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食べたいに決まってる



 家の前が、大変にぎやかになっている。

 ご近所さんを招いてオーレンが料理を振る舞っているのだ。その傍らで、ナジュアムも忙しく立ち働いていた。


 マルシェへ行った際、小さな焼き菓子を買ってきてオーレンと共に近所を回った。

 変な男が騒ぎを起こした際は通報してくださいとオーレンが頼み込んだというから、お礼と解決の報告に行ったのだ。


 そのときに、オーレンの料理の話になって彼がにこやかに「だったら食べに来てください」なんて言ったもんだから、どんどん話が膨らみ、パーティーのようなものを開催する羽目になった。


 騒ぎを聞きつけ、料理や酒を持ち寄ってくれる人もいて、入れ替わり立ち代わり人がやってくる。頂いた料理を取り分けていたら、おじさんに捕まった。


「そんなもん、自分たちでやるから、あんたも飲め飲め!」

 ワインのグラスを差し出され、ナジュアムは受け取ろうとしたのだが、その前にオーレンがやんわりと止めた。

「この人に飲ませないでください。酒癖が悪いので」

「え!? そんなことないだろう」


 ナジュアムは抗議したが、オーレンはすでに飲み足りなさそうな人を見つけてグラスを手渡してしまったあとだった。

「こっちをどうぞ」

 渡されたのはアルコールなしのフルーツジュースだ。睨みつけると彼はコソっと答えた。


「断り切れなくて、飲みすぎる未来が見えました」

「君は占いもやるのか」

 でも、確かにそうかもしれない。


「あなた達、恋人同士なの?」

 お隣の奥さんがキラキラしたまなざしで尋ねてきた。内心ギョッとするが、恩もあるから、むげにもできない。

 ナジュアムが否定する前に、オーレンが進み出た。


「恩人に手を出したりしませんよ! いつも言ってるでしょう? ナジュアムさんはお腹を空かせて行き倒れていた俺に、食事を振る舞って住まいまで提供してくれた恩人なんです!」


 芝居がかった調子でそんなふうに語り始めるのでびっくりしてしまった。


「え? いつも?」

「はい! 最初に振る舞ってくれたキノコの風味のリゾットが、すごく美味しくて今でも忘れられない味だってことも!」

「ちょっと、止めてよ!」

「どうしてですか?」


 出た。どうしてそこで無垢な顔ができるんだ。


 彼はくるっと、ナジュアムから聴衆に視線を戻しニコリと笑った。

「手なんて出しません。魅力的な人ですけどね」


 あるいはナジュアムの名誉を守るためなのかもしれないが、線を引かれた気がした。


 そんなにぎやかな状態が夕方まで続き、そろそろ引っ込みたいと考え始めたころ、ロカがフラッとやって来た。

 魔法屋の登場に、長居の客もそそくさと帰っていく。

 ナジュアムは気軽に話しかけているが、そう言えば魔人は人によっては畏怖の対象なのだった。


「ロカ。ごめんね、もうあんまり残ってないんだ。上がってく?」

「いや、そろそろ終わりごろかなって思って見計らってきただけだから」

 ロカはチラッとオーレンを気にして、それからナジュアムの腕をじっと見下ろした。


「ごめんな、俺、なんにもできなくて。ナジュアムが危ない目にあったってのに」

「どこから聞いたの!?」


 ナジュアムが心底驚いた。ご近所さんには、わざわざ言っていない。取り調べの内容が漏れたとは考えたくないのだが。


「お守りが壊れたってことは、そういうことだろ。そいつが駆けつけて、ナジュアムを守ったんだ」

「ロカ、ねえ、なんでわかるの」

「俺は魔法屋だぞ。魔法道具に掛けられた魔法くらい見抜けなくてどうする」


 それだけだろうか、鋭すぎるんじゃないだろうか。

 彼はそして、ナジュアムとオーレンを見比べて、ふむと頷いた。

「よし、まだだな」

「え? なにが、ロカ、何が!?」

 

 すっかり慌てるナジュアムを置いて、ロカはさっさと背を向けた。

 どうやら、ナジュアムの無事をただ確かめにきただけらしい。最後の一言は、……たぶん、からかわれたのだろう。動揺してしまって恥ずかしい。


「……片付けますか」

「そうだね」

「だいぶお疲れのようですね。あとは俺がやっておくから、ナジュアムさんは休んでてください」

「いいって、俺もやる。ありがとう、オーレン。今日、みんなと話せてよかった」


 ヤランが起こした騒ぎを、同情的に受け止められているとわかってよかった。男同士の交際をよく思わない人も中にはいるかもしれないけれど、少なくとも表面上は普通に接してくれる。ご近所づきあいが円滑なのはありがたい。


「前にやりたいことがあるって言ったでしょう?」

「うん」

「俺、マルシェに総菜でも出してみようと思うんです」

「へえ、いいんじゃない? オーレンの料理好評だし」


 みんな美味しそうに食べてくれた。なんだか、ナジュアムまで嬉しくなったから。


「それに、ナジュアムさんと毎日一緒に食事ができます」

 彼はにっこりしたが、ナジュアムはキョロキョロしてしまった。まだ、近所の人がどこかで会話を聞いているかもしれないのだ。


「誤解を招くよ」

「何がです?」

 きょとんとしやがって。この人たらし。


 片づけをすませて、早めの夕食にする。

 食卓でいい匂いを放っているのはムール貝だ。殻つきのままワインで蒸したもので、パンと白いんげんのスープが添えられている。

 アボカドとトマトのサラダもおいしそうだ。

 先ほどは没収された酒も、今はちゃんと手元にある。


 オーレンは生き生きと、これから作りたいものについて語っている。

 聞いているだけでおいしそうだし、彼が楽しそうだとナジュアムも嬉しい。


「たくさんのひとに、食べてもらえればいいね」

「まあ、でも、それは仕事ですからね。いちばん食べてもらいたいのは、やっぱりナジュアムさんですよ」


 さらっとそんなことを言うので、つい食事の手が止まる。


「……え?」

「えっ、てなんですか」

「いや、また太らせようとしてるのかなと」


 ナジュアムはごまかした。本当はすごくドキドキしている。だけどきっと、オーレンの言葉に深い言葉なんてないのだ。期待なんてするもんか。思いとは裏腹に、視線はオーレンに釘付けだった。

 彼はこっちの気持ちなど知りもしないで、普通の顔でトマトを口に運んでゆっくりと頷いた。


「そうですね。いろいろあったから、またちょっと痩せたでしょう」

「俺はこのくらいで丁度いいと思うんだけど」

「そうですか? じゃあ、俺の作った料理、食べたくないんですか?」

「食べたいに決まってる」


 前のめりにこたえてしまったせいで、オーレンは笑いを堪えて肩を震わせた。

 恥じらいと食欲を天秤にかければ、当然今は熱々のムール貝のほうが大事だ。

 ナジュアムは笑い続けるオーレンからツンと顔を背けて、豊かな海の香りを堪能した。





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