9 再会した彼は塩対応だった
始めて訪問したアルシオン公爵家は、王城から少し離れた場所ながらも、周囲をそれなりの広さの庭に囲まれた邸宅だ。
丘陵地の上に広がる館に始めて足を踏み入れたリシーラは、走ってもなかなか端につかない庭を見た時、それだけでアルシオン公爵家の裕福さと権力の大きさを感じた。
さすが、お家騒動があったらしいものの、潰れることもなく存続し続けられただけはある。
「会場はこちらになります」
公爵家のメイドに案内され、リシーラは会場である庭へ。
薔薇の生垣に囲まれた場所にテーブルと椅子が置かれている。
そこには、すでに到着していた女性達が沢山座っていた。ぱっと見た感じで四十人近くいるようだ。
リシーラは彼女達に会釈しつつ、屋敷から一番遠い端の席に決める。
たとえ会場の中心に主賓が立ったとしても、目立たない場所だ。
参加者に本気で公爵夫人の地位を狙っている人がいるかもしれないので、リシーラは全力で譲っていくつもりだ。
それからばらばらとやってくる女性達も、その事情は様々だったようだ。
リシーラのように最初から端を選ぶ人。
屋敷からやってくるだろう公子に、最初に目を止めてもらえる席を占めたのは、ややきつめの顔立ちをした黒髪の女性だ。
波打つ髪に、金粉をまぶしてきらきらとさせている。
ドレスは周囲の薔薇に負けない華やかな濃いピンク色で、レースをふんだんに使っていてお金をかけているのがすぐわかる。
「あの方、公爵家の分家の伯爵令嬢ですわ。公子のお父上がお亡くなりになった件に、自分の父親が関係しているらしいという噂がありますのよ」
同じ端の席を占めている令嬢達がこそこそとそんな話をしている。
「それでは、公子に絶対選ばれないのでは?」
「幼馴染だそうですのよ。だから公子も、そっけないながらも手ひどい対応はしていらっしゃらなかったようですけど……」
「けど?」
「国境の、いわゆる『一か月戦争』がありましたでしょう?」
リシーラが巻き込まれた国境の戦いは、そんな風に呼称されていた。
国境での戦いから、セレンディア王国の軍が撃退して敵を追い出すまでの間が約一か月だったことで、そう名付けられている。
「あちらに公子も参加されていたらしくて。お帰りになってからは、パトリア嬢を完全に無視しているようですの。だけど公子と一番親しいのは自分だと言う意地があるパトリア嬢は、それを認めたくないようだと、別のお茶会で聞きましたわ」
「……では、ご本人が公子への恋心からお茶会へ参加を決められたのかしら?」
「そう考えるといじらしいですけれどね」
答えた令嬢の語尾に、含むところがあるのは当然だろう。
パトリアがたとえ純粋な恋心から行動したとしても、彼女を選べば実父の仇が義父になるのだ。
(人生は、ままならないものね)
そんなことを考えているうちに、出席者が全員揃った。
すると屋敷へと続く道に、主催である公爵夫人らしき人が現れた。
白金の髪をきっちり結い上げている、四十代の夫人だ。
背筋がぴんと伸びていて、顔立ちは美しいが、見る者の姿勢を正させるような強さを感じさせる金緑の瞳が特徴的だ。
淡いブラウンの、年齢よりもやや渋いドレスの夫人は、二人の青年を引き連れている。
どちらかが公子なのだろうけど、赤髪の青年は違うはず。
赤髪の青年は、公爵家の私兵に似た緑の上着を着ていたからだ。さらにマントと記章を身に着けているので、おそらく公爵家の騎士で間違いないだろう。
白金の髪の人物が公爵夫人の血縁だ。
しかし白金の髪の青年の顔を見て、リシーラは目を丸くした。
叫ばなかった自分をほめてやりたい。
(え、あの、レジェス様……!?)
すごく珍しい名前ではないので、似ているのだと思っていた。
たしかにレジェスの経歴は、あの地下で聞いていた話と合っている。
貴族出身の騎士だけど、親族の援助は得られない立場だということだったから、リシーラは勝手に分家の三男坊とかだと思ってたのだけど。
(まさか公子だなんて思うわけないじゃない!)
後を継げない貴族の子弟など掃いて捨てるほどいるのに、まさか公爵家の公子とは思わなかったのだ。
驚きつつも、リシーラは彼から視線をそらせない。
怪我は良くなったのだろう。歩く姿勢にもぐらつきはなかった。
顔色もいい。
衣服は公子らしい、藍色に繊細な模様が入った裾長の上着を着ている。
やがて公爵夫人が挨拶を始めた。
「皆様、今日はお集りいただきありがとうございます。アルシオン公爵の妻、タレイアでございます」
自己紹介をした公爵夫人は、一歩後ろにいる青年を紹介した。
「我が甥であるレジェスにふさわしい花嫁を選ばせていただきたく、皆様をご招待させていただきました。もちろん、皆様の方もこれから長い時間を共に歩む相手として、甥のことを見定めていただければと思っております」
あら、とリシーラは意外に思う。
アルシオン公爵家は、王女との結婚だって望めるほどの家だ。
その夫人が、家格としては下となる貴族令嬢達の方も、レジェスを品定めして無理だと思ったら辞退して良いと言ったような発言だった。
にぎやかしのつもりで来た令嬢もいるだろうから……という配慮だろうか?
でもその答えは、すぐにわかった。
「あなたもご挨拶を」
公爵夫人にうながされたレジェスは、むすっとした表情でうなずいた。
「面倒ごとを引き受けてくれて感謝する。だが私は結婚にそれほど向いている人間ではないと思うので」
無味乾燥な口調。
やりたくなさがあふれている内容。
不本意さを隠しもしない表情に、令嬢達の誰もが唖然としている。
(……初対面でこれは、びっくりするわよね)
一方のリシーラは、困惑していた。
(彼が結婚したら、口約束の縁も切れると思ったのに)
どうやら彼は結婚の意欲がないらしい。
それならどうして、あの時リシーラに求婚などしたのか。
(まさかとは思うけど、恩義を感じて求婚したのに、道端に捨てられて……。そのショックで結婚そのものが嫌になったとか?)
これはマズイ。
リシーラにとっても良くない。
(なんとか、誰かとくっつけたいわ)
 




