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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第二章 新しい理

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外伝 お留守番記録4・クー子様のパーフェクト付与教室

その道の世界的権威とアイドルを兼任してるような人が、大学の講義に来たとかそんな感じ

これはクーデリアのお留守番記録が、四連続目あたりのお話である。


~~一般付与師視点


教導課の講義室が、これほどまでに人で埋まるのを見たのは初めてだった。

普段なら席の半分も埋まらないこの部屋が、今日は立ち見まで出ている。


それどころか、廊下の窓から覗き込む者すら絶えない。

理由は単純――臨時講師りんじこうしが〈紫位ししい〉の付与師、クーデリア・リーフィスだからだ。


若くして国家最高位に列せられたその名は、付与師なら誰もが知っている。

噂に聞くとおり、実物は想像以上に落ち着いた雰囲気で、美しい。

艶やかな青白せいはくの髪が光を受けて揺れ、淡く紫を宿した瞳が静かに教壇を見渡すたび、空気が張り詰める。


「――以上が、魔力生成物に対する付与困難性の基本理論です」


ちょうど説明を終えたところだった。

淡々とした声が、妙に耳に残る。言葉の選び方も、間の取り方も、完璧だ。

かつて模範講師と称されていたというのも頷ける。


頷けるのだが…


「ありがとうございます……!」

「結婚したい」

「録音、録音……くそ、ノイズ入ってる……!」


ノートを震える手で掴み、意味もなく頷く者。

「理解した」と叫びながら机を叩く者。

中には目を潤ませて両手を組む者までいる。


正気か? と、思わず自分に問いかけた。

いや、正気じゃないわ。なんだこいつら。


一瞬頭がフリーズしかけたが、一部の教壇に近寄ろうとした人間が周囲に即座に排除されたあたり、辛うじて“人間”の理性が残っているのだと、自分に言い聞かせた。




*




実演が始まる。

彼女が素材に手をかざした瞬間、空気が一段冷える。

わずか一息のうちに、付与が完成する。


魔力の封入は寸分の狂いもなく、循環は滑らかに、そして――途切れない。

その正確性も、持続も、精密さも、速度も、どれを取っても常識外れ。

そのすべてが、教本に載っている「理論値」に匹敵…否、超えていたかもしれない。


「っ……は、はは……っ」

「速すぎる、速すぎるだろ……っ!」

「なにあれ、理論値って、ああ、あれが理論値……」


どよめきではない。

崇拝に近い熱が、教室を満たしていた。


拍手も歓声もない。ただ全員が、息を潜め、目を潤ませ、口元を引きつらせながら見ている。その光景が、むしろ気味が悪かった。


まるで“付与の神”を見ているような眼差し。

いや、もう誰かがそう囁いたのだろう。

「神だ……付与の神だ……」と。


誰かが呟けば、周囲が即座に同調する。

「神だ」「本物だ」「この世の理そのものだ」

言葉が伝染し、信仰が形になる。


講義が終わったあとも、誰ひとり席を立とうとしなかった。

ざわめきは止まず、言葉にならない息だけが溢れる。


その中で、クーデリア先生は静かに道具を片づけ、深く一礼した。

無駄のない所作。微笑みも、言葉もない。

ただ礼を終えると、そのまま足音ひとつ立てずに扉へ向かい――去った。


誰も動けなかった。

扉が閉まる音がしてもなお、全員が夢を見ているように沈黙していた。


それでも、やがて一人が呟く。


「……次、いつ来るんだろうな」


その声に、いくつもの頷きが返る。

中には、震える手で机に落書きをする者もいた。


――“紫華様”。


それは、もはや敬称ではなく、祈りのようだった。



~~クー子視点


本業こそ探索者になったとはいえ、ギルド職員としての籍は今も残している。

時折こうして講義を頼まれるのも、その名残だ。

もっとも、いまは正式な講師ではなく臨時講師りんじこうしという扱いである。


賃金は――驚くほど高い。

別に金額にはこだわらないのだけれど、安くするとそれはそれで問題になるらしい。

「〈紫位ししい〉の付与師様より高額なんて何様だ問題」が発生するとのことで、調整が難しいそうだ。


……まったく、面倒な話である。

仕方がないので、私は報酬の一部を別の形で還元するようにしている。

後進の研究支援金だったり、素材費だったり。

まあ、どう使われているかはあまり詮索しない。


閑話休題。


講義そのものは楽しい。

理論を語り、実演を見せ、理解の光が学生の目に灯る瞬間――あれは何度見ても心地いい。

誰かの中に種が根付く感覚がある。

やりがい、というやつだ。


ただ、最近は少し様子が違う。

正確に言えば、紫華しけの称号を賜ってから、空気が過熱しすぎている。


真剣に学びたい人もいるのだが、その後ろで手を合わせて拝んでいるような人たちが増えた。

ありがたい話……なのかもしれないけれど、あれでは講義にならない。

本当に学びたい人に、ちゃんと届いているといいのだけれど。


――まあ、それでも講義は真面目にやる。

 見た目がどうであれ、

 〈紫位ししい〉の名に恥じない内容を。


……それにしても。

あんなに人が詰めかけるのは、やっぱり私が美人で凄いから、だよね。

いや、否定はしない。

そこはもう、事実として受け入れておこう。


*


講義を終えて、ひと息。

扉の向こうで、まだ誰かがざわついている。

宗教みたいだな、と思いかけて――笑って首を振った。

まさか、そんなはずはない。……たぶん。


今日はお留守番。

エルドたちはダンジョン探索中。


……ふうん。こんなに優秀な付与師様を留守番にしておくとはね。

(やれやれ、見る目がない。)


軽く一息ついてから、

そんな軽口を、心の中でだけ呟く。


本当は理由をわかっている。

彼がどれほど冷静に、戦力を見て編成を組むか、私は知っているから。


それでも、少し拗ねるくらい、許されるだろう。


次は――呼ばれるかな。


そんなことを思いながら、私はもう一度教室の様子に関心を向ける。

教室のざわめきは、どうやら少しずつ沈静化しているようだ。

私は少し安心してから、その場をあとにした。

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