表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第二章 新しい理

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/59

第19話 ――お説教と理素結晶――


夜風が冷たい。焔の残り香がまだ服に染みついている。

地上へ出た直後、私たちは少し離れた草地で立ち止まっていた。

オーリスが治療の光をラナに当て、ほかの三人――私、氷雨、トゥリオ――はその背後で静かに待つ。


そして、少し離れた場所でエルドが振り返った。


「確認する。元居た場所は――白礫の洞、第五層で間違いないな」


「はい。巣核を確認し、殻を割り、その内側の核をラナが斬りました」

私が答えると、彼はゆっくり頷いた。


「そこまでは想定の範囲内だ。判断も筋が通っている」

淡々とした声。だがその先に続く言葉は、重かった。


「問題はその後だ。裂け目――その先は瘴気の供給先でもあった。

 だが安定していた。放置しても崩壊の危険はなかったはずだ。

 それを、誰にも相談せず、生身で踏み込んだな」


空気が冷える。

私たちは息を呑み、誰もすぐには返せなかった。



「……はい。あの時は、判断を誤りました」

私は短く息を整えた。

「拍子抜けするほど順調に進んで、どこかで緊張が緩んでいたんです。

 危険は分かっていたのに……未知に触れられるかもしれない、

 そんな期待が頭を離れなくて」


言葉が落ちる。

「気づいたら、一歩踏み込んでいました。

 もっと深く見てみたい――それだけの理由で。

 本当に、軽率でした」


沈黙。

ラナが痛む腕を押さえたまま、視線を伏せる。

トゥリオは一度口を閉ざし、その後、言葉を継いだ。


「クーデリアだけじゃない。俺たちも、似た気持ちだった。

 慎重よりも、先を見たいと思った。それだけのことだ」


氷雨も控えめに言葉を紡ぐ。

「……僕も、あの時は少し浮かれてた。

 ようやく面白くなりそうだって思ってたんだ。

 だから止めるより、先に進む方を選んだ」


エルドはしばらく黙り、やがて小さくうなずいた。


「……それでいい。責めたいわけではない」

「ただ、自覚はしてほしい。

 行けたから正しいのではない。戻れたから正しいのでもない。

 その先を決めるのは、次の一歩だ」


風が一陣、草を揺らす。

彼の声は低く、穏やかだった。


「……おそらく、それは私の責任でもある。

 今までの探索は、ほとんど私が指揮を執ってきた。

 危険を察知する役も、判断を下す役も、全部私に集中していた。

 結果として、皆に自分で止まる経験を積ませられなかった」


オーリスが小さく頷く。

「その点は、確かに……。私が同行していれば、

 せめて一度は引き止められたかもしれません」


「いや、それも無理な話だ」

エルドは静かに首を振る。


「塔での探索に、オーリスは必須だった。

 結局、今回は私たち全員の慢心だ。

 クーデリアだけの問題ではない」


空気が和らぎ、わずかに風が流れた。

その風の中で、クーデリアが深く頭を下げる。

「……肝に銘じます。次は、必ず見極めてから動きます」


オーリスの光が静かに消える。

治療の術式が終わったのだろう。

焼けただれた肌はすでに癒え、外見上は完治したように見えた。


「……ラナ、動ける?」

オーリスが治療を終え、ラナが息を整えながら微笑む。

「うん。痛覚遮断も切れたみたいだけど……歩けるくらいには」


「よし、報告に戻るぞ」

エルドが軽く息をつき、夜空を仰いだ。


「……本来の出口じゃないルートで帰ったからな。

 説明が、少し面倒だ」


「めぼしい成果は理素結晶ひとつですが……」

私が言いかけると、彼は口の端を上げた。


「それで十分だ。場合によっては、聖遺物級を超える発見になる。」


「なら、少しは救われますね」

私の言葉に、彼は短く笑った。


「塔は後日、もう一度調査すればいい。

 今日のところは撤収だ。」

そして矢筒を背に戻しながら朗らかに告げる。


「――帰るぞ。今度こそ、地上の理の中へ」




*




塔の入り口が見えた頃、外にいた管理者たちが一斉にこちらを振り向いた。

一瞬の静止――そして、どよめき。


「……戻ったぞ!」「生きてる……!?」


門前がざわめきに包まれる。

外では、私たちが消息を絶ってから数時間のあいだ、

通信が完全に遮断されていたらしい。

報告も反応もなく、塔の内部で全滅した可能性まで検討されていたという。


「落ち着いてくれ」


エルドが短く手を上げる。


「ダンジョン内でイレギュラーがあったが全員無事だ。

詳細は報告でまとめる。至急、<白礫の洞>への連絡も依頼させて欲しい。

今は隊員の治療と休息を優先したい。」


その言葉だけで、騒ぎがすっと静まった。

探索者の筆頭《紫煌》としての権限ではなく、

彼自身への信頼が場の空気を整えていく。


私たちは簡易報告を済ませ、中央管理棟へ向かった。

理喰らいの消滅、融合空間の崩壊、

そして――その中で残された理の欠片。


ヴァルクが懐から理の欠片を取り出す。

仮称『理素結晶』

中で揺らめく理の層は、遠き日の記憶のように静かに脈動していた。


「これが最終階層の階層主…とは異なりますが、

 近い存在の残滓から生成された物質です。

 便宜上ですが理素結晶と名付けています。」

ヴァルクが淡々と説明し、係官に差し出そうとする。


「……待ってください」

私は思わず声を上げた。


「この結晶には、かつて(ことわり)として存在していた意志が残っています。

 どうか――丁重に扱ってください」


係官が目を見開き、深く頭を下げた。

「承知しました。紫位付与師クーデリア・リーフィス殿のご意見、

 最優先で扱わせていただきます」


胸の奥で、ようやく張り詰めていた糸が緩む。

理喰らいはもういない。

けれど、彼が還した理は確かにここにある。


報告を終え、エルドが振り返る。

「期限まで十日残しての踏破だ。……上出来だな」

「珍しく、余裕がありましたね」

「そう言えるうちは、まだ油断が抜けてない証拠だ」


軽いやり取りに笑いが混じるが、全員の動きは重い。

ラナも外見上は完治していたが、完全な回復とは言い難い。


「今日のところは解散だ」

エルドの声に、全員がうなずいた。


久しぶりの地上の風が肌を撫でる。

『生きて帰った』という実感がようやく湧いてきた。


*


探索から戻って数日後、通知が届いた。

「踏破祝賀会 開催通知」


日時と場所のほかに、小さく添えられた一文。


――参加者:『光焼く翼』隊 一同


その中に、エルド・フェルナーの名もあった。


「……エルドが来るの?」

思わず呟くと、たまたま一緒に遊んでいた氷雨が小さく笑う。

「珍しいよね。たぶん何か企んでる」

「ふふ……でも、楽しそう」


私は苦笑して通知を閉じた。

長かった戦いのあとに、ようやく訪れる静かな時間。


――祝杯を、灯の下で。


前回の制覇記念の情景を思い出しながら、

わくわくとした気持ちで祝賀会の開催を待った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ