表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第一章 再灯の翼 <紫華>

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/50

外伝 黎明の翼 ―紫華―

クー子の過去編です。感想・評価お待ちしております!


夢を見ていた。


柔らかな光が視界を満たし、磨かれた木机の感触と薬草の香りが漂う。

かすかに聞こえる魔力炉の唸り、子供たちの笑い声。

――どこか懐かしく、けれどもう戻れない時間。


まだ探索者ではなかった頃。

クーデリア・リーフィスは、ただの付与師だった。


教導課で理論を教え、災害時には救助班に加わり、地盤や壁面を一時的に強化する。都市施設の魔導回路が不安定になれば、修理班に同行して”応急”での安定化を施す。


付与とは、永遠を与える術ではない。

その素材が持つ在り方や魔力の流れに干渉し、

その性質を一時的に書き換えるための手段だ。


魔力の流れを整える――それが彼女の仕事だった。


それでも、彼女にとっては十分だった。

誰かの暮らしを守り、明日へ橋をかける。

その小さな誇りが、彼女の生き方だった。




──その日までは。





「クーデリア・リーフィス――君で間違いないな」


夕刻、作業を終えて帳簿を片づけていた工房に、低く落ち着いた声が響いた。

振り返ると、濃紺の髪と琥珀の瞳を持つ男が立っていた。

軽装の防具を纏い、背筋の伸びた姿。


名は――エルド・フェルナー。

当時、既に赤位の探索者で、少人数制限のダンジョンを単独で攻略することで知られていた。


「街の修復任務で名を見た。

 魔導回路の応急処置、地盤強化……君の付与術は、“補助”に留まらない」


「私は探索者ではありません。現場対応の付与師です」


「それでも構わない」


エルドは、工房に並ぶ修理部品を眺めながら続けた。


「俺は今、新しい隊を作っている。

 名は“光焼く翼”。――定員制の中で最も高密度な連携を目指す、

 精鋭単位のチームだ」


「光焼く翼……?」


「イカロスの翼の話を知っているか?」


「太陽に近づきすぎて墜ちた――“過ぎた望みは身を滅ぼす”という教訓ですね」


「だが俺は、少し違うと思っている」


エルドは小さく息をつき、穏やかに微笑んだ。


「もし彼の翼がもっと強靭だったなら、太陽に触れられた。

 “足る強さ”があれば、願いは叶う。

 それを証明したくて、この名をつけた」


静かな熱を帯びた言葉。

その真っ直ぐさに、クーデリアは目を逸らせなかった。


「君のような付与師がいれば、俺たちの翼は溶けずにすむ。

 一度でいい、共に来てほしい」


誘いは唐突だった。

けれど、偽りがないのは分かった。


「……危険ですよ。ダンジョンは、理屈が通じない場所です」

「だからこそ、理屈を超えた“技”が要る」


胸の奥で、何かがわずかに震えた。


「……分かりました。一度だけ、です」


エルドの目がわずかに和らいだ。

「それで十分だ」


──その一言が、彼女を“紫華”へと導く始まりだった。


国家探索者登録の日。彼女は緑位からスタートした。

通常は黒位からの始まりだが、今までの活動実績とエルドの推薦が評価されたのだ。


しかし最初の探索は、惨憺たるものだった。

詠唱は遅れ、配置も遅れ、魔力の流れを見誤った。

それでも誰も責めなかった。


「上出来だ。次はきっともっと上手くいく」


エルドはただ、穏やかに笑った。


その一言で、彼女の中に小さな火が灯った。


彼女は戦場を観察した。

仲間の魔力の癖を覚え、武具の導線を把握し、呼吸を合わせた。

やがて、彼女の付与は戦闘の“起点”として機能し始める。


一撃を支え、一瞬を繋ぐ。

誰かが振るう刃の、その一閃を通すために。


二年後、彼女は金位に昇格。

更に一年後、紫位への推薦が提出された。


国家報告書にはこう記されている。


『現存する全属性での付与を確認。

 意志なき魔力に対し、上書きと調和を両立。

 実戦下での運用において他の追随を許さず。』


それは、付与師としての到達点のひとつだった。

聖遺物級のように“意志を持つ魔力”に干渉はできない。

だが、それ以外のすべて――物理でも、魔法でも、対極となる属性でさえ――

彼女は一時的に上書きし、整えることができた。


任命式典の日、国王陛下が宣言する。


「クーデリア・リーフィス。

 その才と献身を讃え、“紫華”の名を授く」


「……紫華、で御座いますか」


「汝の力はあらゆる属性を束ね、色を咲かせる。

 若くしてそれを成したこと、まさに華の如し。

 この名をもって、栄誉を示す。」


言葉とともに、控えていた侍従が一歩前へ進み出る。

両手に掲げられた台座の上には、

華の意匠をあしらった紫色のブローチが載せられていた。


中央には淡く輝く魔力結晶。

照明の魔導灯が反射し、花弁の縁をきらめかせる。


「――これが、“紫華”の証である」


王が静かに告げると、侍従は恭しく歩み寄り、

台座を私に向けてそっと留め、手に取るように促した。


ブローチに手に触れた瞬間、

ひんやりとした金属の感触とともに、

小さな温もりが心の奥まで伝わっていく。


それは、努力と日々の証そのもののように感じられた。


拍手の中、彼女は深く頭を垂れた。

“華”――それは力ではなく、積み重ねた歩みを咲かせる象徴。


その象徴は、やがて日常の髪飾りとして、彼女の傍に在り続けることになる。


* * *


目を覚ますと

昨夜の祝勝会の名残が、まだ部屋の空気に漂っている。


夢の余韻が、静かに胸をくすぐった。


「……昔のこと、か」


ふっと笑みがこぼれる。


八回もお留守番をしたけれど、

それでも仲間の笑顔に囲まれている。


あの頃の自分が見たら、きっと驚くだろう。


「……ほんと、幸せ者だね」


窓を開けると、朝陽が街路を白く染めていた。


淡い日光が、窓辺から差し込む。

私は寝台の脇に置かれた小箱に視線を落とした。

そこには、あの時授けられた“紫華のブローチ”が静かに光を宿している。


指先でそっと触れる。

冷たい金属の感触が、まるで昔日の誇りを思い出させるようだった。


髪を整えながら、それを留め具に掛ける。

鏡の中の髪飾りが、紫の華のように揺れていた。


クーデリア・リーフィス――“紫華”。

私の翼は、今も光を焼いている。



探索者ライセンスとは別にギルドも存在しており、

役割としては職業単位の寄り合い所となります。

(仕事の斡旋から後進育成まで)

クー子も付与師ギルドに所属しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ