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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第二章 新しい理

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第13話 ――拍子抜けの洞窟――

〈白礫の洞〉第一層


入口は風の音ひとつしなかった。

白い粉が薄く舞っている。靴裏で転石がわずかに鳴り、私は膝を折って粒径を指で確かめた。乾いて軽い。踏み固めれば沈み、払えばすぐ浮く。視界は曇るが、呼吸にはまだ影響しない濃度だ。


先行はトゥリオ、私は半歩後ろ。右にラナ、左に氷雨。合図は手。

声は極力使わない。


無響域と反響域が交互に現れるはずだから、私は足音が増幅する帯を地図に重ねていく。白絹苔の群生が見えたら、踏み荒らす前に粉を払う。斜面は滑り、段差は崩れる。分かっていれば避けられる仕掛けばかりだ。


私は指を二本立て、右手を斜めに払う。

――右壁沿い、二十歩先で反響切り替え。

トゥリオが無言で親指を立て、重盾を前へ押し出した。

盾の角が白粉を裂き、粉紋の流れが空気の滞りを描く。


その手前で、私は地面に魔力を流す。

粉と転石の層を圧し、足裏が拾う力の向きを整える。

瘴気に侵されていても、地盤そのものはまだ形を保っている。

そこに触れて流れを掴むのは、私の得意分野だ。




拍子抜けするほど素直に進む。




完全な初見なら危うかったかもしれない。だが今回は違う。

事前に得た情報を基に、注意点を一つずつ確かめながら歩いているだけだ。

白化した視界の抜けは、氷雨の声がわりの指先で補える。ラナの踏み込みは、粉の帯を跨ぐだけで鈍らない。


そしてトゥリオの一歩――粉の中で緩やかに沈んだ足跡が、私が整えた“地の流れ”に沿ってすっと安定する。

まるで、彼の体重を受け止めるためにそこだけ地面が意志を持ったようだった。



敵影。


白い粉の向こうで、背の低い蜥蜴の群れが首を上げた。〈白蜥(しろとかげ)〉だ。視界白化の中、まっすぐに襲い掛かってくる。


私は落ち着いて粉帯に"風"を付与して攪拌し、視界を開く。氷雨が肩を沈め、“幻の影”を一歩だけ前に置く。蜥蜴の視線がそちらへ滑った瞬間、事前に"斬"を付与しておいたラナの短剣が二つ閃いて終わり。


弱い。正直にそう思った。粉を吸わせ、足元を奪い、視界を壊す――それが前提の敵。条件を外せば、ただの獣だ。


「油断はしない」


自分に言い聞かせるように声を出す。誰にも聞こえない小ささで。

戒めても、どこかで肩の力が抜ける。私の指揮でも回るなら、本当に大したことはないのだろう、と。



第一層の奥。段差が続き、粉が落ちる音が途切れた。反響域に入る。

声が増幅して戻ってくるため、私たちは無言のまま配置を替えた。

ラナが浮いた粉を切り裂き、トゥリオが段差を押し固める。


私は縁へ"土"を付与し、足場を整える。

氷雨の靴は痕跡を消すが、段差の縁までは消えない。

消えないものは、整えておくに越したことはない。


階層主は、白粉を噴く甲殻の獣だった。

噴流で視界を奪い、突進で押し潰す単純な型。

粉を吐く前に横へ逃がさないよう、私は床の粒子流をせき止めた。


トゥリオが真正面で受け、ラナが脇腹へ一刀。

氷雨は一歩後ろに残像を置き、突進の“次の足”を空へ踏ませる。

短い衝撃のあと、静かになった。


弱い。やはり弱い。


第一層、終了。

粉塵濃度は浅層基準のまま。喉も焼けない。

「次へ行く」

短く告げて、第二層へ降りた。





第二層は、白絹苔が増えた。光を鈍く返す布のような苔。

粉を吸い、滑りを増幅させる。

私は苔の縁を避けるラインを取り、必要な箇所だけ足場を固めた。

トゥリオの重さで崩れる前に、重心の逃がし先を作る。

ラナは呼吸と歩幅を合わせ、氷雨は“幻の踏み”で粉紋を散らさない。

進む。何度も確認した図面の上をなぞるように。


敵はまた弱かった。

視界白化の中で矢を射る小鬼。〈射手小鬼(シューターゴブリン)〉。

資料にもあった〈硅殻虫(けいかくちゅう)〉。


視界白化で姿は見えないが、

氷雨の幻影を活用した索敵網をすり抜けるには練度が低すぎる。


指示された場所へ、付与で強化したナイフを投げつけ、

トゥリオは盾を振り下ろし〈硅殻虫(けいかくちゅう)〉を粉々に砕く。

視界白化が晴れるころには、眉間に穴が空いた〈射手小鬼(シューターゴブリン)〉と

もはや残骸となった〈硅殻虫(けいかくちゅう)〉だったものが残されていた。



「気を抜かないで」

また言う。言いながら、どこかで首を傾げてしまう自分がいる。

事前情報のおかげとはいえ、危険の輪郭は薄い。


持ち込まれた資料は異常なほど整っていた。

地図は正確で、注意点は色分けされ、外装は洒落ている。

資料のフォントにまで気を使うあたり、現場というより机上の都合だ。


この洞は、青位か、せいぜい赤位が適正なのではないか。

そんな疑念が上がっては消える。

だが、歩みは止めない。



第二層の階層主は、白粉を溜め、空気を爆ぜさせる個体だった。

粉が空気の流れに乗って帯のように漂い、擦れ合うたびに低く鳴る。耳が詰まる。

音の壁が押し寄せる前に、私は帯の手前へ"土"を付与し、衝撃の逃げ場を作った。

粉が落ち、帯が歪む。


その一瞬に、トゥリオが踏み込み、盾で衝撃の波を弾いた。

続けてラナがその陰から駆け、【神剣ラグナ】を振り下ろす。

氷雨の幻影が敵の視界を半歩ずらし、狙いを逸らせた。

敵の攻撃は掠りもせず、ラナの刀身がきっちりと両断する。



…弱い。さっきから感想が変わらない。

【神器ラグナ】の力を解放するまでも無く、

階層主は絶命し、瘴気の泡だけを残して消滅した。



二層までの階層主を片付け、資料が無い三層には入らずに撤退。

遺物や素材の回収に入る。


白礫の雨を降らせる天井のポケットにあった遺物、

綺麗に壊せた〈硅殻虫(けいかくちゅう)〉の硅殻、

一層の階層主の甲殻…

直接使える訳ではないが、これはこれで立派な収入源である。

ありがたく頂戴していく。


その後に戻り、報告、そして休息。

終わってみれば傷らしい傷もなく、成果は上々。





解散後自宅に戻って今回の依頼について再度思考を巡らせる。


――今回の依頼には明確なリミットが設けられている。

遵守が必須。それは言い換えれば、

「時間をかければ踏破できる探索者」ではなく、

「時間をかけずに確実に踏破できる探索者」が求められている。

難度が低い理由は思い当たる。


指揮の初心者である私でも回る現状が、その答えの一端だと思えた。


「エルドが簡単な方をまわしてくれたのかな…?

 いやでもそれにしても…手ごたえが無いなあ…。」


「簡単な方」そう言い切れる理由は、敵や地形ではなく“情報”にある。

これほど詳細な資料を、他の探索者たちがすでに持ち帰っている――その事実が、この依頼の難易度を物語っていた。


しかも、調査資料の外装にまで洒落た装飾が施されていた。

まるで「光焼く翼に任せるなら問題ないだろう」と、担当部署が遊び半分で用意したかのように。


国の側が、すでに成功を前提としている。

私の指揮でも回ってしまうのは、その期待通り――そういうことなのだろう。


…第三層からは情報が無いから、

きっとここからが大変なのかもしれない。

そう自己完結してから、私は寝床に入る。


青位か赤位が適正――その感覚は、たぶん間違っていない。

けれど、あまりにも簡単すぎる。

このまま終わるはずがない、私も実は、そう思いたかったのかもしれない。


今回はかなり淡々と進みましたが、

クー子達も同じレベルで淡々といきましたと補完してください。

(三層を途中まで探索していた部分については、未探索に修正しました)

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