21 三回目の選考の結果は…
そんなリシーラの側に、こそこそとやってくる者がいた。
ふわふわの毛並みにピンと立った耳。そして青色のリボン。
イータだ。
「ちょっ、ついてきたの?」
こそこそとささやくと、イータがひょこっとリシーラの側に立った。
「一回見てみたいと思って」
「そんなに面白い物じゃないわよ?」
しかも今回はお茶会どころか、よくわからない場所でじっとしていなければならないのだ。
でもイータは首をかしげる。
「面白いよ? 人間は不思議なことをするなって思うから」
それもそうか、とリシーラは思ってしまった。
人間界には刺激を求めてやってくる妖精もいるくらいだ。おかしなことをしていたら見たくもなるだろう。
リシーラも退屈しそうだとは思っていたので、イータがいてくれるのは嫌じゃない。
そのままイータと話をしていると、だんだん喉が渇いてきた。
(考えてみれば、お茶ぐらいは出してもらえてもよさそうな気がするけど……)
なにせ事前説明がないままなのだ。
少しぐらいは何かあってもいいと思っていたら、ふっとワイン貯蔵庫そのものの明かりが消える。
「えっ、何!?」
「やだ暗すぎるわ!」
令嬢達が騒ぎ出す。
実際には、貯蔵庫の端にランプがあり、うっすらと樽の輪郭なども見えるぐらいの暗さだったが、それでも耐えられない令嬢がいたようだ。
貯蔵庫に待機しているメイドが説明をしようとする。
「お嬢様方、お静まりくださいませ。これも暗い場所でも耐えられるかを……」
「もう無理ですわぁぁぁ!」
どこかの令嬢がそう叫び、バタバタと足音がして出て行ってしまう。
「わ、わたくしも怖いですわ!」
「ええええ、なんですの? みんな出ていってしまわれるなんて、嫌ああああ!」
他の令嬢も混乱してしまい、どんどん貯蔵庫から出ていく。
リシーラも途中で便乗し、同じように叫んでみた。
「怖いですわーーー!」
「ちょっと嬉しそうだよ?」
イータにそう突っ込まれつつも、貯蔵庫から階段を上って建物の一階へ。
そこで公爵夫人の側に集まる令嬢達に追いついた。
公爵夫人は「怖かったのですわ」と嘆く令嬢と、「事前に説明と納得を得てからにしてくださいませ」と涙声で抗議する令嬢に挟まれていた。
が、その混乱はさらに広がった。
たぶんワイン貯蔵庫の令嬢達の声で、むやみに怖くなってしまったのだろう。
他の貯蔵庫も同じように灯りを落としていたせいでそれが助長され、他の令嬢も次々に地上へ逃げてきてしまった。
付き添い役のメイドも上がって来ていて、諦めの表情をしていた。
一方の公爵夫人は、多少はこうなることを予想していたのだろう。
肩をすくめて言う。
「仕方ありません。少し休憩してくださいませ、皆様。その間に他の方法を考えますので」
とりあえず解放されるらしいとわかり、令嬢達はわっと喜ぶ。
「広間にお茶の用意をさせます。ご案内して」
公爵夫人が指示したメイドにいざなわれ、そちらへ向かう令嬢もいたが、狭い場所にいたせいで開放感がほしくて一度外に出る令嬢もいた。
「お茶の前に外を散策いたしましょ。明るさを感じたいですわ」
という声に、リシーラも外へ行きたいと思う。
(正直、地下室は苦手なのよ……)
潜伏していた時だって、クー・シーがそれをわかってくれていたからわざわざ横穴を掘って、地下ではあっても地下室ではない場所を作ってくれたのだ。
地下室特有の湿り気、冷たさと、貯蔵されていたワインや穀類の残り香。
それが合わさると、我慢しきれないぞわっとした感覚が背中を這い上って来る。
幼い頃、暗い地下室から出してもらえない恐怖にさいなまれた時のことを。
今日は他にも人がいるのもわかっていたし、貯蔵庫の扉が閉じられてはいなかった。
だからマシではあったけれど、心の底に澱のような不安がたまっている。
それを解消するため、日差しを浴びたかったのだ。
外へ踏み出すと、期待したとおりの新鮮な空気が体を包み込む。
ほっとしたところで、リシーラは館の前庭を歩いてみることにした。
「やっぱり外はいいね!」
隣を二本足で歩くイータも楽しそうだ。
ベージュ色の毛並みの上に着た、茶色のベストの端が弾むように動いている。
吹くそよ風は涼しく、まだ体にまとわりつくように感じていた妙に重い地下室の空気が、吹き飛ばされるような錯覚すらあった。
そんな爽快感の中、リシーラはイータを追いかけてゆっくりと庭をめぐる。
郊外にあるので、館の庭は広い。
庭の先は果樹園になっているらしく、小さな柵でしか区切られていないこともあって、どこまでも続いているように感じる。
その広さも心地よくて、リシーラは行けるところまで歩いてみようかと思ったのだが。
イータが足を止める。
「リシーラ、こっち」
急にリシーラの服を噛んで引っ張り、館の方へ戻ろうとした。




