27 穏やかに終われそうなお茶会です
今回は普通のお茶会だった。
人数が少なくなったおかげで、レジェスも一つの席に座る時間が長い。
パトリアは気負った様子もなく、レジェスににこやかに話しかけている。
他の女性の邪魔もしていないので、彼女についてはもう心配ないだろう。
頬を染めて、もじもじとしながらレジェスに話しかけるパトリアだったが……。
「やっぱりレジェス様、パトリア嬢には素っ気ないですわよね」
同じテーブルの令嬢がつぶやく。すると隣の令嬢が言った。
「やはり心の壁ができてしまうと、難しいのではないかしら? 幼馴染の気安さだけでは越えられない物もございますのね」
「とすると、やはり有望なのはヘレナ嬢でしょうか」
「ああ、伯爵家の……。あの方は残ったのですね」
「前回の襲撃時、屋内にいて直接見ていらっしゃらないし、公爵家の兵が守ってくれたから大丈夫よ、とおっしゃっていたらしいわ」
「たしか伯爵家も、一時山賊で悩まされていたと耳にしたことが。それで慣れていらっしゃるのかも」
「私には無理でございますわ」
「私もですわ。今日もにぎやかしのつもりでまいりましたもの」
おほほほほと笑う二人の令嬢。
その話を聞きつつ、リシーラはなんとなくヘレナの姿を視線で探してしまう。
次にレジェスが移動した先の、テーブルにいる。
まっすぐな金の髪に薄青のレースがふんだんに使われたドレスを着たヘレナは、湖のように清廉な雰囲気を持つ綺麗な人だった。
レジェスもヘレナの隣の席に公爵夫人に案内されて座ったので、公爵夫人もヘレナのことを一番の候補に考えているのかもしれない。
ヘレナは熱心にレジェスのことを見つめていた。
「先日の襲撃は本当に怖かったのですが、レジェス様が戦う姿はとてもたのもしかったですわ」
その話をしながらうっとりとしているので、前回見たレジェスの雄姿に惚れ込んだのかもしれない。
一方のレジェスは、うっすらと微笑みを浮かべて会話をしている。
会話の向かう先は、どうしても一番身分の高いヘレナとのものが多いようだ。
他の令嬢も前回のことでレジェスに心酔したのか、そんな様子をやきもきとしながら見ているように感じた。
なんとなく横目で眺めたリシーラは、つい想像してしまう。
(彼女が雨に降られても、私みたいにするのかしら)
前回の、雨の中でのことを思い出す。
レジェスの息遣い。
腕の力強さと、鎧を着こんでいないから感じる温かさ。頬をくっつけると包まれているように感じてしまった肩の広さ。
妻になるのなら、レジェスはきちんと対応するだろうから、ヘレナもそういったことに遭遇するかもしれない。
そう考えて、リシーラはレジェスに抱えられるヘレナの姿を想像して――急に悲しい気持ちになる。
(え、どうして……)
意味がわからない。
彼が他の人と一緒にいる姿を見て、悲しいと思う必要なんてないのに。
むしろ誰かと結婚してほしいと願っていたはず。
(やっぱり、この間から少し私、変だわ)
恋愛なんてしたことがないから、ほんのちょっと気があるそぶりをされただけで、魅了されてしまったのかもしれない。
危ない危ないと自分を戒めていると、レジェスがとうとうリシーラ達のテーブルにやって来た。
「先日は、本当にご迷惑をおかけいたしました」
レジェスはまず謝罪から入った。
おそらくはどの人にも、まずは謝罪をしているのだろう。
「いえいえ、お気になさらないでくださいませ。両親もレジェス様のことを心配しておりました」
「なにかと大変だというお話は、父からも聞いておりましたから」
二人はレジェスを気遣っているようでいて、その実、家同士の話という立場を崩さない内容を口にしていた。
我が家の父母も、色々とお家事情があることは承知しています。だからそういった大変なことも起こりやすいのでしょう、と。
恋愛については実戦経験がないリシーラではあったけど、恋愛物語ならいくつか読んだのだ。
しかもアンナとウォルターの恋人時代のこともよく知っているから、わかる。
(結婚相手として意識してたら、こんな言い方はしないでしょう)
もっと親身になって、自分が心を痛めていると話すはずだ。
父親がどう思っているかなんて話しても、自分が同情しているかはレジェスに伝わるわけがないのだから。
「そう言っていただけて安心いたしました」
レジェスの方も、礼儀正しく応じるだけだ。
彼としては誰とも結婚したくないので、願ったりかなったりだろう。
「ミゼル子爵令嬢にも、申し訳ないことをしました」
「そうでしたわ。巻き込まれたとお聞きしました」
「大丈夫でしたの?」
心配そうに尋ねる二人の令嬢は、完全に外野側の態度だ。
でもレジェスが微妙に伏せて尋ねたのに、この二人がわざわざ『巻き込まれた』ことを言うとは……。
(自分達から周囲の目をそらさせたいのかしら)
そこまで『公爵夫人選びから自分達は降りたいのだ』と示す必要はないのでは、と思ったが。
ふと、パトリアがぎりぎりと目を吊り上げてこちらを見ているのに気づき、リシーラも仕方ないのかもしれないと思う。
ただしパトリアも、話を振られたのがリシーラだと気づくと、妙な表情になる。
むっとして、でも一瞬恐れる表情になり、リシーラから顔をそむける。
(うっかり私を攻撃すると、わざと他の令嬢をいじめたことをバラされると思っているのね)
大人しくしてくれればそれでいい、とリシーラも思う。
それはそれとして、リシーラは話を曖昧に流すことにした。
「うっかり逃げ遅れただけで……。兵士の皆様にもお手数をおかけしました」
レジェスに助けられたことは言わず、兵士に感謝していることを告げれば、リシーラがレジェスと一緒に戻って来たところを目撃した人がいても、そうだったのかと納得するだろう。
助けたのは公爵家の兵士で、レジェスはそれを監督する側として近くにいただけだ、と。
「お役に立ててなによりです」
レジェスもそこを追求することはなかった。
おかげでパトリアの表情もやわらぎ、他の令嬢達の肩からも力が抜けた気がする。




