22 お茶会の襲撃者
「え、どうしたの?」
「何かよくない」
「よくない?」
わけがわからないけれど、イータがそう言うのならと反転しようとした時だった。
複数の馬の足音。
ぐんぐんと近づいてくると、剣戟の音まで響いてくるようになる。
すぐに駆け出したけれど、やはり人の足は遅い。
あっという間に館から伸びる道に、もみ合う集団が現れる。
「これは……」
襲撃者の側は、木立の中で人を襲う目的だったのか、枯草色のマントを羽織り、頭にも同じ布を巻きつけている。そんな不審人物が十人もいた。
対するのはここ最近見慣れてきた、深緑の制服を着た公爵家の兵士だ。
兵士達は、追いかけながら襲撃者と戦っている。
でも足止めしきれていない。
「早く走ってリシーラ!」
イータに言われて我に返る。
館へ向かう道とは違う場所にいるのだから、庭を突っ切る方向へ逃げれば巻き込まれないで済む。
急いでリシーラは走り出す。
やがて、館から悲鳴が上がる。
思わず見てしまうと、そちらは館の前にいた兵士と館から出て来た者達が応戦しようとしていた。
その中に、レジェスがいた。
「え、ここにいたの?」
今日はずっと姿を見ていないから、いないと思っていた。だから完全に公爵夫人が花嫁候補を見定めるだけの集まりだと思っていたのに。
容赦なく剣を抜く襲撃者に、公爵家の兵士もレジェスも剣で立ち向かった。
追いかける兵士も合流し、挟み撃ちになる。
これならすぐに制圧できるかと思ったのに、襲撃者はやけに強かった。
数合打ち合っただけで、兵士が倒されてしまう。
血しぶきが上がり、逃げ遅れていた令嬢が悲鳴を上げて倒れる。
側にいた令嬢とメイドが、慌てて倒れた人を館の中へ連れていく。
そんな中、令嬢達を襲おうとした襲撃者を倒したのは、あの赤髪の騎士だった。彼もレジェスと一緒にここへ来ていたようだ。
混沌とした中、レジェスが駆け出した。
「おいレジェス!」
赤髪の騎士が呼びかける。レジェスの方は慣れた様子で返した。
「そっちのやつらを片付けろ、ケイン。狙いは私だ」
そう言って離れていくレジェスを、襲撃者の半数が追いかけていく。
「本当に、レジェス様が標的なの?」
リシーラは足を止めてしまう。
(せっかく助けたのに、今度こそ死んでしまうかもしれない?)
という考えが浮かんで、リシーラは悩んだのだ。
(でも私は妖精界へ行くつもりだし。これ以上関わって縁が深くなったら……)
思いきりたいけど、思い出すのは最初に出会った時のレジェスの死にそうな状態だった。
……同じ状態を見るのは嫌だ。
だからとっさに、イータに尋ねた。
「イータ。人を助けたら縁ってできるの?」
「ちょっとぐらいなら別に。僕らもあちこちでやってるじゃない?」
その答えで、リシーラは行動した。
「お願い、そこに倒れている人の弓を拾ってくれる?」
「わかった」
返事をしたイータは、襲撃者に倒されていた兵士の弓を、妖精の魔法で手も使わずに引き寄せる。
届いた弓を、リシーラは受け取った。
そしてリシーラは走り出す。
襲撃者とレジェスが向かった方向へ。
けれどリシーラは強いわけではない。少し離れたまま並走する形で、館から離れて山間に入るレジェス達を追う。
「けっこう遠い……」
レジェスは冷静に、騎乗したままの襲撃者から倒したようで、襲撃側も全員が徒歩になっている。
その状態で全員が走っている中、レジェスは慣れたように小川を渡って山の中へ駆け込んだ。
襲撃者も無言で追いかけている。
足音や時折打ち合わせられる剣の音に隠れて、リシーラはイータの力も借りて追跡し、小川の淵へたどり着いた。
レジェスは公爵夫人達を守るため、敵をわざとここまでひき連れて来たのだろう。
すぐに館に戻れない場所へ来たと判断したのか、襲撃者との戦いに専念し出す。
「でも、一人じゃ無理だわ」
リシーラは戦いの専門家でもないけれど、手練れの六人にレジェスたった一人で戦うのが難しいのはわかる。
だから加勢するのだ。
「ここでいいわ」
川辺が見える大岩の上に立つ。
「イータ、手伝ってくれる?」
「いいよ」
リシーラは弓を上手く扱えるわけじゃない。力も弱い。
だけど妖精の魔力で手伝ってもらえば、弓を引く力も増して、矢の方向も定められる。
すいっと弓を引いたリシーラは、急によく見えるようになった気がする目で目標を見定めた。
まず一矢。
襲撃者一人の頭を射抜く。
「……っ」
人が死にゆく姿を目の当たりにすると、さすがにリシーラも具合が悪くなる。
それでも二矢目を放つ。
レジェスに横から斬りかかろうとした襲撃者の背中に当たる。
おかげでレジェスは剣を避け、態勢をくずしたその襲撃者を斬り捨てた。
リシーラは三矢、四矢を放つ。
レジェスの後ろに回った襲撃者を仕留め、離れた場所にいた襲撃者の足を射抜いて行動できなくした。
レジェスもその間に何人かを片付け、残るは二人。
あの強さなら、たぶんこれで大丈夫。
「逃げようイータ」
自分が手を貸したとわかるのは困るのだ。
レジェスが恩を感じたせいで、縁が深くなってしまったり、求婚相手だと気づいたらもっと困るから。
だから早々に逃げ出そうと、岩場から降りたのだけど。
「リシーラ後ろに!」
イータの声で振り返る。
川辺の木立の中に、襲撃者の一人がいた。




