聞き、ヴァルクが答えた。


エルドが地図を開き、海岸線を指でなぞった。

「瘴気観測が最も強かったのはこのあたり――リューグー南端の潮底湾です。午後から現地へ向かいましょう。船を出す許可を取ります」

「了解です」


リディアが少し離れた場所で空を仰いだ。

「空気の色が変わってきた。潮が動くぞ」

確かに、風向きが緩やかに沖へと流れ始めていた。

雲の切れ間から光が差し、海が金色に光る。

だが、その眩しさの裏に、どこか鋭い緊張があるように思えた。



昼過ぎ。

私たちは漁船を借り、潮底湾の外縁へ出た。

波は穏やかだが、海面の色が徐々に濃くなっていく。

青ではなく、灰がかった群青。


「……ここから先、変色が始まってますね」

私は杖を海面に向け、魔力を流した。

淡い光が水面で散るが、すぐに沈んでいく。

吸われている――そんな感覚だった。


「魔力伝導率が急に落ちてる。水が魔力を通さない」

「瘴気の濃度が高い証拠だろう」ヴァルクが補足する。

「このまま中心部へ行けば、発生源の正確な位置も特定できそうですが…」

「調査だけならここで十分です。下手に突っ込むのは止めましょう」

オーリスの提案はエルドが却下する。オーリスとしても却下は織り込み済みのようで、静々と従う。


「潮の流れが固定されています。風が変わってもそのままです」

「潮が止まっている、ということですか?」

「いいえ。潮は動いています。流れの向きが固定されているのです」


 その言葉に、私は息をのんだ。高い瘴気濃度に固定された潮の流れ…循環…?それとも接収…?どちらにせよ…嫌な予感が脳裏に過る。


「帰還します。一度データをまとめて政庁に送る」

エルドの落ち着いた声が響く。

「調査範囲を拡げるのは明日にしましょう」

「了解」私は思考を切り替え、返事をした。


その瞬間――。

近くで、低い音が鳴った。風ではない。波でもない。……鐘のような音。


全員が動きを止めた。


だが、次の瞬間には、何もなかった。波は穏やかで、空は晴れている。

音は、最初から存在しなかったかのように消えていた。


「方針は変えない、撤収」

エルドの声で我に返る。私たちはすぐに船を返し、宿舎へ戻った。



夜。

海上都市は再び静寂に包まれていた。昼間より風が冷たい。

私は窓から外を見下ろした。港の灯が、ひとつ、またひとつと消えていく。


「鐘の音、幻聴じゃないよね?」

確かに聞いたが、一応念のため確認をする。そもそもリューグーに着いてすぐ、街の中心部でも微かに聞こえていた気さえする。

氷雨が隣で呟いた。「僕も聞いた。幻じゃない」

「……でしょうね」エルドが応じる。

「音の位相の記録は取れています。

 発生源は海――深さは不明ですが、確実に下です」


「明日、結界を展開して湾底を探ろう。潜る必要はない…と思うが、どうだ?」

「…このメンバーならそれも可能でしょう。

 難しい工程になりますが、潜るよりはマシです」

ヴァルクの提案にエルドが頷いた。

元凶が海の底にあるなら、取れる手段は限られる。

より確実に、より安全に探る術があるなら、それを選ぶべきだ。


「結界の展開は明け方が良いでしょう」

エルドが地図を押し広げる。

「潮が引く時間帯が重なる。外側からの干渉も減るはずです」


「明け方は霧は出るけど、僕が何とかするよ」

「準備はこちらで整えます。結界強度はいつもどおり確保できます」

氷雨とオーリスの賛同により方針が固まった。


皆の視線が自然とエルドへ集まる。


彼は短く息を整えて告げた。

「では、明日の明け方に決行とします。

 仮眠を取って体を休めましょう。何が出てきても動けるように」


こうして明け方の決行が決まった。

集まった全員が大まかな作戦を確認した後、それぞれが席を離れ、準備へ散っていく。


(多分、明日…状況が動く、それなら()()を用意しないと)


*


私は一足先に荷物を整理し、就寝準備を整えていた。廊下の灯は落とされ、静けさが宿舎の壁を這うように沈んでいる。


私はリディアの部屋の前で軽くノックした。


「……入っておくれ」


扉が開き、柔らかな魔灯の光がこぼれる。

装束を解きかけのリディアが、鏡越しにこちらへ視線を向けた。


「リディア、これ、持っておいて」


私は彼女に小瓶――【連環の匣】の粒(触媒)が八個入った小瓶を手渡す。

二属性を同時に扱える、切り札の一つである。


「八つ……かえ? クー子の分は足りるのかの」


「大丈夫。私は十個ある。同時付与が必要になった時に、足りないじゃ困るからね」


彼女は少し眉を寄せ、粒を一つずつ摘むように確かめる。

「うむ、分配量に異論は無い。火力の底上げしか出来ん儂と、汎用的な付与を扱うお主では必要となる機会に差が出るは必定。なんなら5個でも十分なくらいじゃ」


「1日だけなら日持ちするから、必要な方に融通すれば良いかなと思って」


「それもそうじゃの」


リディアとは事前に二人で調整をした。貴重な触媒なので無駄遣いは出来なかったけど、集中すれば失敗しないと確信出来る程度には仕上げたつもりだ。私はあらゆる組み合わせで、リディアは火を中心に風か雷を、二属性同時に扱う機会がそれぞれ与えられた。


「良い眠りを得るがよい、クーデリア」


「うん。おやすみ、リディア」


扉が閉じ、廊下に静寂が戻る。

掌の温度がまだ残っていて、そこに明日の気配が宿っているように思えた。


休息の時間は限られている。

今は一秒でも長く休んで、明日に備えなければならない。

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