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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第二章 新しい理

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第17話 ――理を喰らうもの――

空気が、少しずつ整っていくのが分かった。

白礫と墨濛――二つのダンジョンが重なり、一つの大きな器になっている。


私たちは八人で、定員を超えたまま最深へ向かっていた。


先頭はエルド、隣にトゥリオ。後列にオーリスとヴァルク。中央にラナと氷雨、私は導線札を挟んで位置を取り、最後尾をリディアが守る。足場の揺らぎには氷雨の幻影が先に触れ、瘴気の濃い帯ではオーリスの光が呼吸を整えた。


道中は、ほとんど駆け抜けた。

崩れた回廊の先では、白礫の〈硅殻虫(けいかくちゅう)〉と墨濛の亡骸が混じり合った魔物が道を塞いでいた。甲殻に亡骸が纏わりついた異形。

洞と塔の理が混ざり合い、生まれたものだ。


並大抵の固さではなく、数も多い。

しかしこちらも八人フルパーティ。

エルドの指揮も合わされば、そうそう負ける訳もない。


トゥリオが盾で受け、氷雨が幻影で誘導する。ラナの短剣に“斬”を付与し、関節を断つ。ヴァルクが黒い囁きを呪釘で縫い止め、駄目押しにエルドの《天縫煌鎖(てんほうこうさ)》が縛る。動きが鈍くなった強化〈硅殻虫(けいかくちゅう)〉の群れを、リディアの《焔撃衝波(えんしょうしょうは)》でまとめて焼いた。


「すまん…燃え方がイマイチじゃの」

「そりゃ硅殻系だし、熱伝導悪いもんね」


数匹の生き残りに対し、今度は“壊”を付与した杖で叩く。

弱っていたこともあり粉々に砕け散った。


「振動系の魔法覚えとったかな儂…」

少し自信なさげなリディアを横目に、彼女の魔法構成を思い出す。火をメインに風・雷の魔法も修めていた筈なので…残念ながら恐らく該当は無い。硅殻は絶縁なのでまず雷も効かないだろう。


少し考えている間に、どうやらエルドと氷雨が正解の経路を探り終えたようだ。私は思考を切り替えて皆についていく。


* * *


幻覚・幻聴・迷宮化etc

その後もダンジョンからの殺意をありありと受けつつも、八人の歩調は崩れない。いくつもの分岐を抜け、私たちは、この器の中心、最奥を目指す。


「……ヴァルクと探索するのは初めてね」

歩調を合わせながら、私は軽く肩越しに言った。


「そうだな。互いに単独で動くことが多かった」

ヴァルクが応じる。


視界の端で、彼の肩口から黒い靄のような魔力が立ちのぼる。

それは風でも蒸気でもなく、意思を帯びた魔力の漏出だった。

私は何気なく“光”を付与した杖先を彼に近づける。


「……あら」

「悪いな。俺の呪具は他の干渉を嫌う」

「嫌うってレベルじゃないでしょ、これ」


杖に付与した“光”は、もう跡形もない。


「立ち上ってる(まじない)の意志が、干渉してるのね」

「付与は作り変えるのだろう。俺の方が強ければ消える」

「まるで磁場干渉ね……面倒な男」

「互いにだ」

彼が短く笑った。淡い金の光が瞳に滲む。


ヴァルクの呪具に付与は効かないし、

付与した素材が()()()()()()()でも剥がれてしまう。


これが私がヴァルクと組めない最大の理由である。

釘でも縄でも、付与したものを扱えるなら幾らでもやりようはあったのだが…こればかりは仕方がない。


付与が効かない意志ある魔力が常に立ち昇る。

エルドよりもよっぽど全身聖遺物男(呪)である。


無駄話は程ほどに切り上げ、今度はオーリスの補助に回る。

彼女の瘴気緩和が無ければ全滅していたので大感謝である。

付与で手助けも出来るしやる気が出るね。



* * *


――やがて天井が高くなり、空気が軋んだ。

音というより、胸の奥を震わせる波。

理そのものが、こすれ合っている。


最奥の広間は、不自然なほど静かだった。

中央には黒い柱。白礫の台座と墨濛の壁が繋がれ、継ぎ目に淡い光が流れている。

柱の根元では魔力が渦を巻き、吸いも吐きもしない。

ただ留まっていた。


「……ここが最奥ですね」エルドが言う。

「作戦通りに進めます。焦らず、無理はしないように」


「了解。地面に“風”を付与、流れの制御を補助」

「僕は周囲に目印を置く。空間の歪みを測る」

「儂はいつでも撃てるぞ」リディアが笑みを浮かべる。

「封じは俺が請ける。上書きは出来んがな」ヴァルクが答えた。

「瘴気緩和を維持します」オーリスの声が重なる。

「前は俺が抑える」「斬るのは任せて」トゥリオとラナも準備万端だ。


白礫と墨濛の理は噛み合っていない。

互いを削り、止まったままだ。

保存と溶解が拮抗し、滞りが積もっている。



――その時だ

広間の中央に穴が開く。形はない。

黒でも白でもなく、ただ色が抜け落ちた空白。

その縁で、オーリスの光膜が泡立ち、消えた。




「くっ…もう一度!《聖光還流(せいこうかんりゅう)》」

オーリスが再度、瘴気緩和の防護術を発動する。


「……消えた?」氷雨が空をなぞる。

「僕の目印が、無くなった」


「理が……剥がれている?」

私は今起こっていることを理解し、言葉が震える。



それは柱に寄り添うように形を変え、こちらを見た。

見たはずなのに、形容が残らない。

視線を合わせると、言葉が擦れていく。



「理喰らいだな」ヴァルクが呟く。

「名は仮だが、機能は明確だ。理を喰い、意味を剥ぐ」


「トゥリオ、前へ。物理は残る」エルドの声が響く。

「了解」重盾が一歩で間を詰める。

盾が歪む。見えない歯が概念を削る。

だが質量は残る。盾は動かない。


「封じの準備に入る。結界ではない、縛りだ」

ヴァルクの周囲に呪釘が浮かび、光の線が床を這い、影を結ぶ。

彼の(まじない)は理の外に属する。

私の付与とは別の系統だ。


理喰らいが、盾の縁を舐めるように動く。

世界の余白が削られ、それが満ちていく。

距離が歪み、深度が狂う。ラナが踏み込みかけて止まった。


「視差を補助する。――《霞鏡(かすみきょう)》」

氷雨が幻の平面を三枚、斜めに立てる。

光が曲がり、理喰らいの輪郭が浮かぶ。

幻は実在を必要としない。


「よし、輪郭が見える」エルドが矢を番える。

「クーデリア、ラナの刃に“斬”を」

「了解。“斬”を付与、刃面薄流」


短剣に導線を走らせる。濃くすれば剥がれる。

だから薄く、何層にも重ねる。


彼女の手にあるのは【神剣ラグナ】ではない。

神器を解放すれば敵を断てるかもしれないが、体力の消耗は著しい。

敵の全容を把握する前に奥の手を切るは下策。

故に今は短剣を選び、敵の深さを測るのだ。


「第一段」ヴァルクの声。釘が床を貫き、影が重なる。

世界のノイズが増え、理喰らいの動きがわずかに鈍る。


「第三段まで持っていく。時間を稼げ」

「任された」トゥリオが盾を打つ。金属音が反響し、

音の()()がずれる。理喰らいの動きが止まりかける。

エルドの矢がその隙を貫き、氷雨の幻が何度も理喰らいを包む。


それらに対応してか、

理喰らいは学習するように形を変え、氷雨の幻が歪む。

距離が揺らぎ、床が沈む。私は衣服に再度“風”を付与、

風圧で重心位置を無理やり補正した。


「第二段、封じ狭縮」

ヴァルクの釘影が輪を描き、床と空気が軋む。

呪の糸が、無数に交差した。


理喰らいの周囲に目に見えぬ膜が張られ、動きがわずかに遅れる。

圧力が生まれ、世界の継ぎ目が締まっていく。


「今度は儂の番よ」リディアが杖を掲げる。

「《焔天崩(えんてんほう)炎照(えんしょう)》!」

焔が奔り、広間を包む。爆発ではなく、照らす焔。

外縁を焼き、動きを鈍らせる。理喰らいの表層が波打ち、

剥がれた理が光の粒となって散った。


その刹那、ラナが一閃。

刃が確かに()()を裂いた。


「第三段、封じ完了。動き、鈍化」ヴァルクが息を吐く。

「ここからは保持戦。クーデリア、環境保全を頼む」

「分かってる」私は頷き、導線札を四枚並べた。

“風”と“土”を交互に織り込み、床と空気を一つの流れに編む。

揺らぐ空間を支える、見えない道標を作るために。


「全員、準備を」エルドの声が静かに響く。

「ここから本格的に叩く。焦らず、順番を守れ」


氷雨の幻が再び線を引き、視界が揃う。

トゥリオの盾が正面を塞ぎ、ラナの刃が構えられる。

リディアの杖先が熱を宿し、オーリスの術が瘴気を緩和する。

ヴァルクの釘影が締まり、エルドが弓を引き絞る。

私は札を指に挟み、杖を構えた。



理喰らいが、再びこちらを向く。


静かな均衡が、崩れる――


こうして、本格的な戦闘の火蓋が切られた。

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