12 レジェスの事情2
こんなにこじれた発端は、先代公爵の時代にあった。
先代公爵の子供は姉妹だけだった。
レジェスは姉の方の息子だ。
間違いなく公爵家の血筋なのだが、出生の前後数年、レジェスの母は夫とかなり険悪だった。
なので公爵位を狙う親族には不義の子だと親族内で噂されていたが、違うと証明する手立てがない。
しかもレジェスの父母は病であっけなく亡くなってしまった。
さらには先代である祖父が、その噂のせいでレジェスの出生を疑い、邪険にしていた。
両親を失ったレジェスは、家に居場所がなかった。
公子という立場は奪われなかったが、祖父の影響で家令からメイドに至るまで、レジェスへの対応は冷たいものだったし、だんだんとぞんざいになった。
誕生日も忘れられ、食事も使用人と変わらなくなり、祖父に何かを言えば、内容を聞かずに目の前に現れたことを責められて殴り飛ばされる。
だからレジェスは家から飛び出した。
叔母であるタレイアにだけ連絡し、騎士になるのを手伝ってもらうと、やがて戦場へ積極的に出るようになった。
一人で生きて行けばいいと思った。
公爵家などうんざりだったし、祖父や嫌な思い出がある屋敷へ戻る気はなかった。
しかし、その先代が亡くなった。
わかったのが、軍に戻ってすぐ。
レジェスが医療用天幕で襲撃され、犯人を捜索することになった直後だ。
叔母のタレイアからレジェスが行方不明になる前に手紙が届いていたことがわかり、それを読んで判明した。
さらには、行方不明中に色々なことが大きく動いていた。
本来なら自動的にレジェスが継ぐはずだったが、先代に取り入っていた分家筋の貴族が爵位を主張し出し、先代の遺言状まで偽造したのだ。
それを叔母が暴き、先代が遺言など残していないことも証明した。
続けて、レジェスが行方不明だったこともあり、タレイアは自分こそ継承の権利があると主張し、自らの夫を爵位につけたのだ。
これはレジェスの行方不明が功を奏した。
レジェスを探し出して継承……ということになれば、またレジェスの血筋についてとやかく言う人間が出て来る。
それに現公爵夫人タレイアが主導権を握れたのも良かった。
叔母タレイアの目的は、亡き姉の遺言を果たしてレジェスを爵位につけること。
今までも直接レジェスを守りたかったタレイアだったが、実の娘だというのに『小賢しい女だ』と先代には嫌われていて、なかなか手を出せずにいた。
代わりにずっと、騎士となったレジェスの後ろ盾になり、援助を続けていたのだ。
そのタレイアが権力を握ったので、レジェスは後ろ盾を得てすみやかに公子としての立場に戻ることができた。
さらにタレイアの養子にもなり、誰にも後ろ指さされることがない状態にできたのだ。
ここまで苦労したからこそ、叔母のタレイアは慎重だった。
セレンディア王国には慣習として、既婚者が爵位の継承を優先される。
それが月日が経ち、爵位の継承のためには結婚をしている人物が望ましい、と思われるようになっていた。
独身のままでは、また爵位を継ぐのにふさわしくないと分家の横やりを許すことになってしまう。
二度とレジェスの継承に茶々を入れられたくないタレイアは、レジェスに結婚をさせて横槍を入れる隙をふさぎたいと願ったのだ。
それについては、タレイアの夫――現公爵も同意している。
現公爵は自分が名目だけの中継ぎで問題ないと思っている人物だ。
元々ベンス伯爵という地位を持ち、軍馬等の供給をする重要な家という立ち位置を持っていた。
そんな彼は馬好きのため、公爵位を必要としていない。できれば爵位をさっさと譲り渡し、王都への社交以外は、領地で馬を眺めていたいのだ。
だからこそ、レジェスに協力してくれているのである。
こんな経緯があるからこそ、レジェスは結婚をするべきだったのだが。
(本当は、先に彼女を見つけられたら良かったんだが)
しかし国境の町を探しても、占領下で生き残っていた女性は見つからない。
町から逃げて来たという女性を探し、声を確かめたレジェスだったが、どの人も彼女ではなかった。
(そうなんだよな。声だけで見つけるなんて……)
戦争時の怪我で、一時的に視力がかなり落ちていた。
そのせいで彼女の顔を覚えていないのだ。
おぼろげながらにわかっていた髪の色と、声しか手掛かりがない。
これでは探し出すのは難しいだろうと思ったタレイアは、早々に結婚相手候補を集め、今日の婚約者選びのお茶会が開催された。
(せめて、あと半年だけでも……)
もう少しだけでも探したいが、周囲の状況は待ってくれないことも、レジェスは理解していた。
完全に状況が落ち着いていないからこそだ。
他の大貴族に近づいて、現公爵が爵位を継承をしたのは不当だったと国王に訴えようとする動きもあった。
今のところは、公爵家に借りがある国王も突っぱねているが……。
流されるがままお茶会に参加したレジェスは、そんなことを思いつつ、諦めの気持ちを濃くしていく。
しかし、聞こえた声に目を瞬きそうになった。




