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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第三章 翼の止まり木

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第26話 ――紫華、猫を探す――

導入の零章(三話)を新設しました。

お留守番前のお話ですね


王都政庁では、各国代表を交えた会談が始まっている。

理素結晶の扱いについて、私が出した提言は事前協議で要点が通っている。

あとは研究局と外交官たちが進める段階だ。

探索者として関わる余地は、もうない。


任務は区切りがついた。エルドも各所への調整を終えて待機に入っている。私も今日は完全な休暇だ。仲間の探索中に別の依頼を受けるのは御法度だが――全員が休暇ともなればなんの問題もない。


少し体を動かしたくなって、久しぶりに探索者依頼管理局の窓口へ向かった。


王都の中心街にある白壁の建物――通称〈白壁窓口〉。

黒位から紫位まで、誰でも利用できる国営の依頼斡旋所だ。

当然、王命任務すら請け負う紫位が足を運ぶことは滅多にない。

それでも私は、ときどき顔を出す。

“日常”というものを、少しだけ思い出したくなるからだ。


扉を開けると、昼下がりの陽が差し込んでいた。

数組の探索者が受付に並び、依頼書を受け取っている。

私はその列の最後尾に静かに並んだ。


「お待たせしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

若い職員が、慣れた笑みで応対する。

私の〈探索者証〉を確認した瞬間、ほんの一拍だけ手が止まり――すぐに柔らかく微笑んだ。


「……紫位の方、ですね。いつもありがとうございます」

「ええ。今日は依頼をひとつ受けに来ました」


「承知しました。最近はお顔を見なかったので、少し驚きました」

「仕事が立て込んでいたんですよ。今日は少し、気分転換に」


「なるほど。では、軽めの依頼を中心にお探ししますね」


魔導端末を滑らかに操作しながら、職員が笑みを向ける。

その落ち着きに、周囲の探索者たちも「また紫華様か」と穏やかに視線を交わす。

もはや“珍しい”より“微笑ましい”――そんな空気が流れていた。



私は表示された依頼一覧を眺め、指先で一枚を止めた。

「……これ、いいわね」


職員が画面を覗き込み、小さく目を瞬く。

「行方不明の……猫、ですね?」

「ええ。市場通りの裏手で見失った、とあります」


「確認しますね。……はい、依頼者は一般市民の方です。

 報酬は黒位相当、内容としては妥当です」

「それで十分です。ではそちらを受注で」


――黒位の依頼としては、平均的な額だ。

小洒落たお店で仲間と晩酌して、少々お釣りがくるくらい。

紫位の私にとっては、報酬というより気分転換の口実に近い。


「承知しました。依頼書はこちらに」

「ありがとう」


署名を済ませ、受付をあとにした。

背後で、職員が小さく笑う声が聞こえた。

「……依頼者さん、運がいいな」



*



昼の陽射しが傾き、王都の石畳が金色に光る。

市場通りは人で賑わい、香ばしい匂いが風に混じっていた。


私は依頼書を開き、簡単な情報を読み返す。

迷子の猫――名はミル。

三毛模様で、人懐こいが音に敏感。

最後に目撃されたのは市場裏の倉庫近く。


(猫探しなんて、いつ以来かしら)


探索者といっても全員漏れなくダンジョンに…という訳でもない。特に黒位のような見習いはダンジョン外での仕事が半分を占める。流石に青位以上ともなればダンジョン探索が前提となるのだが…低位である程に挑めるダンジョンの数も少なく単独で稼げる機会も無い。そういった背景からこういったお手伝いレベルの案件も探索者に回って来る訳だ。


まあ…私はスカウトされてからは緑位の時点でダンジョンダンジョンダンジョンで、ダンジョン外での仕事は主に付与師ギルド側の仕事と、他の探索者とは随分毛並みが違う遍歴な気がするぞ。



自嘲ぎみに笑いながら、路地へと歩を進める。市場通りの裏手は、倉庫や荷置き場が入り組んでいて、昼でも薄暗い。人の往来は多く、音と匂いが錯綜している。


私は“風”をほんのわずかに付与し、空気の流れを読む。路地ごとの温度差や埃の舞い方を確かめながら、猫が通り抜けそうな隙間を順に覗いていった。


木箱の下、樽の陰、軒下の干し魚棚――どこにも姿はない。

すれ違う八百屋の老夫婦に尋ねると、

「昼前に三毛猫が北の通りを横切った」と教えられた。


(市場の喧騒を嫌ったのね。静かな方へ逃げた可能性が高い)


私は足を北へ向ける。

陽が傾き始め、石畳の影が長く伸びていた。

風に混じる土と草の匂いが、通りの境界を知らせてくれる。


(魔力で探るほどでもないけれど……)

掌に軽く魔力を流し、“風”の膜を広げる。

空気の揺らぎに含まれる毛の残り香が、わずかに流れた。

辿る先は、裏庭続きの廃屋。


扉の隙間から覗くと、古い木箱の陰で、何かが微かに動いた。

今度こそ間違いない。


しゃがみ込み、声をかける。

「大丈夫。怖くないわ」


猫がぴくりと顔を上げる。怯えてはいるが、逃げる気配は薄い。

私は“風”を再び付与し、空気の流れをやわらげつつも、音と匂いを遠ざけて、静かな膜を作る。

そっと手を差し出すと、猫は一度鼻をひくつかせ、やがて小さく鳴いてこちらに歩み寄ってきた。


抱き上げると、思っていたより軽い。

喉を鳴らしながら、毛並みを胸に擦りつけてくる。


「あなた、なかなかの隠れ上手ね」


夕暮れの光が、廃屋の木壁を橙に染めていた。

街の喧騒が遠くで薄れ、風がやさしく頬を撫でる。

ほんの少しだけ、心がほどけた気がした。

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