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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第二章 新しい理

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第18話 ――還る理――

1話~4話までをブラッシュアップしました。

設定変更等はありませんが表現やテンポ、心理描写等を改善しております。

理喰らいの影が、空間の中心で蠢いた。

形の定まらない闇が息を吸うたび、世界の輪郭が削がれていく。

音が消え、温度が消え、存在の意味すら曖昧に変わっていった。


ヴァルクによる縛りすらも例外とはいかないようだ。

釘影が揺らぎ、縛りの光が滲んで消える。

理喰らいは抵抗するでもなく、ただ意味を吸い取っていった。


氷雨が手を翳す。

「――《幻影展開(げんえいてんかい)千層(せんそう)》」

幾重にも折り重なる幻が理喰らいを包み込む――はずだった。

だが、映し出された像が触れた瞬間、輪郭ごと溶ける。

光も影も、どちらも存在として認識されない。


「……幻も拒むのね」

氷雨が小さく息を吐く。


続いて、リディアが杖を掲げる。

「なら、焼き払うまでよ。――《焔撃衝波(えんしょうしょうは)》!」

紅蓮の焔が奔り、空間を薙いだ。

しかし、炎は届く前に色を失い、灰のように散った。


「魔法抵抗……というより、理が通じぬか」



縛りも魔法も幻も効果が薄い…付与した装備で攻撃してもきっと同じことだろう。私は杖を握り直し、息を整える。


「何も効かないなら、やり方を変えるしかない」


ラナが短剣を回しながら振り向く。

「変えるって、どうやるのさ?」


「与えるんじゃなくて、ぶつける。

 理を上書きできないなら、こちらの理を叩きつける」


「衝突させるってこと?」


「そう。理喰らいはあらゆる理を喰らっている。なら、喰われる前にこちらの理で殴る。付与の本質は世界の理を少しだけ滑らかにして、魔力が自然に流れるように整えること。だから、理そのものへの干渉だって不可能じゃない!」


 私の声が自然と強くなった。

「試す価値はある! まだ、何かが届くうちに!」


「ならば私が結界を維持します」

オーリスが両手を掲げ、指輪を光らせる。

【聖輪マルムレクス】――祈りと結界を同時に展開する聖輪。

発動の際の魔力の消耗が激しい、奥の手の一つだ。

光が空気を震わせ、歪んだ波を均す。

この結界内であればダメージも少しは通しやすいだろう。


ヴァルクも呪具を展開し、地に淡い紋を描く。

「術式層を分ける。空間の咀嚼を遅らせる」

低く響く声が、崩れかけた理を一瞬だけ支えた。


「この場が理を保てるのは十数秒。

 それを超えたら――」

「全員、消える」ヴァルクが宣言する。

「上等」ラナが笑った。

「その十秒で終わらせよう」


「……っ、来る!」氷雨の声。


理喰らいが前へ出た。

黒い腕が枝分かれし、刃にも鎖にも口にも見える。

そのたびに空気がひしゃげ、視界が揺らぐ。


「幻は通らない。でも、影の輪郭はある!」

氷雨の言葉の直後、足元に淡い光が走る。

「――《幻糸展環(げんしてんかん)》」


薄青の糸が空気中に張り巡らされ、微かな音を響かせる。それは光ではなく音で編まれた幻。糸が震えるたびに、周囲の空間が波紋のように揺らぎ、理喰らいの輪郭が詳細に浮かび上がった。


「《煌王矢(こうおうのや)》」

エルドが眩く光る矢を放ち、伸ばされた黒い腕、その多くが的確に貫かれて弾け飛んでいく。


「通さん!」

トゥリオが盾を構えて突進する。

重盾が闇を弾き、鈍い衝撃音が響いた。

理喰らいの腕が崩れ、すぐ再生する。


「いきます!」

私は杖を掲げ、光を集中させた。

「――理干渉、開始!」


世界が、反転した。


音も重力もない空間。

意識だけが、理喰らいの中へ沈み込む。


光と闇の境界で、無数の記憶が流れた。講義室の声。災害現場での祈り。仲間たちの笑顔。それらが私を形づくる、ひとつの理。


(……これが、わたしの理)

(これを、喰われる前に――ぶつける)


光が、闇に触れた。


――その瞬間、闇が痛みを発した。理喰らいの中で、何かが揺らぐ。黒の奥から、声にならない声が流れ込む。




《……なぜ、抗う……》


(あなたが喰うから)


《喰う……? われは……護っていた……名も形も、すべてが消えていく。だから、取り戻そうと……》


その瞬間、光と闇の境界が溶け、無数の映像が脳裏を流れ込んだ。崩壊する街、消えていく文字、名を失った大地。理がほどけ、記録も意味も溶け落ちていく世界の記憶――それが、理喰らいの内側だった。


(……これは、あなたが見てきたもの?)


《奪うしか知らなかった。けれど奪っても、何も還らない。痛みだけが残る……》


理解が一気に染み込む。彼は喰う者ではない。失われた理が、形を求め、無意識のまま漂った結果――喰うという行為しか残らなかった存在。


(あなたは奪うために生まれたわけじゃない。

ただ、失われた理が、形を求めて彷徨っただけ)


《……彷徨った……?》


(ええ。理は在るべき場所へ還るもの。

あなたが喰っていたのは他者じゃない。

忘れられた理の欠片たち)


《欠片……光る……あたたかい……》


(それが、あなたの還る場所。思い出したなら――もう喰わなくていい)


《……還る……》


光が弾け、意識が現実へ戻った。

理喰らいの身体に淡い輝きが走る。その実体を構成する外装がぼろぼろと剥がれていき、中心に核が現れた。


それはかつて、この地を形づくった理の核――

喰われ、歪められていた魂そのもの。


「今!今なら効く!」

私の声に、リディアが反応する。


胸元の紅玉が強く脈打った。

【焔環の紅玉】が光を帯び、紅蓮の環が生じる。


「……わしはこの距離でも灼けんからの――」

古風な声音に、どこか愉快そうな笑みが混じる。

「良い。一緒に燃えようではないか。」


「《焔天崩星(えんてんほうせい)破界葬(はかいそう)》」


紅の奔流が柱となり、空間を焼き上げた。

制御限界を超えた焔が、術者自身をも包み込みながら、

理喰らいとその周囲の歪みを同時に貫いていく。


しかし、まだ完全ではない。


トゥリオとラナが一瞬、視線を交わした。

それだけで、次に何をすべきかが伝わる。


トゥリオが一歩踏み込み、盾を構えた足で地を蹴る。

その瞬間、ラナがその盾に乗るように跳躍した。


「任せた!」

「了解――!」


重盾の縁を踏み台に、ラナの身体が弾かれる。【太足袋ヘルメス】が生み出す爆発的な推進が、衝撃を逃がすことなく彼女を前方へと射出した。


空気はまだ高温に揺らいでいた。

リディアの炎が収まった後も、残滓は空間を歪ませている。

皮膚に刺さる熱が痛みとしてではなく、重さとして全身を押し潰す。


だが、ラナは迷わない。


解放された【神剣ラグナ】の刃が、熱の帳を裂く。

理喰らいの灼けた核が露出し、鼓動のように脈打った。


「――これで、終わり!」


一閃、理喰らいの核を真一文字に裂いた。

衝撃波が広間を駆け抜け、光が爆ぜる。


その直後、ラナの身体が後方へ吹き飛んだ。

床を滑り、壁に叩きつけられる。

全身の皮膚が焼きただれ、呼吸が掠れる。


「ラナ!」

私は駆け寄り、膝をつく。

手を伸ばすと、彼女の右腕の装飾が淡く光った。


【紅環の腕輪】――

致命傷を受けた瞬間に自動発動。

傷を塞ぎ、致命出血と痛覚を一時的に封じる装備。

光が身体を包み、呼吸がみるみると整っていく。


…どうやら致命出血だけでなく、重度の火傷に対しても効果があったようだ。


「……なんて無茶を」

思わず口をついて出た。

ラナは焦げた髪を払い、微笑んだ。


「……でも、決まった…でしょ?」


その笑みは、どこか誇らしげだった。

私は息を呑み、言葉を失う。

痛覚が遮断され、致命傷は塞がるとはいえ、完全に回復する訳ではない。

極度の疲労と誇りを混ぜた彼女の笑みが、少し胸を刺した。


そんな私をよそに、トゥリオが黙ってラナの腕を支える。

その手は大きく、ぶれない。

【紅環の腕輪】の淡い光が、二人の間を照らしていた。


「……ギリギリで発動か。助かったな」

低い声に、ラナが苦笑を返す。

「トゥリオが蹴ってくれなかったら、届かなかったよ」

「俺が放らねば、誰が届く」


短いやり取り。だが、その間に言葉はいらなかった。

互いを信じて動いた者同士の間にしか生まれない沈黙が、そこにあった。


やがて、広間を包んでいた焔がゆるやかに鎮まっていく。

空気の熱が引き、漂っていた灰が光の粒へと変わっていった。

その光はまるで、焼け残った理が形を取り戻していくようだった。


漂う光粒が、ひとつの人影を形づくる。

淡い輪郭の人影が、穏やかに微笑んでいた。


《ありがとう》


その声は風に溶け、消えていく。


理喰らいの核が砕け、光の粒が漂った。

それはただの残滓ではなく、微かに理の響きを残していた。

音にもならぬ声が、空気を震わせる。


「……これは、喰われずに残った理か」

ヴァルクが低く呟き、手の甲の呪具が躍動する。

彼の周囲に展開した円陣が、静かに光を吸い込んだ。

「異常波、安定している。呪縛層で隔離できる」


「持ち帰れるの?」氷雨が尋ねる。

「完全な保存は無理だが……解析はできる」

ヴァルクの声には疲労が滲んでいた。

「理の欠片――理素結晶、仮称でいいだろう」


オーリスが静かに祈りを捧げる。

「罪ではなく、還るための欠片……。ならば、この地に残すよりはましですね」

「ええ。残れば、また何かを喰うかもしれない」

私は頷き、ヴァルクの手元を見守る。


呪具の紋が微かに収束し、光の粒が一つの結晶に変わった。

掌ほどの透明な石。内部で、理の流れがゆっくりと回っている。


「……確保完了。解析班に回す」

ヴァルクが懐へ仕舞いながら言う。

「これで、ただの踏破では終わらん」


「十分な成果じゃの」リディアが微笑む。

「燃やした甲斐があったというものよ」

「燃やし過ぎです」

トゥリオが介抱しているラナを横目に私が小さく返すと、

彼女は肩をすくめた。



その直後、天井が軋み、光の筋が走った。

融合していた層が、ゆっくりと分離を始めていた。

異常空間が塔本来の構造へ戻ろうとしている。


「……空間再構成。融合領域が剥離してる」

ヴァルクが冷静に告げる。

足元に浮かぶ呪具陣が、座標を一時的に固定していた。


「このままじゃ層ごと切り離される。滞在座標が持たない」

「経路を繋ぎます!」

オーリスが聖杖を掲げ光を放ち、ヴァルクの陣に干渉を加える。

二つの術式が重なり、崩れかけた空間の端に一本の細い軌道が生まれた。


「退避ルート、確保!」

「全員、ここを走れ!」


エルドの号令と同時に、リディアが振り返った。

迫りくる瓦礫を確認し、杖を一閃。

炎ではなく、衝撃波のような風圧で進路を払う。


「遅れるでないぞ!」


トゥリオがラナを担ぎこみ、私たちは走り出した。

足場が軋み、光の橋が波打つ。

塔の内部構造が、元の形へ戻るために組み替わっているのだ。


…この経路は長くは持たない。

オーリスとヴァルクが全魔力を注ぎ、安定化の継続を試みる。


「……接続先は?」

「下層への避難座標。地上へは直通できんが――外気層までは届く!」

ヴァルクの声が震える。


「十分だ、行け!」


最後の瞬間、八人の影が同時にその光の道を駆け抜けた。

視界が反転し、音が遠のく。

世界が再び繋ぎ替わる。


次に瞼を開けたとき、そこは地上の草地だった。

崩落ではなく――空間が吐き出したような転送。

塔の境界が、外まで私たちを押し戻したのだ。



*



地上。冷たい空気と星明かり。

全員が倒れ込むように外へ出ていた。


「……生きてる……奇跡かな?」

トゥリオに担がれたラナが笑い、合わせてトゥリオが頷く。

「奇跡ではない。必然だ」

「ま…どっちでも良かろう、いや酷い探索じゃった」

ヴァルクの応答に、リディアがやれやれという風情を出す。


「その理素結晶?て、もとは理喰らいだよね…本当に、大丈夫なのかな?」


息を整え終えた氷雨が疑問…というよりも不安をぶつけてくる。

隔離しているヴァルクではなく私に聞くあたり、

理喰らいそのものの意志を確認したいのだろう。


「多分。大丈夫。理喰らいは、還る場所を見つけただけだから」


私は空を見上げる。

夜空の星が、どこか温かく見えた。


「……帰りましょう。報告と、次の準備を」

「了解」


八人の声が重なり、夜風に溶けていった。


*


「失礼…撤回します。クーデリア班は全員、

報告前に私の話を聞きなさい」


「「「「えっ」」」」


エルドの声は穏やかだった。

だが、そこに潜む静かな怒気を、全員がはっきりと感じ取った。


――心当たりを、探すように。

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