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泊ってく?

 

「やっぱりロカはすごいな」


 魔石の代金を払っても興奮から覚めることはなく、ナジュアムは何度目かの賞賛を送った。

 ロカは「まあな」と頬杖をついて気のないフリをしているが、口元がニヤついているのが丸わかりだ。


「今回は俺の腕がいいからなんとかしてやったけど、ほんと気をつけろよ。余計な出費は押さえたいんだろ?」

「うん、ロカ。気を付ける」

「よし。……それで?」

「それでって?」


「仕事も終わったことだし、聞かせろよ。なあ、別れたんだろ? あのヤランと」

「頼むから、その名前は出さないで」


 店にはほかに人もいないが、ナジュアムはそれでも声を潜めた。


「なんで? そんなに傷心?」

「じゃなくて、その……」


 ロカはすごく勘がいい。以前、この店でヤランとばったり出くわしたことがある。その時交わしたほんのわずかな目配せで、二人の関係を感づかれてしまったほどだ。


 今だってそうだ。魔石の数だけで気づくか、普通。

 とにかく彼に隠し事は無駄だと身に染みている。

 そこでナジュアムはヤランが結婚すること、一方的に別れを告げられたことを簡単に話した。そのうえで、他の人には言わないでと口止めする。


「良かったんじゃん」


 全部聞き終えたロカが、あまりにあっけらかんと言うので、さすがにナジュアムは眉を寄せる。


「他人事だと思って」

「そうじゃなくて、だってあいつロクデナシだし。ずっと思ってたんだよ、ナジュアムには似合わないなって。忘れちまえばいいよ、あんなクズ男」

「クズ男……」


 軽く衝撃を受けて、言われた言葉を繰り返すと、ロカはぷくっと片方の頬を膨らませナジュアムに指を突き付けた。


「そこまでされて相手を擁護しようってんなら、ナジュアムは聖人じゃなくてただのバカだな」

「もともと聖人のつもりもないけど、バカと思われるのも心外だな」


 けどそうか、あいつはクズ男だったのか。

 すっかり腑に落ちて、苦笑交じりのため息をこぼしていたら、ロカは不意にそっぽを向いた。


「新しい恋でも見つけろよ。そーいうのって案外近くにあるっていうだろ。たとえばその……俺とか?」


 不器用な慰めがとっておきの冗談みたいに思えて、ナジュアムは腹の底から笑った。

 ロカが呆れ返って閉口してしまうくらい笑ったら、なんだかすっきりしてしまい、久しぶりに空腹を感じた。




 魔法屋をあとにして、ナジュアムはその足で酒場へ向かった。


 魔石を抱えているし酔っぱらうまで飲む気はなかったのだが、選んだ料理が悪かったのか塩気と油がきつくて食が進まなかった。そのわりに、酒のほうは進んでしまったようで、帰るころにはすっかりほろ酔いになっていた。


 繁華街を抜けると集合住宅が立ち並ぶエリアに出る。

 細々とした灯りの中を気分よく歩いていると、雲間から星が見えた。


 星を見るのは好きだ。けれど同時にすこし切ない思い出もあって、今あまり見たくなかった。

 視線を落としたその時、なにか地面に妙なものがあるように見えた。


 警戒しながら近づくと、道をふさぐように倒れているのが人間だとわかる。大きなバックパックを背負っているから、旅人だろうか。すごく背が高いし体つきもがっしりしているのが、夜目にもわかった。


「どうかしましたか」


 ナジュアムは傍らに膝をつき声をかけた。

 酔っ払いならともかく、そうじゃないなら大変だ。人を呼ぶにしても役所の職員としては状態くらいは確認しないと。


 幸いにして意識はあるようだ。うなりながら顔をあげたのは、若い男のようだった。


「すみません、お邪魔でしたか、いまどけます」

 そして案外元気だった。


 彼は這うように道の端に避け頭を下げた。その奇妙な行動に毒気を抜かれて、ナジュアムはつい敬語を取っ払ってしまった。


「大丈夫? 具合が悪いなら医者を呼ぼうか?」

「……いえ、お腹が空いて……」

「ああ、そうなんだ」


 どうしてこんな若く健康そうな男が行き倒れているんだ?

 薄暗いからハッキリとは見えないが、そこそこ整った顔をしている気がする。

 まず考えたのは、家出の可能性だった。

 まじまじと青年を観察していると、向こうはそっと目線を下げた。


「ねえ、君。名前は?」

「オーレンといいます」


 暗いから、目がキレイとかそういったことはわからなかったけれど、少なくとも話し方や態度は落ち着いていて、悪い子ではなさそうだ。

 酒が入って気分がいいのも手伝って、ナジュアムは気軽に考えた。


「そっか、じゃあオーレン。うちにおいで。なにか食べさせてあげよう」

「え? でも……」

「要らないならいいけど、困ってるんならおいで。まあ、もう少し歩くけどね」


 彼はしばらく迷っていたようだけど、結局すなおについてきた。

 ゆっくり歩いていくと、やがて身を寄せ合うように立ち並んでいた集合住宅が減り、一軒家が並ぶ古い街並みにたどりつく。


 ようやく自宅が見えてホッとしかけたそのとき、向かいの家のカーテンが揺れ、人影が見えた気がした。

 ここにきてようやく、ナジュアムは自分の行動がいささか不適切だったかもしれないと思い当たった。


 あたり一帯みな顔見知りという中で、ナジュアムの存在は少し浮いている。誤解を受けやすい性質だから、近所とあまり関わらないようにしているというのに、これでは自ら噂のタネをまいたようなものかもしれない。

 ナジュアムの逡巡に気付いたのか、オーレンは家の手前で足を止めた。


「あの、やっぱり俺」


 遠慮して踵を返そうとするので、少々気まずい思いで彼を手招きした。ここまできてやっぱり帰れというのはいくら何でもひどすぎる。


「いいからおいで」

「……でも、本当にいいんでしょうか」

「うん」

 頷いてしまってから、ナジュアムは思い出した。


「構わないんだけど、魔石を入れなきゃならないの忘れてた。とにかく中へ入って。それで悪いけど、そこで少し待ってて」

 若い男を中に引き入れたはいいものの、家じゅう真っ暗なんて笑える話だ。


 言われた通り、彼は行儀よく玄関で立ち止まった。

 出がけに吊り下げておいたランプの明りを頼りに、ごそごそ魔石を取り出して一つずつはめ込んでいく。


 居間の灯りをつけたところで、改めて彼に声をかけた。

「いいよ、入って」

 残りの魔石もはめ込んでいると、咎めるような声が聞こえた。


「まさか、魔石持ったまま飲み歩いてたんですか!?」

「一軒だけだよ。飲み歩いていたとは失礼な」


 彼は聞いているのかいないのか額に手を当た。空腹で眩暈でもしているらしい。

 だけど、休んでいてと言ってあげるには、薄汚れているんだよな。


「君、もうひと踏ん張りできる? シャワーを浴びておいで。そのあいだに作っておくから」


 まだなにか言いたそうなオーレンをバスルームに押し込んで、ナジュアムはキッチンの扉を開けて食糧庫へ向かった。


 居室部分はクリーム色のしっくい壁なのだが、食糧庫だけは石がむき出しのままだった。そのせいか年中涼しい。

 この部屋には前の住人が集めた、いろいろな魔法道具が眠っている。ナジュアムに扱いきれるのはせいぜい冷蔵庫くらいだが。


「何かあったかな」


 中を覗き込むとかろうじてチーズが残っていた。それと半端に残した白ワイン。

 あとは米がすこしとしなびかけた玉ねぎが一つ。


 ろくなものがないことに、自分でも少々驚いた。もうすこし何かないかと棚や作業台を見回してようやく瓶詰めを一つ見つけた。

 ナジュアムはホッとしてキッチンに戻った。これでリゾットが作れる。

 

 先ほど見つけた瓶は去年仕込んだ最後の一瓶で、キノコとハーブをオイル漬けにしたものだ。


 そのオイルを使って刻んだ玉ネギを炒める。風味づけに入れてあったニンニクがいい仕事をした。ブロスもないし、お湯を使うしかないからかなり素朴な味わいになってしまいそうだが、そこはキノコのうまみに期待しよう。ワインもすこし入れようか。


 米を炒めるかたわら、お湯も沸かしておく。タイミングを見計らい鍋に投入すればぶわっと湯気が上がった。

 あとは様子を見ながら、適宜お湯を足しつつ炊いていけばリゾットが出来上がる。


 香りはまあまあ、かな。

 火を止めてチーズを削りいれ、塩コショウを振ったあたりで、ちょうどオーレンがバスルームから出てきた。


 そこでようやく、ナジュアムは彼の顔をまともに見た。

 ちょっと驚くくらい、いい男だった。


 年のころは二十歳かそこらだろう。黒い瞳は優しげだが、芯は強そうだし、形の良い鼻と唇にはどこか品がある。背が高く、体も引き締まっていて健康そうだ。デニムのパンツにカットソーという出で立ちが清潔感のある短い黒髪と良く似合っていた。


 ジロジロ見過ぎたせいか、彼は居心地悪そうに身じろぎした。ナジュアムはハッと我に返って椅子を勧める。



「どうぞ。酔っ払いが作ったから味は保証しない。あとごめんね、それ最後の米だったから、足りなくてもおかわりはないから。あ、飲み物も必要かな」


 オーレンは立ち働くナジュアムを所在なさげに眺めている。いまだとまどっている様子だった。


「あなたは食べないんですか」

「俺はさっきつまんできたし。それに、ちょっとくらい食べなくても平気だから」

「きちんと食べたほうがいいです」

「ははん。さては君、真面目だな? ――見てると食べづらい? それともワインのほうが良かった? さっき使いきっちゃって」


 飲み切ったというほうが正しいが、そこは白を切る。


「いいえ、これで大丈夫です」

 ナジュアムが用意したのは、二人分のお茶だった。食事には何が何でも酒だという人は、まあ結構多い。


「いただきます」


 彼はきちんと背筋を伸ばしてリゾットを口元に運んだ。

 相当お腹も空いているだろうに、それでもゆっくりと味わうように食べた。


 育ちの良さがにじみ出ている。さっきからちょいちょい、こちらがたしなめられてるし。

 ナジュアムはふと窓に目をやった。もう五月とはいえ夜は冷える。こんな子を夜中に外へ放り出すのは気が引けた。


「良かったら、泊まってく?」

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