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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第二章 新しい理

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外伝 黎明の翼 ―紫嶺―

灰鉄の訓練場に、鈍い金属音が規則正しく響いていた。盾を打ち、引き、押し戻す。音に乱れはなく、呼吸も一切揺れない。トゥリオ・ハルヴァは黙々と、角度を一度ずつ確かめていた。


盾の縁が陽光を弾く。だが彼の視線はそこにない。重心、間合い、靴底の摩耗。すべてが「受け止めるための計算」に組み込まれていた。


当時の階級は赤位。突出した記録を残してはいなかったが、彼の探索報告は常に“損失ゼロ”で終わっていた。派手な戦果もない。ただ、全員が帰還する。それが彼の戦い方だった。


――その静かな偉業を、見逃さない者がいた。


街外れの訓練場に、外套を纏った男が立つ。背に短弓、視線は一切の無駄なく標的を射抜く。エルド・フェルナー。当時、赤位。新設パーティの編成を準備していた。


金属の響きが止む。トゥリオが振り返ると、男は既に距離を詰めていた。その眼差しには、探る色ではなく“確認”の確信がある。


「前衛を任せたい。初動の受け止め、退路の殿、間合い調整を担当してほしい」


唐突な依頼。だが、実直であった。エルドは、理ではなく現場の型で話す男だとわかる。


トゥリオは少しだけ考え、答えた。

「了解した。結果と手順が明確なら動く」


それが、二人の最初のやり取りだった。

握手も契約もない。ただ、約束の形だけがそこにあった。


互いの道筋が交わった瞬間、『光焼く翼』と呼ばれる隊の骨格が生まれた。


以後、トゥリオは幾つもの階層攻略に同行した。崩壊しかけた陣形を一人で立て直し、負傷者を抱えながら撤退路を確保。その記録は、すべて「全員生存」で終わる。


そして――

転機となったのは、王命級任務での探索――《収束環域》での出来事だった。瘴気と魔力流がねじれ合い、帰還記録のない“閉鎖層”。道は存在しても、戻る経路が崩壊する。長年、攻略不能とされてきた領域である。


エルド(当時紫位)の隊が潜行した際、環域の中心で突発的な「層圧反転」が発生した。上下の魔力流が逆転し、空間全体が軋む。中心部では圧が一点に収束し、まるで巨大な心臓の鼓動のように、空間そのものが脈打ちはじめた。


通常なら、数秒で全滅する規模の崩壊現象――。


その瞬間、トゥリオは構造を見抜いた。圧力の焦点は一点、隊のすぐ前方。そこを押さえれば、後方への伝播は抑えられる。彼は無言で盾を構え、一歩、焦点へ踏み出した。鎧の内側から、低い唸りが響く。


――【魔喰いの鎧】。

着用者の魔力を喰らう代わりに、極めて高い魔法耐性を与える、聖遺物級の防具。その鎧が“渦”を喰い始めた。周囲の魔力流が引き寄せられ、圧縮の奔流が一点に集まっていく。光が鎧の継ぎ目を走り、周囲の魔力を削る最中において、ただトゥリオは立ち続けた。


鎧が限界を迎えれば、自分の命が尽きる。

それでも――仲間を帰す方が先だと決めていた。


轟音の中で、彼の声だけが静かだった。

「退け。……あとは俺が抑える。」


以後、()()()()。鎧が魔力を啜る音だけが、空間に響いていた。全ての圧を自身に集め、弾き返し、崩壊を許さなかった。やがて環域の流れが収束し、空間が安定を取り戻す。


その場所は、後に“嶺の間”と呼ばれる。瘴気も揺らぎもない、理の穏やかな領域として記録に残った。報告書には簡潔に記されている。“全員帰還。構造安定、経路確保。犠牲なし。”


この記録は、紫位に推薦されるに十分足り得るものであった。


*


任命式典のその日、玉座の前に、一人の男が進み出る。

重鎧の肩に刻まれた傷跡が、光を鈍く返した。

トゥリオ・ハルヴァ――彼の名が呼ばれる。


王は一度、視線を正面に据えたまま告げた。


「トゥリオ・ハルヴァ。

その堅き盾と揺るがぬ心を讃え、“紫嶺”の名を授く。」


紫嶺――それは“山のごとき安定”を象徴する称号。

守護者としてこれ以上の無い頂の称号である。


トゥリオはわずかに頭を垂れ、短く答えた。

「拝命いたします。」


王は続ける。


「汝の守りはただの防壁にあらず。その姿は皆を導く峯なり。嵐にあっても動ぜず、仲間を帰還へ導いた功、まさに“嶺”の誉れに値す。」


言葉とともに、控えていた侍従が一歩前へ進み出る。両手に掲げた台座の上には、重厚な山の意匠を刻んだ紫の紋章――紫嶺の徽章が載せられていた。


その中心には、灰銀色に光る六角の魔力鉱。光を受ける角度によって紫を帯び、山脈の稜線のような輝きを放つ。外縁には微細な彫り込みで嶺雲を表し、霧を纏う高峰を象徴する意匠となっている。


侍従が恭しく進み、台座を差し出す。トゥリオは片膝をつき、無言でそれを受け取った。金属の冷たさが手の中で静かに熱を宿す。それは、幾百盾打ちで積み上げた日々の記憶のようだった。


王は最後に静かに言葉を添える。


「その盾、いまや国を支える嶺なり。

これより先も、揺るがぬ者であれ。」


トゥリオは深く一礼し、何も語らなかった。

その沈黙こそが、彼の誇りであり、答えだった。

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