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勘違いさせないで

 オーレンはその日、休みということで早起きしてくれた。


「久しぶりに一緒に食べられますね。といっても大したものはできませんが」

「ううん、充分だよ。一緒に食べられるだけで嬉しい」


 食卓に並んでいたのは、リコッタチーズを生地に加えたパンケーキでアプリコットのジャムが添えられている。スープはミネストローネ、前菜はルッコラとベーコンをサッと炒めたもの。卵はシンプルに目玉焼き。


 手の込んだ料理ではないが、ナジュアムにとっては充分なごちそうだし、オーレンがいると言うだけで嬉しいのも本当だ。

 顔がにやけていないか心配なくらいだった。

 

 パンケーキを一口大に切って、ジャムをつけて口に含んだ瞬間、ナジュアムの口元がふにゃりと緩んだ。いけない、引き締めなくてはと思いながらふっと視線を上げると、オーレンが優しく微笑んでこちらを見ている。


「俺も、嬉しいです」

 ナジュアムはせき込みそうになった。

 前からすっと飲み物を差し出されて、なんとか飲み込む。


「大丈夫ですか」


 なんてオーレンは目を丸くしているが、君のせいだと言ってやりたい。

 この人たらしめ。そういう顔は恋人の前でしろ。どこまで勘違いさせる気だ。

 頭の中で精一杯憎まれ口を叩いてなんとか気を静める。胸の苦しさは、パンケーキがのどに詰まったせいだと思い込むことにした。


 仕事中は気持ちを切り替える。

 顔になど一切出さず、淡々とこなす。


 そうしていたつもりだったのだが、うしろの方で先輩と下働きの子が「デートだな」「デートですね」なんて二人でこそこそ言っていたから、自信がなくなった。そんなに緩みきった顔をしているのだろうか。頬をつねっていたら上司に目撃されて、遠慮がちに笑われてしまうし、踏んだり蹴ったりだった。


 オーレンのバカ野郎。

 脳内でどれほど罵ろうとも、彼が道の端でゆったりと佇んでいる姿を見つけたとたん駆け寄って抱きつきたくなった。

 もちろんそんなものは妄想で済ませてナジュアムはむしろ、彼に気づいていないフリで歩き続ける。なんとなく、オーレンにまで笑われている気がするのはさすがに自意識過剰だろう。


 このまま通り過ぎてしまおうか。ほんのいたずら心で、オーレンの前をスタスタ通り過ぎみた。だが、呼びかけがない。

 まさか気づかなかった?

 五歩目で不安になり、十歩目でとうとう足を止め、ナジュアムはくるりとふり返る。

 オーレンはナジュアムと目を合わせたとたん、顔を覆って腹を抱えぷるぷる震え始めた。


 こんなやつは置いていこう。

 ギュッと口元をひん曲げて、ナジュアムは彼に背を向けスタスタ歩き始める。


「ナジュアムさん! 待って!」

 今更追いかけてきても、溜飲は下がらなくてナジュアムは返事をしなかった。

「ナジュアムさん」

 まだ声に笑いの余韻を残しながら、オーレンが隣に並ぶ。怒るでもなく慌てるでもなくどこか甘さを感じる声で呼ぶから、性質が悪い。


「すみません、別に意地悪したわけじゃないんですよ。ただ、一緒にいるところを、見られたくない人でもいるのかなって」


 そう言われて、ナジュアムはパッと顔をあげた。

 なるほど、気遣いだったのか。それは子供っぽく拗ねたりして申し訳なかった。

 謝ろうと口を開きかけたそのとき、オーレンは小さく吹きだした。


「それに、ナジュアムさんがあんまり可愛いらしいから……」

「は? 可愛い? 俺は、君より年上だぞ!」

「知ってます。けど、俺もナジュアムさんに会うまで知らなかったんですけど……。そういうのあんまり関係ないみたいです」


 オーレンは眉を下げて笑う。

 笑われているはずなのに、不快に思うどころか心臓が高鳴ったのは、彼の笑顔が好意の塊に思えたからだ。容姿を褒められることなら慣れきっている。けれど彼のこれは、もっと深いところから、ナジュアムそのものを認めてくれるようで――。


 本当にたちが悪い!

 見た目が好みというだけなら、いい思い出にして時々取り出して眺めるくらいで済むだろう。ああ、いい男だったな。手放してもったいないことをしたな、なんて。

 それをこの男は、もっと深いところまでずかずか入り込んでこようとする。

 好きになっちゃダメだ。絶対にダメだ。これ以上は。


 いつのまにか止めてしまっていた足を進め、ナジュアムは魔法屋へ急いだ。

 全力で歩いたし、なんなら途中から走ってしまったというのに、オーレンはやすやすとついてきた。魔法屋の扉に手をかけたときには、ナジュアムだけが息切れしていた。ものすごく悔しかった。


 息を整えてから魔法屋に足を踏み入れると、ロカはすぐに気付いた。

「あ、ナジュアム!」


 片手をあげて、嬉しそうな顔が一転する。後ろに立つオーレンを見て、苦いものでも食べたみたいにギュッと口元を歪ませる。

 接客中、ロカは呼ばれない限りカウンターの席から離れないのだが、そのときはすぐに立ち上がりずかずかとオーレンの前に立った。そして彼のことを上から下まで眺めまわす。


「ふうん、コイツが例の?」

「魔法屋ってこの子ですか?」

 オーレンはオーレンで、ロカに負けないくらい失礼な態度をとるから驚いた。

 口を挟む隙はなかった。ロカは腕を組み、オーレンを睨みつけた。


「困るんだよね、素人が勝手に魔法を込めちゃうと、下手すりゃ魔石が壊れるよ」

「そのくらいの加減はできますが?」

 オーレンは相手をバカにする感じの笑顔を浮かべた。そんな顔もできるのかと感心している場合ではない。ここで揉められるのは困る。ナジュアムは幼い子らに言い聞かせるような感じで仲裁に入った。


「こら、オーレン! ごめんねロカ。いつもはいい子なんだけど」

「いい子!? 俺、子ども扱いされてたんですか!?」

 オーレンの悲鳴じみた声を聞き、ロカがハハッとあざけったところで、奥からロカの祖父である店主が出てきた。


「おまえがやったってそう変わらん」

 ロカの頭をペシッと叩き、流れでナジュアムに謝罪をした。

「このあいだはすまんな、コイツが押しかけたみたいで」

「あ、いいえ。忘れてたのは本当ですし、むしろ助かりました」


 いがみ合っていたロカとオーレンはお互いそっぽを向いている。まるで子供のケンカだ。

 彼らのことはひとまず放置して、ナジュアムは店主に一声かけておく。

「中をすこし見せてもらっていいですか」

「ああ、どうぞごゆっくり」


 店主が中に引っ込むとロカとオーレンは無言のにらみ合いを再開する。二人とも猿みたいな顔になってるぞ。

 ナジュアムは軽く肩をすくめ、宣言通り魔法道具を見せてもらうことにした。

 魔法代が浮いた分、何かキッチンで使える道具でも買おうかと思ったのだ。

 オーレンが喜びそうな。


 その途中ふっとあるものに気を取られた。

 ランプのように見えるが、青く塗られた球形で、小さな穴が無数に開いている。

 なんとなく惹きつけられて手を伸ばす。





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