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美味しいだけでは物足りない

「コーヒーでも入れましょうか」

 オーレンの言葉に、ナジュアムはパチパチとまばたきをした。

「コーヒー?」


「苦手ですか? 飲んでる姿をあまり見ませんけど」

「入れるのが苦手。けど、オーレンが入れてくれるなら飲むよ」


 嫌いではないが、美味しいコーヒーを飲むためには手間とコツがいる。習得する前に諦めたので、コーヒー豆の買い置きはしていなかった。

 オーレンは一人の時間に飲んでいたのだろうか。


 ならもっと早く聞いてみればよかったとか呟きながら、オーレンは準備を始めた。お互いまだまだ知らないことがありそうだ。


 窓から差し込む日差しがキレイだったので、キッチンにスツールを持ち込んでそのままここでコーヒーを飲むことにした。

 オーレンはクッキーを美味しいと言ってくれた。

 それだけでだいぶ気が軽くなる。だが、オーレンは他にも話があるようだった。


 熱いコーヒーをちびちびと飲みながら、ナジュアムはオーレンが話しはじめるのを待った。


「あのお金、使い切りました」

「そっか。っていうか、まだあったんだね」

「はい。野菜やなんかをお裾分けしてもらうことも多くて」

「あー、そういうことか」


 彼はときどき、近所の畑を手伝ったりしていたようだ。そのお礼としてキャベツやらカブやらを貰っていたそうだ。

「あ、ちゃんとお返しもしてますよ!」

「うん、心配はしていない」


 オーレンのことだから、何かしら料理や労働で返していたのだろう。やがてそれが自然なやり取りとなったのだと想像がつく。

「でも貰ったものを把握していないのは困るな。俺の口にも入ってるんだろ? 俺からもお礼くらい言いたい」

「わかりました。じゃあ、次からは報告しますね」

「うん。よろしくね」


「それで、ですね……。今後について相談があるんです」

 来たっと思ったが、ナジュアムはカップに気を取られているフリで何気ない返事を装う。

「このまま住めば?」

 オーレンはうーんと唸って腕を組んだ。


「家賃を入れたいです」

「違うんじゃない? 俺が君に雇い賃を払わなきゃいけないんじゃないかな。なんせ君は王室御用達の料理人なんだし」

「それだと俺、高いですよ」

「だよね。諦めるか」

「そんな、追い出さないでくださいよ」


 オーレンが焦ったように言うので、試したわけではなかったが、ナジュアムはホッとして笑う。

 冗談だと気づいたのか、オーレンは呆れたというよりは拗ねたような顔になった。


「そうじゃなくて。俺、雇用関係とか居候とか、もう嫌なんですよ。対等じゃないから。対等じゃないと言えないじゃないですか。――好きだなんて」

「熱ッ」


 びっくりして、無防備な状態で熱いコーヒーを飲み込んでしまった。


「大丈夫ですか!」

 オーレンはナジュアムからカップを取り上げると、心配顔で覗き込んだ。

 のど元を過ぎた熱さよりも、頬の熱さの方がよほど気になった。


「ま、待って、オーレン! 今なんて」

「よかった。大丈夫そうですね」

「そんなの良いから、なんて!?」

「ちょっ、近いですって」


 肩を掴んで詰め寄るナジュアムを、オーレンは引きはがした。

 浮かせかけた腰を、ぽすんとスツールに戻される。

 

「俺、ナジュアムさんが、美味しそうに食べているところを見るのが好きなんです」


 あ、そっちの好きか。ナジュアムは足元に視線を落とした。すると彼はナジュアムの前に跪いた。

 膝上の手に、オーレンの大きな手が重なった。

 これではまるでプロポーズだ。こういうことを自然とやるから、彼はたちが悪いのだ。

 ナジュアムは反応に困ってしまった。


「けど、一緒に過ごすうちに、それだけじゃ足りなくなりました」

 耳を疑って視線をあげると、彼はこちらがたじろぐほど熱っぽいまなざしで、ナジュアムを見上げていた。


「あなたにとって嬉しいことや楽しいことは、できれば、全部俺があげたいくらいなんです。悲しいときや怒っているときは、側にいてあなたを慰めたい」

「オーレン、だけど……恋かどうかはわからないって」


「はい、そう言いました。正直今でもよくわからないんです。だけど俺、あなたのことが大事なんです。ナジュアムさんの隣に、他の誰かがいるのは想像するのも嫌なんです。――隣にいるのは俺がいい。もう、美味しいだけでは物足りない」

 彼は、真摯にナジュアムを見上げた。


 無理! 無理だよムリムリ!

 そんなふうに言われたら、絶対に襲ってしまう!

 いつかじゃなく今やりそう。


 だけど、こんなことを言ったら、また逃げられるんだろうな。

 ナジュアムは大騒ぎしそうになる気持ちをギュッギュと押し込めて、慎重にオーレンの手を取った。

 ここは、大人の余裕を見せつけてやらなくては……。


 そう思いながら彼の手を自らの頬に押し当てた。それだけにとどめた。我ながら偉いと思う。


「――仕方ないな。恋かどうかは、ゆっくり教えてあげる」


 間違えた。ゆっくり考えればいいと言おうとしたのに。

 しかも、無意識のうちに顔をひねって彼の手にくちづけてしまっている。

 引いたかなと思ってチラリと見れば、オーレンはぼふっと頭まで真っ赤になって、そのまま固まってしまった。


 あれ、意外といける?

 彼の顔の前で手を振って、おーいと呼びかけながら、体から落とすのもありかもな。なんて、ナジュアムは不埒なことを考えた。

 



 その後、話し合いの末、オーレンが家賃代わりに料理を作るということに決まった。

 今までとあまり変わらない。


 変わったのは、食費や生活費を折半するようになったこと。

 そして、オーレンが居候から恋人になったこと。

 でもそっちはまだ、ひと匙分の味見くらい。






              おわり






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