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7 置き去りにされた彼は

「レジェス! お前なのか!?」


 軍の医療用天幕に回収されたレジェスに、駆け寄って来る人影。

 姿はおぼろげだけれど、体格と、ランプの明かりに照らされた赤い髪はレジェスにも確認できた。

 そしてなじみのある声。


「ケインか」


「ケインか、じゃねーよ! ほんとにほんとに心配したってのに! ってか、よく無事だったな!?」


 そう言ってケインは、軍の医療用天幕にある寝台に横たわったレジェスの様子を見回す。

 怪我をしている様子はあっても、元気そうだと見るとほっとしたように息をついていた。


 騒がしくしているものの、この小さな天幕にはレジェスしかいないのが幸いだ。

 すでに敵軍との交戦から時間が経っていたこともあり、療養が必要な者は後方の安全な町へ送られていたのだろう。

 それに、ケインが驚くのも無理はない。


(全滅したと聞いただろうからな)


 事実、レジェス以外は皆死んでしまった。

 自分が生きていたのは、ただ幸運だっただけなのだ。


(彼女に会わなければ……)


 おぼろげな輪郭と声、髪色。そして「リー」という名前。

 他には、優しい手と柔らかな香り、そして細い体と華奢な肩だ。


 レジェスが知る彼女の全てはこれだけ。

 完全に治るまで世話になろうと思ったわけではない。

 ただ、きちんと別れが言えると信じていた。


(一時的な別れだ。軍へ戻って、自分が生きていることを証明し……。そして彼女を迎える準備さえできれば良かったんだ。ほんの三日か四日。それで十分だったのに)


 彼女はレジェスを軍の近くに運び、自分は立ち去ってしまった。

 はっきりと周囲の物が見えなかった自分では、今までいた場所に帰るのは難しい。


(せめて、名前をちゃんと聞いておけばよかったか)


 彼女の『リー』という名前が偽りの物だとは、気づいていた。

 だけど嫌われたくなかったから、黙っていたのだ。

 結婚する前には、明かしてくれるだろうとのん気に考えていたから。


 とにかく今のままでは、彼女を探すこともできない。


「ケイン。実は助けてくれた人がいた」


「そうなのか……。その人は?」


「怪我が治り始めていたのと、敵軍がいなくなったからと戻るように言われて、近くまで連れて来られたんだ」


「親切な人だな」


「ああ、ずっと看病し続けてくれたから……」


 ケインはなるほどと納得したようだ。


「ただ目が見えにくくなっていたから、はっきりと顔を覚えていなくて」


「そんなに目が悪いのか? 騎士を続けるのが難しそうだな」


 ケインは不安そうになる。

 レジェスと庇い合う部分があったからこそ、失うのが怖いのだろう。


「大丈夫だ。怪我をした直後はほとんど見えなかったが、回復してきている。そのうち元には戻ると思うが」


「そうなのか?」


「さっき、軍付きの医者にもそう言われた」


 ほっとしたように、ケインが肩から力を抜いた。


「それなら大丈夫か」


 ケインはそのまま、レジェスがいなかった間のことを話してくれる。

 軍の状況は、レジェスが想定した通りになっているようだ。


 敵軍が攻め込んだものの、それは外交交渉のためだったのだろうこと。

 一部の軍が暴走したと、今は言っているらしい。

 だが実際に狙ったのは、レジェスのいた砦にいた第一王子だろうこと。


 第一王子はかなりの負傷をし、それによって敵軍は引いたとみている人間はいくらかいるようだ。


 一方のレジェス達だ。

 町の奪還のために派遣されたものの、敵軍に比べてかなりの少数だった。

 捨て石として使う気満々の人数について、ケイン達他の者はみんな不審に思ったらしい。


(それなら、私を殺そうとした動きによるものだったんだろうな)


 第一王子の側にいた者の中に、レジェスの家に関わる者……できれば、レジェスに家を継いでほしくない者から利益を受けていた人間がいたんだろう。

 捨て石にするにしても、わざわざレジェスを含む砦の防衛を担う隊を混ぜて出発させる必要はなかったはずだからだ。


 結果として、防衛が薄くなったせいで砦に侵入されかけ、打って出た第一王子が負傷することになったのだ。

 しかしレジェスが懸念しているのはそこではない。


「このままでは安全に過ごさせてやれない……」


 結婚するのがレジェスの最重要事項なのだ。

 自分が心惹かれたからだけではない。

 おそらくはあまり良い扱いをされてなかったのだろう『リー』という偽名を使う彼女を守りたいと思ったから。


 彼女は、平民らしい名を名乗りながらも、言葉遣いなどがやはり平民とは違った。

 手が荒れているだけの、貴族のような感じだった。


 となれば、爵位だけを保っている弱小貴族の娘なのかと考えたが、それも違う。

 父親は、母親はどうしたのか。

 レジェスよりも年下らしい彼女が、一言だって両親について口にしなかった。

 そして悲しむ様子もない。


 戦乱で親を亡くし、友達と地下で息をひそめていたのだとしたら、それはおかしな行動だった。

 普通だったら、寂しさや心細さに、嘆かずにはいられないだろう。

 気を強く持っている人物であっても、不安のかけらぐらいは口をついて出て来る。

 それがないなら……おそらくは両親は頼れる相手ではなかったのだ。


 不遇の立場に置かれているのに違いない、とレジェスは推測していた。


「安全? なんのことだ? もしかして実家のか?」


 ケインの尋ねる言葉に、レジェスはうなずく。


「保護したい人がいる」


「もしかして、お前を匿ってくれた相手か?」


 さすがケインは察しがいい。

 うなずくと、ケインが笑う。


「珍しいな、そこまでお前が入れ込むのは。女の子か?」


 そう言ったところで、ケインがふっと真顔になる。

 黙って腰の剣を抜き、近くにあった剣をレジェスに差し出す。

 受け取ったレジェスは、鞘から刃を抜きながら立ち上がった。


「何人だ?」


「おそらく四人」


「上等だ」


 レジェスは迎え撃つことにする。

 輪郭さえ見えれば、相手をすることは可能だ。

 それにここで襲撃してくるのだから、相手はレジェスを殺したい実家の親族関係者だろう。もしくはそこから依頼された者。

 レジェスは彼女を連れて来なかったことに安心しつつ決意する。


「まずは家の掃除をしなくてはならないようだ」


 少しでも身ぎれいにした上で、彼女を迎えたい。


 その第一歩として、レジェスはその襲撃者を撃退した。

 さらには襲撃者を尋問して元を吐かせ、それを軍内での問題に仕立て上げる。

 そのやり方にケインが横で怯えていたようだが、無視だ。


 次に、尋問結果とレジェスの推測を襲撃者が言ったことにした上で、つながっているだろう依頼元を暴き、自分を狙う親族の周辺まで手を伸ばした。


 これに先立ち、信頼できる叔母が強引に家の家長となっていてくれたのは幸運だった。

 レジェスが行方不明になる直前のことだったので知らなかったが、おかげで親族にいる黒幕を追い詰めるのが容易になっていたのは好材料だ。


 そうしてレジェスは公爵家の後継者として戻り、大伯父とその親族を処罰し、まずは大きな掃除を終えた。

 ここまでひと月もかからずに成し遂げたレジェスは、早速叔母に頼むことにした。


「探してほしい人がいます、叔母上」


 リーと呼んでいた彼女を探さなければならない。

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