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紫華の付与師は今日もお留守番。ダンジョンで無双する最強支援職  作者: さくさくの森
第零章 灯る紫華の翼

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第0.1話 ――紫華、ダンジョンで躍動する――

第零章はお留守番「前」の物語です。

本編は第一章からなので第一話から読んでも問題ありません

 これは国家最高位の付与師として活躍した、一人の少女の記録である。世界各地に蔓延る危険なダンジョンを探索し、敵を討ち、貴重な遺物を持ち帰る……そんな動乱に満ちた日常の一幕をここに綴る。


 ◆


 底の見えない縦穴の上に、細い石橋が一本だけ掛かっていた。

 崩れかけた橋と生温い上昇気流。お約束の風景だが、この階層の嫌らしさはそこから先だ。


「クー子。この橋、渡れるか?」


 前を行く隊長のエルドが振り返る。

 暗がりでも読み取れる整った輪郭と、こちらに向けられた琥珀の瞳はいつもどおり穏やかだ。


 私は杖の先を縦穴へ向け、鼻先で深く息を吸う。肩に触れる青白色の髪が気流に揺れ、紫がかった深青の瞳に、魔力の流れが浮かぶ。


(……逆流してるな)


 底から天井へ向かって魔力が吸い上がっていた。

 橋は、その逆流に浮かされて辛うじて形を保っている。


「このまま踏み出すと、吸われて上に飛ばされるか、橋が崩落する。どこに行くのかは分からないね」


「却下だな」


「ですよね」


 隣でラナが軽く足を鳴らした。肩当てが小さく鳴り、栗色の髪が揺れる。


「じゃあどうする? 回り道は?」


「右も左も同じ縦穴。設計者の性格が悪い」


 設計者はダンジョンそのものだけどね、と皮肉に口を歪ませながら、私は橋の根元に片膝をつき、橋に手を当てた。黒青の軽装コートの裾が地面に触れ、腰の小瓶がかすかに鳴る。


 逆流に頼った不安定な支えなら、付与で補強してやればいい。


「橋の下側に“土”を付与する。支えを固定して、逆流を断つ。これで、まともな橋になるはず」


「三人だよ、耐えられる?」


「三人くらいなら問題ないよ」


 ラナの心配に対してわざと軽く返しておいて、自分の魔力操作をもう一度だけ確認する。この程度で外したら紫位(ししい)返上だ。そういう失敗は、ここに来るまでに済ませてきた。


「“土”の加護よ、支えを補強せよ――」


 そう言って、私は杖の先から淡い光を走らせた。

 橋の輪郭が沈むように安定し、縦穴を吹き上げていた風が脇へ逸れる。


「これで大丈夫。揺れは止まった、普通に渡れる」


 足元はまるで地上と変わらないほど安定していた。

 付与の反応も穏やかで、乱れはない。

 そのまま三人で橋を渡りきることに成功した。


「……見事だな」


「当然でしょ」と私は肩越しに返す。

紫華(しけ)の看板は、伊達じゃないんだから」


 ラナが笑いながら頷いた。

「まったく、こっちが命張ってる横で余裕だね」


「一緒に渡ったんだから私も命張ってない?

 まあ、信じてもらえるなら、それで十分だけどね」


 私は本気でそう思っている。

 私の仕事は、仲間に無茶をさせるための安全を用意することだ。

 そのために、頑張ってきたのだ。


 先行するラナの剣先が光を返し、次の通路の闇が開けた。


 *


 橋を抜けた先は、静かすぎた。


 石壁は滑らかで、苔ひとつ生えていない。魔力灯も罠紋もなく、ただ薄闇だけが続いているのに、足音がやけに遠くへ吸い込まれていく。床石の継ぎ目を流れる魔力が、時々、逆向きに跳ねるのが見えた。


(やっぱりここ……全体が狂ってる)


 普通のダンジョンは下へ行くほど瘴気が重くなる。だがここは違う。層ごとに流れの向きがねじれていて、そのねじれをごまかすためだけに余計なギミックが噛んでいる感じだ。


 暫く進み、エルドが周囲を見渡す。

「前方に魔力の渦。罠か扉。左は瘴気が濃い。右は空洞、行き止まりの可能性が高い。進むなら渦だ」


「渦かぁ…えっ渦!?先に小石でも投げない?」


 原始的だが慎重な選択肢を提示してくれるラナだが、幸いここには魔法的な知見が深い付与師がいる。

 オーリスかリディアがいれば任せたかもだけど、今は私だけだしね。


「先に調べるわ」


 私は軽く肩を回し、杖の先を前へ向けた。


 渦の中心で魔力が円を描いている。

 流れは固定され、閉じた輪のように同じ軌道を回り続けていた。外から叩けば弾かれ、中からは出られない――典型的な自己循環型の封鎖陣。


「タイプは封鎖。外部干渉を拒んでるだけ。理を壊さなくても抜けられる」


「つまり?」


「流れを少しずらすだけでいい。止めるより、正しく流させた方が早い」


 壊すより整える方が、美しい。私の好みでもある。


 渦の手前に歩み寄り、指先を宙に滑らせる。

 魔力の軌跡が淡い線となって現れ、円の内側を撫でていく。

 回転の一部に微かな乱れを見つけ、そこへ“風”の付与を差し込む。

“封鎖”の理が“風”の理に一時的に上書きされ、輪がほどける方向へ押し出される。


 ――音もなく、渦がほどけた。


 空間の圧が抜け、奥の通路が静かに開く。

 扉の代わりをしていた膜が霧のように消え、冷たい空気が流れ込んできた。


「相変わらず流石の付与だな」


「鍵穴がないなら、鍵を作ればいいだけの話」


 素直に称賛してくれるエルドに、少し胸を張って言う。

 こういう時くらい、格好つけさせてほしい。


「便利な職業ね、付与師って」とラナが笑った。


 その笑い声と同時に、彼女の瞳がすっと細くなる。

 ほんの一瞬、楽さを見せてから、次の危険に切り替わるのが速い。


「……今の、感じた?」


 通路の奥、闇の底で何かが蠢いた。

 肌の下を這うような圧。

 魔力の流れが一拍ずれ、空気が震える。


 ラナは一歩前へ出て、音もなく剣を抜いた。

 刃が魔力を受けて淡く光り、彼女の足元の影が伸びる。


「前方、強い魔力反応。距離は三十。恐らく階層主だな」


「ここまで静かだった分、歓迎が手厚そうね」


 私は呼吸を整え、杖を握り直す。

 階層主が何をしてくるかはわからないが、流れが乱れれば必ず見える。

 見えれば、直せる。


「俺が指示を出す。ラナ、正面から受けろ。回避より先に反応を見ろ。クー子、後方で補強を入れろ。魔力の流れが変わったら即報告」


「了解」とラナ。

「任せて」と私。


 エルドが矢をつがえ、静かに息を吸う。

 隊長としての声と動きに、一片の迷いもない。

 その背中を見ていると、こちらも自然と背筋が伸びる。


(大丈夫。私がいる。この二人がいる。

 例え理不尽な相手であっても、帳尻は合わせてみせる)


 次の瞬間、闇の奥で石が砕ける音がして、黒い(もや)が噴き上がった。


 ――階層主が目を覚ます。

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