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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第一章 再灯の翼 <紫華>

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第9話 ――報告と休息と――

転移陣の光が弾け、視界が一気に白く反転した。

次の瞬間、頬を撫でたのは夜気を含んだ乾いた風。

沈みきった陽の残光はなく、頭上には淡く霞んだ月が覗いている。


「……生きて戻ると、空気まで違って感じますね」

エルドが小さく息をつく。

その声音に、ほんのわずかな安堵が混じっていた。


視界に広がったのは、地上の検査区――

どのダンジョンでも変わらない、報告と確認のための帰還地点だ。

この場所に来るのは初めてだが、流れはもう慣れたもの。

迎えに来ていた監査官のひとりが、私たちを見て目を丸くした。


「八層にてダンジョン制覇……ですか? 本当に?」

「記録と照合をお願いします。残留瘴気は一割以下のはずです」

エルドの淡々とした言葉に、監査官は慌てて端末を開いた。


後方で、他の職員たちが小さくざわめく。

戸惑い二に対して賞賛八、そんな割合で混ざったような、こそばゆい空気。

『光焼く翼』がまた功績を積んだのだと。


その空気の中で、リディアが腰を伸ばした。

「ほれ見い、わしらの腕を疑う輩もおるにはおるが、結果が物を言うてくれるわ」

「外見が若すぎるのが原因じゃないですか?」

「む、口が達者になったのう。少しは年長を敬えい」

「年長って言えるほど――」

「クーデリア」

オーリスの低い声に、私は反射的に口を閉じた。

……やれやれ。言い返すより、今は休む方が正解かもしれない。


頭の奥に、まだ微かに残る魔力の疲労感。

八層分の探索が終わったという実感が、じわりと重く伸びていく。


――無事に戻れた。それだけで、今日は十分だ。

そう思い深呼吸を一つ挟む。ダンジョンではあり得ない、

少し冷えた澄んだ空気が肺を満たす。


ああでもそうだ、一つお楽しみがあるのを忘れちゃいけない。


――報告会だ。


いつもの“お留守番”じゃない、今回は正真正銘、制覇報告。

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


受付棟に戻ると、既に報告待ちの補佐官たちが並んでいた。

提出物はきっちりと分別済み。

聖遺物級を含む全ての遺物は、すでに国側の収容班に引き渡してある。

解析と調査が終われば、半分は我々調査パーティの手元に戻る。

引き取らずに換金してもいい――つまり、今日の成果は文句なしだ。


「付与師の記録、こちらにお願いします」

監査官が書類を差し出し、私は淡々とサインを入れる。

とはいえ、書きながら少し頬が緩んだ。

――報告欄の“最下層制覇”の文字。

ここに、自分の名が入るのは何か月ぶりだろう。


「おや、嬉しそうな顔じゃな」

リディアが覗き込み、にやりと笑う。

「留守番では得られぬ満足というやつかの」

「そうかもね。……今回は、ちゃんと働けたし」


「ちゃんと、とは謙遜が過ぎますね」

話を聞いていたエルドが穏やかに笑みを見せ語りかけてくる。

「あなたの付与がなければ、第八層での進行はもっと遅れていました。

 おかげで全員、無傷で帰還できたのですから」


「だそうだ。ほら、誇っていい」

トゥリオが短く言い、淡々と書類の束を受け取っていく。

――こういう時、地味にフォローしてくるからずるい。


提出を終える頃には、外はすっかり夜の帳が下りていた。

探索の疲れがじわりと残る体を引きずりながら、

私たちは拠点棟へと歩き出す。


石畳の地面を踏むたび、夜露の匂いが靴底に移る。

街灯の魔導灯が順に灯り、窓の外では橙を帯びた光が揺れている。

長い一日が、ようやく静かに閉じようとしていた。



拠点の会議室に戻ると、

すでに留守番組の二人――ヴァルクとラナが待っていた。

扉を開けた瞬間、ラナが勢いよく立ち上がる。


「おー! 帰ってきたな! 本当に八層制覇したの?」

「ええ、制覇です。」

エルドの静かな声が室内に響く。

その一言で、空気が一気に明るくなった。


「すっご……! やっぱり三紫が揃うと違うね!」


その横で、ヴァルクが静かに頷いた。

「無事の帰還、何よりだ。……瘴気の残存、報告通りで間違いないな?」

「はい。一割以下で安定しています」

「ならば後続の調査も滞りなく進められるな。」


彼の声はいつも通り落ち着いているが、

その目には確かに安堵の色があった。


通常であれば半分ほどに減衰した瘴気濃度は、

階層主が復活するまでの間に徐々に戻っていく。

しかし今回は一割以下。

復活のスパンが長くなるのか、それとも周期そのものが変化するのか――

それは時間の経過で初めて分かることだろう。


エルドは報告資料を整えながら、

会議室の中央に立った。

「今回の情報を共有しておきましょう。

 まず、階層構造としては八層が終点。

 最下層の結界は崩壊済みで、再生成の兆候はありません。」


一拍置いて、静かに言葉を継いだ。


「階層主撃破後に瘴気濃度が一割以下まで低下した原因は、

 雷鱗竜が“階層の心臓”そのものになるという特殊事例によるものと推測されますが、

 推測の域は出ません。」


「肉体が雷に再構成され、魔力循環により異常な再生能力をもつ実質的な不死身

 には手を焼きましたが、クーデリアが循環を乱すことにより撃破に成功しており

 ます。」


「件の雷鱗竜の残骸は国側で処理済み。

 遺物はすべて提出済みです。聖遺物級を含む解析が終わり次第、

 半数の引き取りか換金の選択が可能になります」


「報告ありがとうございます。」

オーリスが頷き、魔導記録の端末を閉じる。

「地脈の安定も確認済みです。今のところ、異常はなし。」

「僕の方でも幻層を確認しましたが、異常はありませんでした。」

氷雨が淡々と続ける。


――聞きなれない単語が出て、一瞬だけ思考が止まった。

確か幻層は空間の揺らぎの一種…だった筈。

幻影師としての感知対象なのだろう。


「さすが皆、抜かりないですな」

リディアがゆるやかに頷きながら、湯気の立つカップを口に運んだ。

「ダンジョン制覇など、そうそう何度も味わえるものでもない。

 ……祝いの席ぐらいは設けねばのう」


その言葉に、ラナの目が輝いた。

「やった、祝勝会!? 久々じゃん!」

「おお、そういえば前の時はお流れになったな」

私は小さく笑って頷く。

「今度こそ、正式に“制覇記念”ね」


エルドは苦笑しながら書類をまとめ、

肩に軽く手を置いた。

「では、各自で休息を取ってください。

 祝勝会は自由参加で構いません。

 私はこのあと報告会議に出ますので、先に失礼します」


「お疲れさまです、隊長」

「ええ、皆さんもゆっくり休んでください」


エルドが退出した瞬間、

室内の空気が一段ゆるんだ。


「……ふぁぁ。悪い、俺はもう無理だ」

トゥリオが欠伸を噛み殺しながら言う。

「寝ろ寝ろ。盾役が倒れたら洒落にならないから」

ラナが笑いながら背中を押す。


「俺も遠慮しておこう。流石に女子組には割って入れん」

ヴァルクが小さく笑って肩をすくめる。

「……健全な判断ですね」

オーリスがくすりと笑い、彼を見送った。


「さて――残ったのは五人か」

「つまり、女所帯だね」

氷雨が軽く笑う。

「いいじゃない。どうせなら盛大に飲もうよ」

ラナが手を上げる。

「僕も賛成。ここ数日は胃が冷えるほどだったしね」

「わしは甘味でも頼もうかのう。あの店、夜は蜜酒がある」

「じゃ、決まりね」

私は立ち上がりながら言った。

「制覇の祝杯。――久しぶりに、全員笑って乾杯しましょう」


笑い声が重なり、扉が開く。

外の空気には夜の匂いが満ちていた。

街の灯りが遠くでまたたき、風が少しだけ冷たい。


――この感覚のために潜っているんだろうな。

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