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6 そうして家に帰ったら

 その後、リシーラはウォルターから詳細の説明を受けた。


「なぜ……死んだのですか?」


 敵軍が来るよりも先に、馬車で逃げて行った。だから逃げきれたはずだ。


「敵軍に殺されたのではないんだよ。逃げている時に馬車が角を曲がり切れずに横倒しになってね。運悪くそこが丘陵だったから、転がるようにして坂を落ちて行ったらしい」


 すぐ先を進んでいた他の人が、それを見ていたそうだ。

 敵軍が追いかけて来るのが怖くて、馬車の人々の無事を確認はしなかったようだが、隣町でミゼル子爵家の馬車が落ちたことを知らせたらしい。


 とはいえ、敵軍がいるかもしれない場所へ、のこのこ探索に行く者もいない。

 結局、セレンディア王国の軍が敵を追い返すまでは誰も馬車の確認に行けずにいた。

 そして先日、リシーラの両親の死亡が確認されたらしい。


「急なことだったのと、遺体がひどく痛んでいたから、先に葬儀を終わらせてしまったよ」


 その言葉にほっとする。

 娘としてしおらしい表情で葬儀に参列するなんて、リシーラには苦行でしかないから。


「ええ。むしろお兄様のお手を煩わせてしまって、申し訳ございません」


「いいんだ。これも同族としての義務だから。それで……子爵家の家督を、私が継ぐことになった」


 リシーラはうなずく。

 ウォルターはリシーラの父の弟の息子だ。彼が爵位を継ぐのは当然だろう。


「おめでとうございます、お兄様」


「ありがとうリシーラ。それでだね、アンナとも話し合ったんだが……」


 ウォルターの本題は、そこからのようだ。


「養女にはなりたくないと聞いているから、それでもいいんだけど、子爵家令嬢という形のまま、一緒に暮らさないかい?」


 リシーラとしては、願ったりかなったりだ。

 両親にいじめられることなく、食料のことも心配せずに妖精界へ行ける日まで生きていける。


「もちろんです、お兄様」


 即答したリシーラは、すぐさまウォルターと一緒に帰還する準備を始めたのだった。



 そうして戻った王都の屋敷は、以前よりも明るい雰囲気になっていた。

 神経質に怒鳴る子爵夫人もいなくなり、主人が穏やかで優しいウォルター夫妻に変わったからかもしれない。


 使用人も入れ替えたようだ。

 屋敷に入った時、迎えに出た使用人達の顔ぶれが半分ぐらいは変わっていたことに、リシーラはびっくりした。


「君にきつく当たっていたのを覚えていた使用人は、暇を出した。私達の子供にも、あんな真似をされるかもしれないと思うと、信用ならなくてね」


「賢明なご判断だと思います、お兄様」


 リシーラが両親に嫌われ、持てあまされているとわかったとたん、ぞんざいに扱い始めた使用人は多い。

 しかもウォルター夫妻の子供はまだ三つだ。

 小さな子供の安全を考えるのなら、不安を感じる使用人は立ち去らせた方がいいだろう。


「リシーラ、良く来てくれたわ!」


 そんな話をしていると、ちょうど息子を連れたアンナがやってきた。

 ウォルターを小さくしたような、ふわんとした雰囲気のアンナは、生真面目そうな乳母にまだ三つの息子を任せ、駆け寄ってリシーラを抱きしめてくれる。


「無事で良かったわ。うちの人が手紙で知らせてくれたけど、実際に会えるまで嘘じゃないかと不安だったのよ。本当に、とんでもない苦労をさせられて……」


 アンナが話しながら涙ぐむ。

 彼女もまた、小さい頃からリシーラを気にかけてくれていた。


 養女の話にしても、アンナは積極的にリシーラを説得していたのだ。

 あんな扱いってないわ! でも王国の貴族法だと、親でなければあなたを守れないのよ、と。


 貴族法では、親の権限がとても強い。

 それは政略結婚を容認するためなんだろうと、ウォルターは言っていた。

 血筋を受け継ぐ貴族の子供を守るためにも使えるので、貴族がその身分を保持し続けたいのなら完全に否定もできない法律。


 でも結局は、妖精界へ行くことにこだわったリシーラが自分の意志で養女の話は断った。

 それでもアンナはリシーラによくしてくれていた。

 だからアンナの腕の中は、リシーラにとって家族の温かさの象徴だ。

 帰って来たのだ、という感情がこみあげる。


「ただいま帰りました、アンナお姉様」


「もう、あなたにひどい思いをさせる人はいなくなったわ。安心してね」


 アンナがそう言ってくれるのも、リシーラは嬉しい。


 そんな話をしている時だった、エントランスのあたりで声が上がる。

 執事と話をしていたウォルターが、驚いて声を上げたようだ。

 額に手を当てるのは、ウォルターが困ってる時にやってしまう仕草だ。


(何かあったのかしら?)


 気になったのはアンナもだったようだ。


「どうしましたか、あなた」


 尋ねられて、ウォルターは慌てて笑みを浮かべて手を横に振る。


「い、いや気にしないでいいよ。ほら、リシーラも長旅だったんだから、休んでいなさい。色々な話は明日でも大丈夫だよ」


「そうね。まずはお風呂もして、部屋着で落ち着くといいわ。夕食は何がいい?」


 アンナも同調して休むよう勧めてくる。

 リシーラは、彼らに追及して迷惑をかけても仕方ないと考える。

 それに長く馬車に乗ったり、地下潜伏生活でそれなりに体も疲れてはいた。

 だからアンナと一緒に新しい自室へと向かい、その日は休息に徹した。



 でも翌日も、ウォルターは額に手を当てることが多くなっていた。

 新しく爵位を継承したばかりなので、悩むことも多いのだろうと、リシーラは何も言わずにいた。

 家の運営の悩みだったとしたら、先代の娘であるリシーラが口を出すと、こじれてしまうのではないか? と考えたからだ。


 が、やがてアンナもウォルターの癖がうつってしまった。

 乳母と一緒にいる息子のチャーリーまでも、「まねっこー」と言いながらおでこに手をあてる始末だ。


 一応聞いてみたが、アンナからは「大丈夫よ」と答えが返る。


「お付き合いのある大貴族家が、年頃のお嬢さんを紹介してほしいらしいのだけど、ちょっと条件が厳しくて悩んでいただけなのよ」


 アンナの答えに、嘘は感じられない。

 貴族家同士の交流ということなら、妖精界へ行くつもりのリシーラが手伝えるわけもなかった。

 なので納得し、忘れることにしたのだが……。


 さらに一か月経った頃、ウォルターとアンナが、顔を見合わせてため息をつくようになった。

 その頃になると、さすがにリシーラも妖精界へ行くには長丁場になりそうだ、と妖精界へ行き来して話を聞いてきたイータから教えてもらっていた。


 やはり『半端な結婚の口約束』でも、多少なりと縁ができるらしく。

 このままだと少なくとも数年は延長されるだろうと、女王は見ているとのこと。

 だからウォルター夫妻の元に厄介になる身として、リシーラは尋ねることにした。


「お兄様、アンナお姉様。何かお手伝いできませんか?」


 まだ若い令嬢を探しているのなら、もしかしたらリシーラが力になれるかもしれない。

 年単位の時間ができたのだから、難しい問題にも責任をもって関われるだろうと思い切ったからだった。

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