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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第三章 翼の止まり木

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第21話 ――連環の匣――

祝杯をあげた日から、更に数日が過ぎた。


エルドたちは、前回と同じ四名で《墨濛の塔》の再探索に出ている。瘴気の流れを抑えていた《白礫の洞》は完全に閉鎖され、その周辺は封鎖区域として結界が張られた。


私は留守番組として、ギルドの解析班から送られた報告書と向き合っていた。

あの廃区画の地下で発見された聖遺物の一つが、正式に返却されたのだ。


箱の表面には、今の付与体系にも通じる、古代期の“束ね文字”――

複数の術式を一つの流れに統合するための、失われた記号である。


【連環の匣】


解析班からはそう名付けられていた。



魔法にも付与にも使える多属性触媒。

しかも、触媒を通すことで複数属性を同時に扱える。

本来なら一瞬で衝突して消えるはずの流れを、整えて繋げてしまうという。


ただし、意志ある魔力には相変わらず無力。

そこだけは、どうやっても上書きできない――解析班の報告書にもそうあった。


それでも、これは大きな一歩だ。

もし魔法発動時に使えば、単なる威力強化だけでなく、

異なる属性を混ぜ合わせることすら可能になる。


革命、と呼んでもいいかもしれない。


……リディアが居ないのは少し残念だ。

彼女なら、どんな反応を見せただろう。

「どうじゃ明るくなったろう」とでも言いながら、迷いなく火を点け…いや流石にそれはないか。



中身は時間経過でゆっくり補充される仕組みらしい。

けれど本当に“ゆっくり”で、解析班もある程度損耗させてしまっている。

残量は…6割と言ったところか、こういった消費型にしては返却時点での損耗が多いあたり、解析班も“補充型”と知って調子に乗ったな?と舞台裏を邪推しつつも今後の運用を真剣に考える。



気軽には切れない(カード)ではある。

しかしだからといって出し惜しみをすべきものでも無い。最悪時間さえあれば補充されるのだから、必要でさえあればガンガン使ってこそだろう。




……一旦、私の相棒で試してみようか。



机の上に【供応の背嚢】を置き、そっと匣を持ち上げる。

背嚢の口を開くと、中の空気が小さく震えた。


「ねえ、これ、入る?」


試しに匣を入れてみる。


――次の瞬間、匣はまるで弾かれたように飛び出した。

中身が嫌がるように、背嚢の表面でぴょんと跳ね返る。


「……そこまで拒まなくてもいいでしょうに」


私は小さくため息をつく。

どうやら、背嚢側も“自分に合わない魔力”を本能で弾いたらしい。


完璧な組み合わせを夢見たが、現実はどうにもままならない。


けれど、こういう失敗は嫌いじゃない。

理屈の外で起きる反応こそ、付与師にとって一番の刺激だ。


「ま、いいわ。試すことも減ったし」


理想は『背嚢の中にありながらも匣の中身だけが的確に飛び出す』というものだが、そもそも背嚢に入らないのでは線無き事だ。

私は机上に匣を戻し、中身の触媒を検める。



*



匣の中の触媒は、取り出してからも一日程度なら効力が持つとのことだ。小瓶を手に取り、貴重な触媒をそっと掬う。ただの粒のように見えるが、実際は凝縮された魔力の粒。一粒だけ――慎重に封じる。



自室を出て、修練場へ降りる。

自宅の地下一階丸ごとを魔導遮断で囲った個人用の訓練空間。壁面には測定陣と防炎結界が二重三重に組まれ、床の中央には術式刻印済みの試験台が据えられている。紫位の給金と報奨を正しく運用した結果がこれだと、自嘲気味に思う。

もっとも、日頃の訓練や研究に使う以上、贅沢というよりは必要経費だ。


試験台の上に、何の変哲もない鉄片を置く。

小瓶の栓を外し、匣の触媒を粒から更に削って針先ほど落とす。

すぐに薄い燐光が立ちのぼり、鉄片の周囲で空気が揺れる。

――行くわよ。


最初に流すのは"斬"。

刃の概念を付与し、輪郭に鋭さを与える。

次に、干渉を乱さないよう強度を落とした"雷"を重ねる。

電性の走行を刃の縁へ誘導し、流路の衝突を触媒側の束ねで受け止める。

脈拍を落とし、息を止め、指先だけで魔力の位相を微調整する。


――噛み合った。


鉄片の縁が微かに震え、紫電の細い毛糸が輪郭に沿って走る。

試験用の無機材をそっと押し当てると、刃が滑り込み、同時に極小の放電が切断面を焼き締めた。断面は紙のように薄く、しかも熱による歪みがほとんどない。斬の貫通と雷の焼結が、触媒の統合で綺麗に同居した証だ。


「やった!!」


声が思ったより高く跳ねて、我ながら少し照れる。

でも、嬉しいものは嬉しい。

手のひらの上で鉄片を傾け、切り離した薄片がぺらりと落ちる様を眺める。

落ちた瞬間、縁の火花がふっと消え、焼け跡すら残らない。


「これは…凄いわ。魔法の二重発動ともまた違う」


誰もいないのに、つい独り言がこぼれる。

指先で小さくガッツポーズを作ってしまい、慌てて咳払いで誤魔化した。


記録石(きろくせき)》を起動し、結果を口述で残す。

「試験一。対象、鉄片。触媒、連環の匣由来微量。付与一段《斬》。付与二段《雷》。束ね安定。切断面、熱歪み極小。触媒消費、針先以下」

言いながら鉄片をもう一度見て、口元が緩む。

うん、これは実用になる。


既に解析で割れていたことではあれど、実際に運用してみせるのは話が別だ。

二属性の同居は理屈の上では可能でも、現場で綺麗に重ねるのは難しい。

今の私は、たぶん少しだけ上手にできた。


「ふふ」


頬が勝手に緩む。嬉しい時は、嬉しい顔をしてもいい。

紫位だって、人間なのだから。


触媒の瓶を布で包み、丁寧に箱へ戻す。

修練場の結界を順番に落とし、最後に灯りを消す。

闇がすうっと降りて、胸の中には小さな灯りが残ったままだった。


「これはもう祭りね。探索から帰ってきたらリディア誘って飲み明かそう!」


そう呟いて階段を上がる。

足取りは、少しだけ弾んでいた。



【連環の匣】

古代期の“束ね文字”によって構成された多属性触媒が入った匣。

内部には複数の術式が封じられており、流した魔力を自動で整え、異なる属性を一つの流れに統合する。

その特性から、魔法にも付与にも使用可能で、正しく扱えば複合属性の同時発動を可能とする。

ただし、意志を持つ魔力には干渉できず、完全な上書きは不可能。

消費後は時間経過でゆっくりと補充されるが、その速度は極めて遅く、実戦では切り札扱いとなる。

扱いを誤れば暴発する危険もあり、現存する同系統の遺物はほとんど確認されていない。

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