SS『彼女を迎えるために』
婚約発表の場となる、華やかなパーティー。
それが、妖精が暴れたことで散々なことになってしまった。
主催だったアルシオン公爵家では、招待客を帰らせたりしたその翌日、改めて対応策を考えている。
場所は館の執務室。
ソファーに向かい合って座っているのは、レジェスと叔母タレイアだ。
直前まで修復箇所の確認や、参加者に対しての保障についての話をしていたタレイアは、ふっと息をついた。
「ほとんどの方が妖精を目撃した、というのが問題ね。事故などでごまかすこともできないし、誰かのせいにもできないわ」
タレイアとしては、どうにか誤魔化せないかと一晩考えていたのだろう。
目の下にクマを作った顔で、タレイアはそれでも微笑んだ。
「代わりに、傍から『家格が下の娘と結婚するのか』という意見は出にくいでしょう。公爵家側に傷があるわけですから、そういった相手を選んだのだろうと、リシーラ嬢のことを詮索されることは少なくなるはずですよ」
良い材料もなくはない。
この結婚に関して、タレイアはリシーラについて詮索を受けることを心配していた。
婚約発表後は、どうにかリシーラの周りを固めてくれるように貴婦人達に要請しようとしていた。
噂や、心無い言葉が降り注いでも、全てを払い、消滅させたり、発言者を踏みつぶさせるためだ。
館の修理費用や、怪我をした人々へのお見舞い金などの出費は痛い。
だが、一時それは見ないことにする。
お金は稼げば取り戻すことはできるが、評判や最初の印象というのはお金だけではどうしようもない。その懸念が少し薄れるのならばいいだろうと、タレイアは思い定めたのだろう。
もちろんレジェスもそのあたりについて考えていた。
だから王家を揺さぶって、そちらからもリシーラに王妃との交流機会をひねり出してもらおうとしていたのだ。
後ろ盾が怖くて、周囲が発言に気を遣ってくれるようになるだろうから、と。
(本当は、彼女はあのままでいいんだ。ただ貴族社会で公爵夫人として生きていくなら、交流を避けられない。そして私が常に側にいられるわけではないなら、代理を複数置いて、必ず彼女を守れるようにしなくては)
だからリシーラについてとやかく言われない理由ができたのは、本当に良いことだったのだ。
一瞬でも悪い言葉が、リシーラの耳に入ることを防げるから。
レジェスはそこで、もう一つ材料を付け足した。
「たしかに好機ですね、叔母上。この妖精の事件を、もう少し利用しようと思います」
「どうやって?」
「私が、妖精を倒したと喧伝します。その時に、王家が妖精の力を借りて建国した話も思い出すようにしましょう。それゆえ、公子が妖精を倒す力があったのだと……。そういう噂を流すのです」
聞いたタレイアはすぐに察してくれた。
「悪い妖精を倒せしたのは、善なる妖精の力を得た王家やその血に連なる公爵家の人間だったからこそ、とするのね? それなら、王家も悪い気はしないでしょうし、認めてくれるでしょう。いえ、認めるよう促すわね」
噂が流れた時に、レジェス達以外に影響を受けるのは王家だ。
でも昨今、貴族達からの求心力が薄れている王家としては、この噂は悪いものではない。
妖精について、悪い印象を持っている人は多い。
それを倒せたのが王家の血を引く者。
ということになれば、王家の人間は妖精に打ち勝てるほどの強さを持つ、という付加価値を再認識させることができるのだ。
「王家も噂に手を貸してくれるのなら、信ぴょう性も増します。そして、公爵家にも、妖精を倒せる力があるという付加価値がつきます」
レジェスの説明に、タレイアはうなずいた。
「そうね。公爵家で事件が起こった、ひどいことになったというより、事件を収めた英雄が現れた――の方が印象がいいわね」
「それでも事件が起こったのは間違いないので、リシーラが嫁ぐことも不思議には思われません。チェンジリングの話を耳にすることがあれば、だから妖精の事件が起こった公爵家は、彼女を夫人に望んだのだと考えるでしょう。良いことばかりです」
ここまで言ったところで、タレイアが笑った。
「館が破壊されて、木が動物みたいに動いた時は、もうだめかと思ったけれど。あなたからしたたかな発案が出てほっとしたわ」
それからタレイアは真っすぐにレジェスを見て言った。
「この公爵家はあなたのもの。思う通りにやってごらんなさい」
タレイアの信頼を受け、レジェスは面はゆい気持ちでうなずいた。
「感謝いたします、叔母上」




