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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第二章 新しい理

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第16話 ――理を越える交差――

<白礫の洞>第五層の奥地にて、光が反転した。

さっきまで裂け目の先へ進んでいたはずなのに、視界の縁がねじれ、天井と地面が入れ替わる。一歩踏み出すごとに、空気の密度が変わっていく。



「……これ、位置が……おかしいね」

ラナが警戒を込めて呟いた。

地面の岩質が違う。白色の岩壁だったはずが、いつのまにか黒曜石のように光を返している。この地層でそんな変化はあり得ない。



「転移ではない、と思う。空間そのものが……繋がってるね」

氷雨が指先を走らせ、霧の流れを読む。

「けど、座標が合ってない。別の系統の空間と干渉してる」

「別の……ダンジョン?」

私が呟くと、氷雨は小さくうなずいた。

「うん。似てるけど、魔力の波が違う。

 少なくとも〈白礫の洞〉の延長じゃないね」




思考が止まる。




そんなこと、起きるはずがない。

ダンジョンはそれぞれ独立した空間構造で、干渉は起こりえない。

けれど――今、私たちの足元では、まるで世界が縫い合わされているようだった。



「……罠ね」

私は口を結び、杖を握り直す。

「空間干渉の罠。“定員超過”を起こしてる」


「内部の探索者数が上限を越えたときの再構築反応か」

トゥリオの声は落ち着いている。

「ええ。普通なら魔物の密度を上げたり、層を圧縮して内部を狭めたりする。

 でも今回は――複数の経路を繋げて、強制的に“ひとつの空間”にしてる」

「なんにせよ、ダンジョンが僕たちを“敵”として認識してるってことだね」

氷雨の声は柔らかく、それでいて冷静だった。


次の瞬間、壁が鳴った。

腹の底を叩くような低音が響き、内部がうねる。

白い脈の走る黒曜の床が微かに沈み、硬質な軋みを立てた。

「……揺れてる。構造そのものが噛み合ってないね」

氷雨の声が震えた。


壁の縁を瘴気が這い、青白い光が走る。

きらめくというより、傷口が光を漏らしているような明滅。

足元の石板が一度沈み、すぐに押し返してくる。


「…環境が変わるぞ。注意しろ」

トゥリオが短く言う。

その言葉を裏付けるように、冷たい風が吹き抜けた。

鉄と灰の匂いを帯びた湿った空気。

瘴気を孕んだ風が、()()()()勢いよく吹き降りてくる。






*  *  *





「――静かになったね」

氷雨が呟いた。

足元の揺れが収まり、震動が途絶える。

けれど、その静けさは安堵ではなかった。

空気が重く、息を吸うたび喉が軋む。何かが“混ざっている”。


「……温度が下がってる。少し寒いね」

ラナが肩を抱く。

「瘴気の濃度が…今までの比じゃない…」

氷雨が《幻影(ミスト)》を発動し、霧を伸ばし、すぐに引き戻した。

霧が一瞬で濁り、ざらついた光を放つ。


「――これは、不味い」

私は息を詰めた。

「魔力が空気に弾かれる。……ここで付与は長くもたない」


言いながら、喉の奥が焼ける。

瘴気の粒が光を反射して、宙を泳いでいた。

まるで空間そのものが、呼吸を拒んでいるみたいだ。


「杖に“光”を付与――浄化、三歩圏内」

光が広がる。けれど、すぐに崩れた。

輪郭が歪み、粉々に砕けて消える。

理が噛み合っていない。


「……効かないのかな」

ラナが悲しい顔をした。

「効いてるけど、持たない。空気が光を押し返してる」

私は短く答えた。

杖を構える手が痺れる。

吸うたびに、肺の奥が痛む。

この瘴気――魔力を喰う空気。前回の探索の中で嗅いだ、あの匂い。


「クー子、これ以上は……」

氷雨の声がかすれる。

「戻るにも、もう道がわからないね」


周囲に濃い瘴気が充満する。

魔力の方向感覚が乱れ、上も下も曖昧になる。

私たちはまるで“水の底”に沈んでいるようだった。


「トゥリオ、前を塞いで。圧だけでも止めて」

「了解」

トゥリオは迅速に行動に移し、そのまま瘴気の流れが強い方向に向き直る。


重盾が床を叩き、鈍い音が響く。

魔法の防御は使えない。だからこそ、彼は“質量”そのもので押し返す。

全身を覆う鎧がきしみ、床石が沈む。

空気の圧が波のように押し寄せるたび、盾の角度で受け流し、流れを脇へ散らした。

それでも、周囲の空気は生き物のように蠢き、何かを求めて這い寄ってくる。


「……っ、だめ、頭が重い……」

ラナが膝をついた。

私は彼女の肩を支える。

額が熱い。体温ではない。魔力の過熱。


「この空気、魔力を焦がしてる」

氷雨が息を詰める。

「吸うほど、自分の魔力が削れていく。長くもたないよ」


「――それでも、止まれない」

私は歯を噛み、杖を掲げた。

「私の衣類に“風”を付与――清流式、逆圧散布!」

風が巻き上がり、瘴気を押し返す。

一瞬だけ空間が澄む。

けれど、その直後――背後から新しい濁流が押し寄せた。


「クー子、後ろっ!」

ラナの声が響いた直後、黒い塊が風を裂いて落ちた。

形は曖昧、だが圧だけで息が詰まる。


「“光”の加護よ、刃に宿れ!」

即座に取り出し、光を付与して投げたナイフが黒の表面に穴を穿つ。

だが、焼き切れるより早く再生する。

瘴気そのものが、形を持とうとしている。


「動くものを喰う類の魔物だ。今はまともに戦えないね」

氷雨が息を吐く。

「なら、通り抜けるしかない」


「風は?」とラナが問う。

「継続するけど崩れる。瘴気の層が上から押してきてる」


私は一度目を閉じて、呼吸の感覚だけを残した。

体の周囲にまとわりつく重さ――これが瘴気の密度。

飲み込まれないように、衣服に“風”を細く刻む。


「トゥリオ、盾の角度そのまま。ラナ、右二歩ずらして」

「了解」「うん」

「氷雨、左に幻を。光の代わりに目印を残して」

「了解、やってみるね」



四人同時に踏み出す。

瘴気を踏むたびに、靴底から嫌な熱が伝わる。

肺が焼けるように痛い。それでも、進む。否、戻る。



――苦しい…最早全滅は避けられないのかもしれない…

しかしそれでも、一縷の望みに賭けて進むしかない。

このダンジョンの出口に向けて




「……待って、あれは……?」

氷雨の声がかすかに震える。

霧の向こうで、弓を構えた影。

濃紺の髪、外套――。見間違えるはずがない。


「……エルド?」

私の声と、彼の動きが、同時に止まった。

互いに、ありえないものを見た表情。

一瞬、誰もが呼吸を忘れた。


「クーデリア……? なぜここに?」

エルドが平静を装うように言葉を絞り出す。

「……説明は、あなたの方にお願いしたいくらいよ」

喉の痛みを押し殺しながら答える。

息を吸うのも苦しいのに、声が震えなかったのは不思議だった。


エルドの背後ではヴァルクとリディア、オーリスがそれぞれ構えを解かずに周囲を警戒していた。彼らの周囲には淡い光の結界が張られ、空気が目に見えて澄んでいる。

――オーリスの瘴気緩和だ。

気が付いたオーリスが一瞬硬直するが、

すぐに瘴気緩和の範囲を広げてくれた。


…同じ空間なのに、呼吸のしやすさがまるで違う。




* * *



「……二つのダンジョンが繋がるなんて、聞いたことがない」

合流後に一通りの情報交換を終えた後、ヴァルクが低く呟く。


それにエルドが答えるように、短く息を吐いた。

「――理論上は、あり得る」

「理論上?」


「かつて記録にある。二つの遺構型ダンジョンで、探索者が同時に音信不通になった事例がある。

 後に遺体が発見された場所は、どちらのマップにも該当しなかった。

 つまり……何らかの条件で、別の迷宮同士が“繋がる”ことがあるのかもしれない」


「そんな……」

氷雨が小さく首を振る。

「ダンジョンは異界として区切られてるはずなのに」


「それでも、今、こうして現実になっている

 既に外部との通信も途絶しているしな…」

エルドの声は低く、しかし確信を帯びていた。


「仮説だが…融合が起きたことで、両方の探索者数が合算され、“定員超過”が発動した。

 つまり、ダンジョンが自ら異常を正そうとして、さらに構造を歪めた」

「……自己修復の暴走、ってわけか」


エルドの仮説を受けたトゥリオの総括に、私は唇を噛む。

「融合そのものがトリガーだったなら、これは罠の域を超えてる」


「理そのものが壊れかけてる、ってことだね」

氷雨の声が静かに落ちた。

その響きに、誰も言葉を返せなかった。


エルドは視線を上げた。

「だが、逆に言えば――この融合点こそが、心臓部だ。

 二班揃って突破すれば、出口が開く可能性がある」


「いいわね」

私は微かに笑った。

「“理を越える交差”の真っ只中、ここを抜けたら笑い話にしましょう」


「なら、全員、生きて帰ることだ」

エルドが言う。

その声に、全員がうなずいた。


瘴気の流れが再び変わる。

〈洞〉と〈塔〉、二つのダンジョンが一つに混ざり合い、

未知の階層――“断層の交わり”が形を取り始めていた。


――理が揺らぐ音の中で、私は杖を握り直す。

光はまだ届く。

なら、進むだけだ。

〇ダンジョン視点

白礫の洞「塔に瘴気と魔力どんどん送るぞー」

墨濛の塔「洞から受け取ります。それにしても今回の探索者強いなあ、

     これは攻略されるやもしれんね」

白礫の洞「ふあっ⁉供給管ぶっ壊された!

     なんなら空間ごと斬られた!!なんやこいつら…怖…」

墨濛の塔「えっ何コレ、洞の構造が入りこんで来るんだけど…

     しかも急に探索者増えた?うーん…定員超えたし取り敢えず殺すか」

断層の交わり「生成されました。探索者殺します」←今ココ

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