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魔法屋の少年

 そうはいっても、心のどこかで思っていた。時間が経てば、ヤランはまたいつものように帰ってくるのではないかと。


 だからナジュアムは部屋を片付け、料理を多めに作って待っていた。来なければ、明日の朝に食べればいいし、彼が使っていた部屋の掃除も、どうせついでだ。


 けれどひと月が過ぎてもヤランはやってこなかった。

 さらに一週間、二週間と待って、ふた月が過ぎ、もう彼は来ないのだと実感したとき、食べることからおろそかになった。


 自分だけのための料理はどうにも面倒で、ありもので済ませたり、なければ食べないなんてこともあった。

 職場にパン屋もくるから、休みの日以外はなんとかなってしまった、というのも大きい。

 

 仕事だけは手を抜かなかった。そんなことができる立場ではない。

 孤児院出身のナジュアムが市役所の職員として採用されたのは、努力の成果でもあるが、いろんな人の厚意があったからだ。


 それに、ナジュアムが悪評を立てれば後続のチャンスを奪うことになる。

 孤児院育ちでもまともな職に就けるのだと、チビたちに示し続けなければならない。


 職場で気を張っている分、家に帰ると疲れがどっと出た。そうなると余計、食事の支度など面倒でたまらない。

 休日も、どこかへ出かけようという気にもなれず、ただひたすら体を休めている。


 寝室で本を読んでいたナジュアムは、喉の渇きを覚えてキッチンに立ったところで気が付いた。

「あ、魔石……」


 行かなきゃいけないとわかっていたのに、後回しにしていたつけが回ったようだ。灯りも火もつかなくなっている。

 もうすぐ陽が落ちる。さすがに今日行かなくては困ったことになる。


 ナジュアムの暮らすこの家は寝室と客間、ダイニング、キッチン、バスルームがあり、キッチンの奥は食糧庫へ続いている。


 それぞれの部屋には、灯りや火や水回りなんかを制御する回路があり、魔石によって動いている。


 ナジュアムは寝室から魔石専用のカバンを取ってくると、各部屋を回って壁に取り付けられた魔石を外して回った。


 このカバンかなり古いし重いのだが専用というだけあって、魔石を保護するくぼみがついていて、水回りと書かれた場所には水回り用の魔石がピタリとハマる。

 おかげで戻すときもどれがどれやらと探す手間が省けるし、鍵もかけられる優れものだ。


 家を買い取った時に家具や様々な魔法道具と一緒についてきたものだ。ありがたく使わせてもらっている。


 最後に客間へ向かう。ナジュアムはドアノブに手を伸ばしかけ、結局、触れることなくこぶしを握って目をそらした。


 あいつが使ってた部屋は、どうせそんなに減っていないだろうし、真っ暗になったって構うもんか。


 出かける前に、玄関先に予備のランプを吊り下げて、ナジュアムは石造りの三角屋根の我が家を見上げた。

 この辺りは小ぢんまりした一軒家がぽつぽつ立ち並んでいるのだが、この家は特に小さな作りだ。


 それでも裏手には小さな庭もあるし、立派な食糧庫がついている。ナジュアム一人が暮らすには広すぎるくらいだった。


 ため息一つで感傷を振り払い、ナジュアムは魔法屋へ向かった。




 ナジュアムが懇意にしている店は繁華街のほど近くにある。

 大通りから一本それて裏道を進むと、淡い光を放つアーチ形の扉が見えてくる。

 扉には色とりどりの魔石が取り付けられていて、それらがうっすらと発光しているのだ。

 

「こんばんは」


 声をかけて中を覗き込むと、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。

 店の奥の工房で魔法道具を作る際に焚く香木の香りなのだそうだ。これを嗅ぐと魔法屋に来たのだと実感する。


 奥は作り付けの棚になっており、天井近くまでぎっしりと怪しげな品物が並んでいる。床に置かれた木箱からは細長いものが飛び出し、天井からもなにやらぶらさがっている。

 使い方を説明してもらわなければ、何に使うのかよくわからない物がここにはたくさんあるのだ。


 チェストに並べられたこまごました代物を、カバンにひっかけて落とさないようにナジュアムは慎重に足を進めた。


 カウンターに頬杖をつき、店番をしていた少年が、ナジュアムに気付いて八重歯をさらしてニカッと笑った。


「ナジュアムじゃん、なんか久しぶりじゃねえ?」

「うん、うっかりしてて。魔力切れしちゃったんだけど見てくれる」

「えー、マジか。枯渇する前に来いよな」


 青い髪を後頭部のなかほどでまとめた彼が、本当に少年なのかは実のところわからない。紅色の瞳と、先の尖った耳は魔人の特徴だ。彼らは人より成長が遅いらしいのだ。

 彼は、ナジュアムの持ち込んだ魔石を見るなり顔をしかめた。


「ほんっとにすっからかんじゃん。下手すりゃ買い替えだぞ」

「なんとかならない?」

「やってみるけどよぉ。……あれ、一個たんなくねえ?」


 そう言ってカバンのくぼみを指さすので、ナジュアムはギクッと目をそらした。


「いや、それはいいんだ」

「ふうん、もしかして別れた?」

「なっ!」


 なんでわかると言いかけて、ナジュアムはぐっとこらえた。


「え、マジか」

 ロカは目をキラッとさせて続きを聞きたがったが、ナジュアムとしては触れられたくないことだ。苦し紛れに話をそらした。


「それよりさ、ロカ。魔力を込めるとこ見ててもいい?」


 あまりに露骨だったせいか、彼は何度もまばたきした。ものすごく何か言いたそうな顔をするので、重ねて頼み込む。


「お願い! あれ見ると、元気が出るからさ」

「仕方ねえな、特別だぞ」


 眉を潜めてはいたが、声に怒りはこもっていない。ホッとして、ナジュアムは彼についていく。

 

 カウンターの奥は工房になっている。ナジュアムはロカの祖父に挨拶をした。ここはこの二人で切り盛りしている。


 ロカは靴脱ぎでサンダルを脱ぎ捨てた。ナジュアムもそれにならって靴を脱ぐ。

 はだしの足が向かう先に、幾重もの布で仕切られた一角があり、彼はナジュアムを中に招いた。


 まず目に入ったのは、部屋の半分を占めるハンモックだ。床には本とクッションが積み重なっていて、飾り棚には木彫りのカエルや、変な音のする笛など彼のお気に入りが並んでいる。

 ここは、ロカの部屋なのだ。


 ロカはナジュアムにクッションをひとつ投げてよこして、自分はそのままどっかりと床に座り込んだ。

 彼は、ナジュアムが部屋の端に座るのを見届けると、さっそく作業を始めた。


 カバンの中から魔石をひとつ手に取り、ふうと息を吹きかける。

 すると冷たい灰色になっていた魔石が、端の方から青く燃え立つように変化していく。


 何度か慎重に息を吹きかけるうち、魔石が蘇り自ら光を放つようになる。

 ロカは魔石を持ち換え、また息を吹きかける。

 そうしてひとつ、またひとつ魔石が本来の色を取り戻していく。


 ナジュアムはその様子をうっとりと眺めた。

 ヤランは魔人の力を借りたくないなどと言っていたが、ナジュアムはむしろ彼らの魔法が好きだった。

 嫌なことを全部忘れさせてくれるような、美しい光景だ。


 見とれていたのがバレたのか、最後の石を手に取ったロカは、ナジュアムにニヤリと笑みを送ってきた。


 しっかり見ておけ、と言わんばかりだ。

 言われなくても目を離すことなんてできない。魔石は、ロカの口づけを喜ぶようにひときわ艶やかに輝いた。





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