2 妖精と地下生活
「大丈夫? リシーラ」
はっとする。
「ルファ?」
「うん。イータもメギーもいるよ」
「そうそう僕も」
「ワタシもいるわ」
沢山の小さな子供のような声が聞こえる。
それはリシーラに馴染みのある声だ。
「姿が見えないの」
「それなら明かりがあるよ」
ぱっと周囲が明るくなる。
そうすると、地下室の天井や置かれた空き樽、そして三匹の後ろ足で立ち上がった、服を着ているボーダーコリーのような姿が現れる。
「みんな!」
心細くなっていたリシーラは、すぐ近くにいた手首に赤いリボンを巻いている犬に抱き着く。
「心細かったよね、リシーラ。ほんとに人間ってやつはおかしなことばかりする」
「うん。こんな風に殺されそうになるなんて思わなかった。クー・シーのみんなが来てくれて良かった……」
彼らはクー・シー。犬の姿をした妖精だ。
人の世界にも妖精は沢山いる。ただ姿を見せないようにしているだけで。
リシーラは、妖精界であちらの食べ物を食べたせいなのか、妖精の姿が見えて話ができるようになっているのだ。
彼らは、呼ぶと来てくれるリシーラの貴重な友達だ。
「そうだ、このままだとみんな戦争に巻き込まれちゃうわ!」
リシーラはそのことに気づいて、慌ててクー・シー達に逃げようと誘いかける。
するとクー・シー達は顔を見合わせて、困ったように言う。
「たぶん、走って逃げるのは難しいよ。リシーラは僕らみたいに空間を移動できないし」
「じゃあみんなだけでも早く逃げて!」
人間界の物が彼らに影響を及ぼさない、なんてことはない。
物をぶつけられたら痛いし、防御できないと怪我をする。
しかしクー・シー達は首を横に振った。
「リシーラを残していけないよ。だって友達じゃないか」
「そうそう。まずは隠れましょう」
「このままじゃリシーラが飢えちゃうから、僕は食べ物や水を集めて来るよ」
赤いリボンの、少しだけ黒っぽい毛並みのルファがパッと姿を消す。
「天井の蓋を開けたらすぐリシーラの姿が見えちゃうから、もっと別の場所へ移動しなくちゃ。土を掘るよ」
緑のリボンを巻いたクー・シーと黄色のリボンを巻いたクー・シーが、樽をどけて壁を掘り始める。
そうして横穴ができていった。
やがてリシーラが腰をかがめて通り抜けられる穴は、どんどん伸びていく。
しばらく進んだところで、クー・シー達はの高さと広さを大きくした。
「よし、先に樽を戻して、壁も戻そう」
リシーラが地中にできた部屋の中に入ると、瞬く間に樽が元の場所に戻され、壁もふさがれた。
これで地下室まで敵兵が来ても、リシーラのことを探し当てることはできなくなるだろう。
ほっとしたところで、食料を抱えたルファが帰ってくる。
穴掘り作業をしていたクー・シー達も、小さな棚やリシーラのための敷布やマットに寝具、そして衣服を持ち込む作業に移る。
そして穴が拡張されて、別の部屋ができ、そちらに食べ物や調理器具が置かれた
水がめと、薪まで持ち込まれて、完全に長期籠城の構えになったところで、リシーラは笑みがこぼれた。
と同時に、クー・シー達の把握している戦況は、良くないのだろうとも思った。
「セレンディア王国の兵は、押されているのね……」
国境から、もう侵入されたに違いない。
リシーラが走って逃げても間に合わないと思われているのは、そのせいだ。
すると近くにいた、手首に青いリボンをつけたイータが言う。
「押されているどころか、ほとんど壊滅してるよ。近くの砦から救援の隊が来るようだけど、それでどうにかなるかな……」
さらに目の前で運んできた寝具を整えていた、黄色いリボンのメギーがふんと鼻息を荒くする。
「もっと沢山連れてこないと、焼け石に水よ。だからすぐには、外に出られるほど安全にはならないと思うの」
「だから、地下室でやり過ごすだけじゃだめだったのね」
たいていの兵は、従軍時に略奪に走ることが知られている。
地下室なら食料があるかもしれないと、探し回って押し入ってくるから、隠れ場所として使えないのだ。
「洞穴から妖精界へって言うのも、まぁ、悪くはないかもしれないわ」
子供のための童話では、見知らぬ洞窟から他の世界へ旅立つ物がある。
そんな感じで過ごそうと切り替えたリシーラは、クー・シー達と息をひそめて過ごすことにした。