第7話 ――雷を超えし者たち――
雷鱗竜から迸る雷鳴が、空気を裂き、光が奔る。
地面の魔方陣が眩く輝き、そこから吹き上がる雷が竜の体を包み込む。
同時に、余波が広間を薙いだ。竜の周囲から放たれた放電が、空気を伝って乱れ、弾のように弾ける。耳鳴りと焦げた匂い。視界が白に染まり、反射的に腕で顔を庇った。
「ぐっ……あつ……!」
「くっ、後退を――!」
雷の奔流が壁を這い、床を舐める。
トゥリオの重盾に触れた閃光が跳ね返り、リディアの袖を焦がした。
氷雨の幻影がいくつも蒸発し、私の背をかすめた電撃が皮膚を焼く。
全員、少なからず被弾していた。
雷鳴の渦中でも、オーリスの詠唱は揺るがない。
「《聖光還流・輪環》――癒えよ、穢れよ退け!」
淡い光の輪が波紋のように広がる。
焼けた空気が浄化され、痛みに焦げた肌がゆっくりと癒えていく。
それでも、体の芯が痺れている。私は杖を握り直し、歯を食いしばった。
――これが、階層そのものと化した存在。
たった一撃で、生命を焼き切る力。
「再生……止まらない!」
オーリスの報告通り、竜の輪郭は崩れず、むしろ明確に形を持ち始めていた。
肉ではない。光そのものが筋を描き、雷光が骨格を成す。
まるで“雷を素材とした生命”だ。
「――物理攻撃、効かねぇな」
トゥリオが呟き、地を蹴って距離を取る。盾を構える腕が震えていた。
「幻影も通らない。感覚を共有して、全方向に反応してる」
氷雨の声に、私は思わず息を呑んだ。
つまり、知覚そのものが空間を媒介にしている。
この階層全体が、あいつの“身体”なんだ。
「……やっかいな相手よの」
リディアの炎が灯る。だがその火も、雷光の風圧に煽られて揺れた。
(――流れを切るなんて、無理)
階層の地脈と繋がった魔力循環は、完全な閉回路。
制御なんてできない。けれど、“ずらす”ことなら。
私は【供応の背嚢】から『導線札』を取り出した。
――魔導回路の接続を補強するだけの修復具。だが今は、これで“回路の流れを僅かにずらす”。
即座にスコップを取り出し斬属性を付与、床の割れ目を拡げ、手持ちの札をまとめて滑り込ませる。
「――“雷”の流路、導線札にて偏向せよ」
淡い付与光が走り、札が脈動を始める。
床下の魔力線が一瞬だけ波打ち、竜の再生のリズムが乱れる。
直接の封印も制御もできない。だが、“数瞬の猶予”なら作れる。
その一瞬の“間”を作るために――ただそれだけのための付与。
あとは相手をどれだけ削れるかの勝負だ
【供応の背嚢】から飛び出した5本の矢を手に叫ぶ
「――“闇”の加護よ、矢に宿れ」
闇は光や熱を吸収して無力化する属性、最早肉体を持たない雷にも効果がある筈だ
「エルド!これ使って!」
声と同時に投げ渡した矢を、エルドは寸分違わず受け取った。
闇を帯びた矢が次々と生まれ、連なって雷竜に突き刺さる。
そのたびに、雷の体表が波打ち、閃光が散った。
「……まだ、沈まないのか」
トゥリオが息を吐く。
竜の輪郭が崩れかけては再構成される。
その様子に、私は確信した。
(この階層全体が……雷を循環させる“装置”なんだ)
ならば、倒すというより――“止める”しかない。
この気づきに賭け、私は覚悟を決めた。
「……トゥリオ、抑えて!」
「了解ッ!」
重盾が地を打ち、轟音が響く。
反衝で竜の動きが鈍った一瞬、私は杖を構えた。
「――“雷”の流路よ、導線札にて鎮めろ」
もって十秒――予想に反せず、あまりの高負荷に導線札が悲鳴を上げ、
地脈に沿って紫電が奔る。まるで池に小石を落としたように、魔力の流れが波紋を描いた。その波が伝わるたび、竜の雷脈がわずかに“詰まり”、一瞬というには長い、致命の“間”を生む。
「今……止まった!?」
氷雨の声に、私は即座に首を振った。
「違う、“詰まった”だけ! すぐ戻る、今のうちに叩いて!!」
竜の周囲を覆う雷が弱まり、鱗の隙間から蒸気のような魔力が噴き出す。
それは弱体化というより、抑え込まれた圧の漏出。
だが、その数秒の“間”が――勝機を作った。
「今日一番の最大火力…流石に終わっとくれよ
《焔天崩星・破界焔》!!」
言葉に違わず、星を崩すかの如く、天地を焦がすようなすさまじい爆熱が解き放たれた。
魔力の噴出口となっていた魔方陣もろとも焼き焦がしていく。
焼けた空気の中、崩れ落ちた雷鱗竜の影が消えていった。
焦げた匂いと、金属の焼ける音だけが残る。
一瞬、誰も言葉を発せず、ただ荒い呼吸の音だけが響いていた。
やがて――
「……やった、のか?」
トゥリオが息を吐くように呟く。
盾を支えた腕が小刻みに震え、ようやく力を抜いた。
「いやあ思ったより火力でたわ」
リディアがかすれ声で笑い、杖を床に突いて体を支える。
その頬には煤が走っていたが、目だけはいつもの光を取り戻している。
「今、認証印が来ました。この階層もクリアですね。」
エルドが弓を下ろし、焼け焦げた床を見下ろした。
「みんな、無事……?」
オーリスの光輪が淡く輝き、癒しの残滓が広がる。
痛みが引くたびに、疲労が波のように押し寄せた。
私は杖を支えながら、かすかに笑う。
手がまだ震えている。
「……止めるなんて、できるわけない。
でも、“ちょっと狭める”くらいなら……ね」
リディアが口元に笑みを浮かべた。
「ふむ、ようやったのう。」
「……あはは、褒められると照れる」
「謙遜するでない。おぬしの“間”が無ければ、今ごろ皆、炭じゃ」
リディアの杖の先端で残光が淡く揺れる。
焦げた床面を見下ろしながら、魔法使いは続けた。
「流れを受け流し、わずかに逸らす。敢えて押し込み、荒ぶらせる。
随分と老練な手腕じゃ…一皮むけたの」
私は苦笑して、杖の石突で軽く床を突く。
「……皮むけるほど焦げたけどね」
「それも経験じゃ。焦げぬ探索者など、ただの書生よ」
その言葉に、仲間たちが一瞬黙り――そして、小さく笑った。
焦げた匂いがまだ漂う中、雷鱗竜の影は完全に消え去っていた。
階層主撃破。
「雷鱗竜」はダンジョン外にも極少数ながら生息しており、
強力な魔物として認知されております。
ただその強さはダンジョン内の第一形態よりも更に少し弱いくらいです。
赤位(熟練級)6人パーティでも多分勝機があります。
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【無窮の矢筒】で生成された矢についての補足
※読まなくても良いですが、何故何故分析で納得したい方向け
【無窮の矢筒】で生まれる矢は、魔力から絶えず再構成される“擬似物質”であり、見た目こそ矢ですが、内部では常に変質を続けています。
そのため、付与のように「性質を書き込む」類の術は定着しません。
一方で、矢をあくまで魔力を通す導線として扱う場合は、矢そのものを変える必要がないため、発動の起点として魔法を行使することができます。だから付与は通らず、魔法は通る――そんな仕組みです。
生成された矢は、機能は保つが毎秒内部構造が変わる時計。
聖遺物級装備は、絶対に分解できない時計。
どちらも修理はできないが、使うことはできる
…そう考えて頂ければイメージが近いと思います。




