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もう何を言われても

 次の日の朝になっても、オーレンはまだ警戒を解かなかった。


「職場まで送ります」

「そこまでしてもらわなくても大丈夫だって。あれだけ飲んでたんだし、今頃二日酔いで苦しんでいるよ。でも、心配してくれてありがとう」


 不服そうなオーレンをなんとか説得して、朝は一人で出かけた。帰り道はさすがに警戒したが、ヤランと遭遇することはなかった。

 彼は相当酔っていたから、ナジュアムを見てつい怒りを爆発させてしまったのだ。そう思いたかった。

 だから三日後、ヤランが家の前をウロウロしているのを見て、がっかりしてしまった。これ以上失望させないで欲しい。

 

 ナジュアムはため息をこらえ冷静に考えた。ヤランは気の長い方じゃない、どこかで時間をつぶしてこよう。そうすれば戻ってきたころにはいなくなっている。

 ところが面倒なことに、こういうときばかり目ざとく見つけてくるのだった。


「ナジュアム! ああ、よかった会えた。このあいだは悪かったよ」

 幸い、今日は酔っぱらってはいないようだ。むしろ機嫌はいいようで、猫なで声でやたらと優しくしてくるときの彼だ。

 俺が悪かった、もうしない。何度同じ言葉を聞いただろうか。


 とにかく、家のそばで騒がれるのも面倒だ。ナジュアムは声をかけられても無視してその場を離れようとした。

「なんだよ、まだ怒ってるのか? なあ、中に入れてくれよ」

 肩に触れられ、嫌悪感からつい声が出た。


「もう俺に関わらないってヤランが言ったんだろ! どの面下げて来たんだよ。あんな金まで渡しておいて!」

「あんな金ってなんだよ。アレはおまえを守るために!」

「守る?」


 何をおかしなことを言ってるんだ。

 いや、聞いちゃダメだ。どうせ自分に都合のいいことしか言わないんだ、ヤランは。

 縋りつかれても、泣き落とされても、もう丸め込まれるわけにはいかない。


「帰ってくれ」

「おまえの心変わりはあの男のせいか。いつから、あいつと通じていたんだ! ずっと俺のこと、裏切っていたのか!」


 ヤランの目つきが怪しくなる。そうだと言ってやりたいが、ヤランの怒りの矛先をオーレンに向けるわけにはいかない。

 オーレンを守らなければと思えば勇気が出た。

「ヤラン、それは違う」

「何が違うって言うんだ! おまえが、おまえが悪いんだろ!」


 聞く耳なんて、持ってもらえないか。

 子供のころから彼と一緒にすごし、一時期は疎遠となってしまったけど、体の関係を持つようになった。それからは、この人のために過ごした。


 いつ来るかわからないから、いつでも部屋を綺麗に保ち、彼のために料理を作って待っていた。来ない日のほうが多くて、ため息をつきながら残りものを食べるような日々だった。ナジュアムがなにもできずにいた日は、準備の足りないナジュアムを詰った。「俺を愛していないんだろう」とか「他に男ができたのか」などと理不尽なことを言われても耐えてきた。


 本当に何をやっていたんだろう……。


「帰ってくれヤラン、もうおまえと話すことはない」

「てめえっ!」


 ヤランが腕を振り上げた。ナジュアムは固く目をつぶる。だが、「ぎゃっ!」と上がった悲鳴はヤランのものだった。

 そろりと目を開ければ、いつの間にやって来たのかオーレンがヤランの腕を掴み上げていた。

「いったい、何をしているんです。今、殴ろうとしたんですか?」


「オーレン! 仕事は?」

「気にするのそこですか!」

「だって」

「話をする前に、コレを片付けてきていいですか?」


 ヤランをコレ扱いして、オーレンは笑みを浮かべるが、目が笑っていないように思う。


「放せっ!」

 ヤランは暴れて、オーレンの腕を振りほどいた。そしてオーレンを無視し、ナジュアムに訴えかける。

「俺はさ、おまえが困らないようにあの金を渡したんだぞ。それなのに、ああ! まったく無駄だったよ! おまえはその顔で何人も誑かしていたんだからな! おまえには必要ないものだったんだな、いっそ全部返してくれよ!」


「それは無理ですね。この人はあんな汚いお金、とっくに全部捨てちゃったんです。で、そのお金は俺が拾いました。だから、どうしてもって言うなら俺が支払いますよ。それで恥ずかしくないんなら」

「あ? なんだって?」


 ヤランもさすがに無視できず、オーレンに対しすごんでみせた。

 オーレンは少しも怯まなかった。


「そもそも手切れ金を渡した時点てあなたとは終わってるんだから、新しい恋人を作ったところであなたには関係ないじゃないですか。本当に想像の三倍どうしようもない人だな」


「オーレン、ちょっと!」

 怒ってくれるのは嬉しい。だが、このままではオーレンが危ない。止めようと腕を引っぱるナジュアムに対し、オーレンは任せろとばかりに頷いた。伝わってない。


「お、俺は貴族だぞ! そんな態度取りやがって、た、ただで済むと思ってんのか」

「あなたが誰だろうが関係ない。ナジュアムさんを困らせるなら容赦はしませんよ。だいたい、あなた妻帯者なんですよね。奥様になんていうつもりですか。昔の浮気相手に復縁を迫ったうえ、金をせびりに行ってきたって? そのうえ返り討ちにされたって誰に言えるんです?」


 オーレンは、ナジュアムが思っていた以上に口が立つ。ナジュアムは口をパクパクさせるだけで彼を止められなかった。

 とうとう、ヤランが怒りを抑えきれずに腕を振り上げる。

「てめえ! 許さねえぞ!」


 バシッと激しい音を立て、ヤランの拳はオーレンの頬に当たる。オーレンは顔色ひとつ変えなかったのだが、ナジュアムはそれでもショックを受けた。


「なんてことするんだ!」

 夢中でオーレンをかばう位置に立ち、ヤランに言い放った。


「もう帰れ! 顔も見たくない!」

 はじめて、彼に声を上げた。なんなら、オーレンの代わりに殴り返してやるつもりだった。

 怒りは脳天まで達していて、後先を考える余裕なんてなかった。


「おまえなんて大嫌いだ!」

 ナジュアムが声を張り上げると、ヤランは、ひるんだ様子で視線を下げた。






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