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05. 現代のエージェント

 燃え上がるように紅く染まっていた紅葉も散り、乾いた枯れ葉が風に舞い上がっている。吐く息の白さが、冬の訪れを静かに告げていた。


 道路わきに停められた車の隣に、一人のスーツ姿の少女が立っている。


 肩ほどまで伸びた黒髪を後ろでまとめた彼女は、車の助手席側のドアに寄りかかえり、街路樹からはらはらと落ちている葉を眺めていた。


「黒薙、ビンゴだぜ。」


 背後から聞こえた男性の声に黒髪の少女、黒薙唯月(くろなぎいつき)は振り返る。そこにいたのは、彼女の“仕事仲間”でもある笹平真人(ささひらまひと)だった。


 その顔はどこか満足げで、有益な情報が得られたことが分かる。


「笹平さん、どうでしたか?」


 黒薙の問いかけに、笹平はポケットにスマートフォンをしまいながら小さく頷く。


「この近くで逮捕された露出魔は、容疑を否認している。……(いわ)く、拾った“魔法のステッキ”とやらを振ると、着ていた服がすべて消えてしまったらしい。」


「それって……」


「普通じゃあり得ない事件だ。……おそらく“アイテム”の仕業だろう。」


 笹平はあっさりと答えると、車のドアを開けて運転席へと乗り込む。それを見ていた黒薙も、彼の後を追うように助手席に座った。


 高校生ほどの年齢の黒薙が、一回り以上も年齢が離れていそうな笹平の車に乗っている姿は、見る者によっては不審に映るだろう。


――共通の黒いスーツを着ていることを除けば、不似合いな二人である。


「その“魔法のステッキ”は、今どこにあるのですか?」


「ああ、押収された品は、近くの警察署支部に保管されているそうだ。それが本当に“アイテム”なら、秘密裏に回収して、今回の任務は早々に終了ってわけだ。」


 早くも任務が終わる兆しが見えたことで、笹平は浮足立った表情を見せていた。笹平は車のキーを回しながら、隣にいる黒薙に話しかける。


「いやぁ、毎度の回収任務もこんくらい楽だったらいいのにな。……なぁ、せっかくこんな田舎まで来たんだから、終わったらなんか観光でもしないか、黒薙?」


「いえ、私は結構です。」


 黒薙が即答するように断ると、笹平は少し間を空けて肩をすくめた。


「なあ、お前のバディで、しかも先輩の俺が誘っているんだぜ。お前って奴は、本当に可愛げがないよな。……もしかして、クーデレか?クールでデレデレ。」


 笹平が冗談めかして言った言葉に、黒薙は冷ややかな視線を送る。


「……それは、何ですか。」


「いや、ほら、そういうキャラとかいるだろ。普段はクールで真面目だけど、たまにデレっと可愛くなるやつ。お前も少しは可愛げを見せろってことだよ。」


「……」


 黒薙は一瞬眉をひそめたが、すぐに興味を失ったようにそっぽを向く。


「私にそのような特性はありませんし、必要性も全く感じません。」


「……そ、そうか。なんか、悪いな。」


 その一言で完全に切られた笹平は、がっくりと肩を落とした。だが、すぐに気をとり直すようにギアを入れ替えた彼は、車のハンドルを握る。


「そんじゃ、行きますか。」


 笹平と黒薙を乗せた車は静かな田舎道をひた走り、目的のモノがある警察署へと向かうのであった。





 近くに車を止めた二人が目にしたのは、逃げ惑う人々の姿だった。目的地だった小さな町の警察署は3階の一部が崩れ落ち、モクモクと黒い煙を上げている。


「……何だよ、ありゃ。」


 笹平が信じられないといった表情で、驚きの声を漏らす。一方で、黒薙は煙を出し続けている警察署の姿をじっと見つめていた。


 次の瞬間、黒薙は決意したかのように表情を引き締めると警察署へと駆け出す。


「おい、黒薙!!……待て!!」


 笹平も慌てて追いかけようとするが、彼女は颯爽と混乱する人々の波をかき分けて消えていくのだった。





 警察署の中は、煙と舞い上がった粉塵に覆われていた。3階へとたどり着いた黒薙は、手に持った袖口を口元に宛てながら慎重に進んでいた。


「……“魔法のステッキ”はどこ?」


 彼女は押収品が保管されているはずの部屋を目指す。爆発の原因が“アイテム”による可能性が高い以上、迅速に回収する必要があるからだ。


 目的の部屋に到着した黒薙は、中から漏れ聞こえる足音に気が付く。


(中に誰かいる……!)


 彼女は素早く壁に身を寄せると、壁越しに部屋の中の様子を伺いみる。


「……ほう、これほど魔法の操作性に変化が起きるとは、実に素晴らしい。これで、私の探究はより洗練される。」


 部屋からは、歓喜するような何者かの呟きが聞こえた。警戒心を強めた黒薙は、スーツから彼女の“特別認可アイテム”を取り出す。


――それは、金の装飾が施された黒い“万年筆”だった。


 万年筆は黒薙の生体情報を認識したことでロックが解除され、蓋の中から金色に煌めくペン先を見せた。インクのカートリッジも、十分に溜まっている。


「さて、せっかくですから、解読したばかりのあの魔法も――」


 中から聞こえる男の言葉を遮るように、黒薙がドアの影から飛び出す。彼女の手に握られた万年筆のペン先は、部屋の中にいる人物に向けられていた。


「捕らえろ、“理の介さず綴る筆(オートマティスム)拘束する鎖(シグネチャー)”!!」


 ペン先から漆黒のインクが滴ると、黒い鎖へと姿を変える。それは一筋の軌跡を連なりながら男に飛んでいくと、その身体に巻き付くはずだった。


――しかし、その鎖は男の前に現れた魔法陣によって弾かれてしまう。


「おや……誰ですか、私の探究活動を邪魔するのは?」


 辺りに段ボール箱や資料が散乱する部屋の中で、背中を見せていた若い長髪の男が黒薙の方へと振り返る。


 着ている荘厳(そうごん)なローブと(かも)し出す柔らかい雰囲気とは裏腹に、男は丸メガネの奥から突き刺すように鋭い眼でこちらを睨んでいた。


「お前は……月岡蓮慈(つきおかれんじ)だな。」


 顔を見た黒薙が名前を言い当てたのを見て、月岡は驚いた表情をする


「ほお、私のことを知っている。……なるほど、君も“例の組織”の一員なのですね。私が要注意人物として、君たちのリストに載ったという話は本当のようですね。」


 そう話している月岡の手には、“あるモノ”が握られていた。それを見て、黒薙は目を細める。


「……お前の持っている“アイテム”を、こちらに渡せ。」


「“アイテム”?……ああ、君たちは、これらをそう呼んでいましたね」


 月岡はそう言うと、手に持っている“ステッキ”を黒薙に向けた。


 可愛らしいピンクの意匠で飾られ、先端にハートの形をした宝石が付いたそれは、まるで玩具として売られている“魔法のステッキ”のようだった。


「誠に残念ですが、私の次なる魔法の探求のためにこれは必要なのです。……そうだ。せっかくですので、君にも私の探究を見せてあげましょう。」


 月岡は何かを思いついたかのように手を叩くと、身に着けているローブに手を入れる。そこから取り出したのは、一冊の古びた“本”だ。


――その本を見た黒薙は、何か嫌な予感を感じる。


「やめろ、月岡蓮慈!!」


 嬉々とした表情で月岡が本のページをめくるのを見て、それを阻止しようとする黒薙だったが、もうすでに遅かった。


「……あった、この呪文だ。」


 目的のページを見つけた月岡がステッキを胸の前に構えると、ステッキの先端についているハート形の宝石が光を放ち始める。


――本に書かれた呪文を唱えると、月岡の周囲には異様な空気が漂い始める。


「“理の介さず綴る筆(オートマティスム)貫く弾丸(ファイン)”!!」


 万年筆のペン先にインクが収束すると、黒い弾丸となって発射される。だが、黒薙の攻撃は月岡の前に現れた魔法陣によって弾かれてしまった。


「すまん、遅くなった!!」


 黒薙が阻止する手立てを失っていると、背後から笹平が遅れてやってくる。


「人払いは済んだ。黒薙、状況説明をしろ!」


「要注意人物の月岡蓮慈に、例の“アイテム”を奪取されました。……奴は何らかの能力を発動していますが、周りに展開された防御陣によって攻撃が通じません。」


「分かった。……俺に任せろ。」


 短く言葉を返した笹平は、スーツから自分の“特別認可アイテム”を取り出す。それは一枚の(ふだ)の形をしていた。


 笹平が投げると、札は黒薙の攻撃を防いでいた魔法陣に貼りつく。


押捺(おうなつ)『解』!!」


 分厚い胸板の前で印を結びながら笹平が叫ぶと、札に「解」の文字が浮かび上がる。すると、月岡を護っていた防御魔法が徐々に消えていく。


「黒薙、今だ!!」


「はい、“理の介さず綴る筆(オートマティスム)貫く弾丸(ファイン)”!!」


 黒薙のペン先から発射されたインクの弾丸は、呪文の詠唱を続けている月岡の肩に着弾する。赤い血しぶきが舞い、月岡は痛みに一瞬顔をしかめた。


「……いやはや、でも少し遅かったですね。“召喚魔法(ザルグナウグ)”」


 すぐにニヤリと微笑むと、月岡はステッキを頭上に掲げる。


キイイィィィイン!!――


 頭上に魔法陣が次々と重なるように現れ、やがて光を交錯させながら一つの巨大な魔法陣へと変わる。そして、光輝く魔法陣に中から二つ影が現れた。


――そこから現れたのは、杖を持った白い髪の少女だった。

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