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いつもの会話

 ヤランは取り調べを受けることになった。

 ナジュアムもその場に呼ばれた。


「はい、貴族というのは虚偽です。彼は、間違いなく平民です」

 椅子に縛り付けられたヤランを見おろし、ナジュアムはハッキリと証言した。


 ナジュアムは証拠を集めるとすぐに、孤児院でお世話になったマッローネ家へつなぎを取った。彼の行為は貴族の名誉にかかわることだから、警邏が単なる揉め事として処分しないように、この件を調べてくれるよう口添えをお願いしたのだ。

 おかげで彼の逮捕はスムーズだった。


「ふざけるな! 俺は貴族だ! 破談のことは関係ないんだ! 俺はネーロ家の人間なんだから!」

 ナジュアムは静かに彼に告げる。


「ヤラン、ネーロ家はね、犯罪に手を染めて取りつぶしになったんだ。裁定が決まった時、君はまだギリギリ七歳になっていなかったから、罪には問われなかった」

「嘘だ! 俺の両親は事故で死んだんだ!」


「そういうことにしたんだよ。ほかの子供たちと馴染めるように。院長先生にも確認を取ってきた」

「嘘だ嘘だ! なんでおまえが俺を陥れるようなこというんだよ!」

 すがるような眼をされても、ナジュアムはもう何も感じなかった。


 院長先生も、周りの大人も何度もヤランに言い聞かせた。「あなたはもう、貴族ではないのですよ。私たちと同じ平民なのです」そんなふうに。

 ヤランだってそれを受け入れていたように見えたのに。ひとつも聞いていなかったんだ。彼は自分の信じたい物しか信じなかったんだ。


 ナジュアムが黙り込むと、今度はおもねるような態度をとる。

 今となっては嫌悪感しかわかない、猫なで声で。


「ナジュアム、なあナジュアム。俺とおまえの仲だろう? 怒ってるのか? もう許してくれよ。あんなこともうしないから」

「あんなことってどれのこと? 飲み歩いてあちこちで暴れたこと。俺の家の前で品のないことを大声で叫んだこと。職場に妙な投書をしたこと。それとも人を雇って俺に乱暴しようとしたことかな。それとも……」

「そんなの、些細なことだろ! 俺の味わった苦痛に比べれば! おまえだけは俺の味方だと思っていたのに」


「味方だったよ。だけど、おまえが先に俺の手を離したんだ。出会った時のことから、全部忘れて欲しいと言ったのは、おまえのほうだ」

「誤解だよ、アレはそういうつもりじゃなかった。おまえを守るためだったんだ」

「守る? なにから?」


「決まってるだろ! 貴族からだよ。俺のお手付きだって知られたら、おまえの身が危ないだろ? おまえはその顔だし、他の奴が興味を持ったら困るだろ。俺はさ、爵位を手にして落ち着いたら、おまえを俺の世話係として迎えに来るつもりだったんだ。それなのに、おまえときたら、俺を待たずにあんな男と!」


 もう、ため息も出てこない。ナジュアムの様子を見て、ヤランは慌てたようにさらにべらべらしゃべった。


「いや、そのことはもういいんだ。許すよ。おまえが俺のもとに戻ってくるなら、おまえだって本当は本気じゃないんだろ」

「もうやめろ! あれだけハッキリ言ったのに、まだわからないのか。もう無理なんだ。同情も友情も愛情も、おまえに掛ける情けはもう、一切残ってない。だからこれでさよならだ」


 ナジュアムはヤランに背を向けた。あとはもう、彼がどれだけ喚こうが決して振り向かなかった。


 貴族を騙った罪は重い。ヤランは労役につくことが決まっている。もう二度と会うことも無いだろう。


 疲れたな。

 留置場から出て、ナジュアムはため息をつく。

 遠慮がちに、オーレンが進み出てきた。


「つらくないですか」

「どうかな。むなしいような、全部終わってホッとしたような」

「こっちへ」

 オーレンは、ナジュアムの手を引いて歩き始めた。家の方向とは逆だ。


「オーレン?」

 とまどって呼びかけても、彼は足を止めない。


 留置場のそばにある人気(ひとけ)のない雑木林まで来て、ようやく立ち止まったかと思ったら、オーレンは不意にナジュアムを抱きしめた。

 何事だ。声も出せずにいると、オーレンが囁いた。


「泣くならここでどうぞ」

 彼のほうこそ泣いてしまいそうな声だった。いや、違うか。これは――。

「泣き顔を誰にも見せたくないんで」

 照れてる?


 ナジュアムは吹きだした。

 たしかに、オーレンの顔を見た瞬間は、気が緩んだのかすこし泣きそうだった。

 けれど今は、驚きすぎて涙なんて引っ込んでしまった。不器用というよりは妙な気遣いに笑いがこみ上げる。


「え、な、ナジュアムさん?」

「そういうのは帰ってからにしてよ。こんなとこでで泣いたら、帰りは泣きはらした顔を見られちゃうだろ」

「あ、そうか!」


 本気で考えつかなかったらしい。可愛すぎるだろう。


「俺、ダメだな。こういうとき、なんにもできない」

 オーレンはしょげかえり、ナジュアムから手を離すと、降参するみたいに両手を上げて数歩うしろに下がった。

 ぬくもりが心地よかったから、少し残念だ。


 というか、どこまで下がる気だろう。足元も見えていないようだしそのままだと木の根で躓いてしまいそうだ。そうなる前に彼の手を捕まえた。

 すると先ほどは自分から抱きついてきたくせに、彼は身を固くした。顔も限界まで背けている。

 ナジュアムは彼の手を掴んだまま、再び距離を詰める。


「それ、本気で言ってる? 君がいたから、立ち向かえたってのに。すごく心強かった。危ないときに助けてくれた。つらいときに話を聞いてくれた」


 一歩分の距離を開けて立ち止まり、手の代わりに今度は彼の顔に両手を伸ばし、こちらを向かせる。

 キスしたいなと思うけれど、逃げられてしまいそうだから代わりに微笑む。


「なにより――、毎日ご飯が美味しくて元気が出た」

「それ、いちばん嬉しいです」


 彼は、泣き笑いみたいな顔をして、ナジュアムの両手を握りこむ。

 色男が台無しになるような情けない顔だったのに、やたらと胸が高鳴った。

 本当に、嬉しそうだったから。


「……帰ろうか」


 今日は休みを取ってある。明日は市役所も休みだし、久々にゆっくりするつもりだ。

「はい! 何が食べたいですか? 俺、作ります」

 ナジュアムが歩き出すと、オーレンも横並びでついてくる。


「それは嬉しいけど、仕事は?」

「それが、その……」

 彼が急に言葉を濁すので、ナジュアムはギョッとして彼を振り仰いだ。

「クビになった!? やっぱり、ちょいちょい抜け出してくるから!」


「いや、そうじゃないんですよ! ほら、俺、もともと代理で入ったわけじゃないですか。怪我をした人が復帰することになったんです。だから」

「え、じゃあまた無職なの?」

「う、まあ……。あ、でももうやりたいことは考えてて」

「ふうん」

「本当なんですって!」


 疑わしいが、たとえナジュアムのせいでクビになったのだとしても、彼は頑として認めないのだろう。

 だったら、これ以上つつくのは止めてしまおう。


「それで、何を食べさせてくれるの?」

 オーレンの顔が、わかりやすく輝いた。

「何が食べたいですか?」


 いつもの会話が嬉しかった。





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