第22話 ――五芒の擦鞘――
今回エルド視点です。
塔の再探索を終え、報告書をまとめ終えたころには、窓の外に沈む陽が赤く差していた。今回は『光焼く翼』の四名で臨んだ探索だったが、被害もなく完了。理素結晶の回収も成功した。だが、そこからが本番だ。
理素結晶――理喰らい討伐後に入手した未知の構造体。
循環する理の流れが絶えず自己を保ち、外部干渉を受けても乱れない。
ただの結晶ではない。あれは理そのものが形を成したような存在だ。
私は、サンライズ王国側の外交官とともに、近日開催の会談に向けた打診内容を詰めていた。机上には、理素結晶の構造解析図と観測記録。紙の上で語るには、あまりにも未知が多すぎる。
「――つまり、共同研究として両国の管理下に置く方向で調整、ということですね」若い外交官が、確認するように言った。疲れの滲んだ声だが、誠実さが伝わる。
「ええ。現段階ではそれが最も妥当でしょう。
ただし、所有や独占という言葉は、相手の警戒を強めます。
監督と報告の共有の方が通りやすいはずです」
外交官は頷き、ペン先を走らせる。
彼が扱うのは国の利益。私は探索者としての現場感覚。
立場は違えど、目指す方向は同じだ。
理素結晶の観測――その提言をどう伝えるかが鍵だ。
「私見ですが、観測段階で得られる情報は必ず双方で共有すべきです。
あの結晶は、構造の一部を誤解するだけで取り返しのつかないことになります」
外交官が顔を上げる。
「……それほど危険なものなのですか?」
「危険というより、"理そのもの"です。
水が侵食するように、あれはあらゆる法則を上書きする可能性があります」
言葉にすると不気味な響きになる。
だが、それが真実に近い。
探索者の勘というのは、時に理屈より確かだ。
「分かりました。提案書にその旨を明記します。
月影国側には、私の方から慎重な取り扱いを求める形で伝えます」
そう言って彼は一礼した。
責任の重さを理解した上での、静かな覚悟が見える。
「会談の成功を祈っております」
「ありがとうございます。こちらは報告を整えておきます」
扉が閉まり、部屋に静寂が戻った。
私は机に残された資料を片づけ、外套を羽織る。会談には出席しないとはいえ、発見者としての責務は果たしたと言えるだろう。前日にまた最終確認があるとのこだが…その時にはクー子にも同席してもらおうか――
そこで思考を切り、腰にある一本の鞘を手に取る。
【五芒の擦鞘】――聖遺物装備。
抜けば刃に五つの属性のうちいずれかを付与する。
火、水、土、雷、風。
どの属性も一定の出力であるが、現場での即応力は高い。
沼地での進行、動力炉の暴走の制御。
この鞘に何度助けられたか知れない。頼もしい相棒だ。
……だが、クー子と一緒にいる時だけは、不思議と使わない。
使わなくとも彼女が付与してくれる――だからこそ当然ではあるのだが…この装備の性能が付与師(の存在意義)殺しでもあるのもまた事実。もしかするとまだどこか罪悪感があるのかもしれない。
昔はクー子の付与の出力も今ほど高くなく、お株を奪われたような顔をしていたような覚えはあるが、少なくともこの鞘の力では廃区画地下ダンジョンの扉は開けられなかった…最早彼女の力は聖遺物級を超えていると言っても過言ではないのだろう。
*
街に出ると、風が冷たく感じた。塔の瘴気を孕んだ空気とは比較にならない程に、空気が澄んでいる。通りの魔導灯が次々に灯り、都市の夜が始まる。
珍しく、夜まで予定が空いた。
私は自宅に戻り、外套を椅子に掛けて腰を下ろす。
――光焼く翼も、随分と変わったな。
クー子は紫位として、もはや国家の象徴だ。
リディアの制御は安定し、氷雨の幻術は誰も見抜けない。
トゥリオは戦場を動かす盾となり、ラナは近接最強を欲しいままにしている。
ヴァルクも、呪詛の領域で右に出る者はいない。
皆が、私の想像を超えていく。
理想は成った。それぞれが、自らの力で戦い抜ける。
それが誇らしくもあり、少し寂しくもあった。
私は机の上の短刀を見やり、静かに目を閉じた。
理素結晶――あれが、ただの発見で終わるはずがない。
歴史は動く。
そしてその時、再び皆の手が必要になるのだろう。
夜風がカーテンを揺らす。
私は灯を落とし、暗闇の中で小さく息を吐いた。
「……次は、どんな地平を見ることになるか」
都市の灯が遠く霞む。
静かな夜が、彼の胸の奥に溶けていった。
理素結晶はうまく運用すれば「理論上は可能なことなら何でも実現出来る願望器」になり得ます。
それだけ聞くと「いやそんなものを隣国と共同研究とかどうなの?」という話ですが理由は主に以下二点
・最悪中の最悪の場合、理喰らいが復活して自国どころか周辺国家まとめて滅びます
⇒リスクヘッジとして月影国にも関わってもらう必要あり
・月影国側に貸しを作れる
⇒あくまで外交カードの一つとして切ることでその他の交渉を有利に進められる




