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冷たくて暗い、石の部屋で、ろうそくの薄明りで入学試験の冊子を照らしながら少女は一人で作業をしていた。
両サイドにまとめた灰色の髪を揺らしながら、床に召喚陣を描いていた。
なぜこのようなことをしているのか。
単純に入学試験の内容に「召喚術」が含まれていたからだ。
試験内容は指定された魔法陣で召喚したものの性能で、入学可否が決まる。
人型や神獣のような姿をしていれば、確実に入学できる。
床にかいている魔法陣にもいっそう力がこもった。
少女の一族、特に女は魔族に狙われやすいため、入学して魔族と戦える力を得るために、
なんとしても入学したかった。
それに召喚術なら自分以外に戦える手下がふえるからよいとも思った。
こんな逃げ回る生活から一日でも脱却したい。
逃げ回る生活のおかげで、父や母とはぐれて数年たっていた。
もし、力がついたなら。
もし、彼らが生きていたら。
探すことだってできるかもしれない。
瞼を閉じて、学校に入学する想像する。
暖かい部屋で、暖かいご飯を、ゆっくり食べることができる生活。
召喚術を極め、冒険者ギルドに登録し、依頼をバンバンこなして、稼げるようになった自分。
人に依存せず、自分で暮らしの基盤をつくり、誰にもおびやかされない生活。
それは少女にとって夢のような生活だ。
入学試験の中に書かれた冊子の魔法陣は完成した。
少女はゆっくりと冊子に書かれた呪文を唱えた。
パン!
小気味のいい音と、白い煙があたりを覆った。
白い煙の中からは、ゆらりと人影が見えた。
「もしかして人型?ついてるわ!」
少女は喜びを隠しきれない声を出した。
「人型?よくわからないが、召喚されたのは確かだな」
青年の落ち着いた声が聞こえた。
「あなたは私に召喚されたの。最初の召喚した私の僕になるわね。」
「断る。俺にはやりたいことがある。人につかえるなんてめんどうだな。」
「断ってくれてもいいけど、その場合、この世界にいられるのは私が術を解除するまでの間よ。私はそんなに魔力が多いわけじゃないから、あっという間に元の場所へ帰ることになるわよ。」
元の場所に帰る、の部分で青年の眉毛がピクリと動いた。
都合が悪いらしい。
少女は続けた。
「私と契約をすれば、私があなたの力を借りる代わりに、私ができる範囲であなたの願いをかなえてあげる。」
願い、の部分でまたもや青年の眉毛が動いた。
「願いはある。妻に会いたい。たぶん召喚されているはずだ。」
「あなたの奥様に会いたい?まぁ、いいわ。協力はする。」
もっとめんどうなことを言われるのではないか、なんて、少女は心配していたが、そんなのはいらないようだ。
「正しくは元、だな。元妻だ。」
入学試験の冊子に書いてある内容を読みながら、召喚術で召喚した者との契約方法を確認していると、
青年から「まだか。」と催促が来た。
「しょうがないじゃない。はじめてなんだから。」
「名前は”ランスロット”だ」
「へ?」
文句がくるのかと思いきや、どうやら青年の名前らしいのが返ってきた。
召喚した術者には、召喚した者の名前は、対象物の前に浮かんだり、耳元で名前がささやかれるらしいのだが、少女は前者だった。
青年の名前に間違いはなかった。
「私はベルよ。よろしくね。」
少女=ベルは、青年=ランスロットに握手をするつもりで手を差し出す。
ランスロットは差し出された手を握り返した。
「よろしく頼む。」