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04. 世界を渡る光

「五級学徒のあんたが、こんな夢を持っていたなんて可哀そうだわ。叶わない夢を持つことは続けるのは、さぞ辛かったでしょうね。」


 ジョシアは口元に笑みを浮かべながら、床に転がっているフェリエッタのことを見下ろしていた。


 同情するような言葉とは裏腹に、彼女の視線はひどく冷淡だった。


「だから考えたのよ。あんたに二度とこんな夢を思いつかなくても済むようにしてあげるためには、どうすればいいのかってね。」


 彼女は装飾の施された杖を軽く振りながら、フェリエッタを鋭く見据えた。


「さあ、私と決闘しなさい。……あんたに絶対に適わない圧倒的な実力の差というものを、その身体に消えない傷として刻みつけてあげるわ。」


 ジョシアが笑みを浮かべながら、後退しながら距離を取る。すると、押さえつけていた取り巻きたちも自然とフェリエッタから離れていった。


 自由になったフェリエッタは片膝をつきながら軽く上体を起こす。彼女の目には、悔しさからくる涙が溢れていた。


(……で、でも、私なんかが適うはずがない。)


 しかし、彼女は杖を握りしめるばかりで、それ以上動くことが出来なかった。


「どうしたの?五級学徒のあんたでも、杖を持っている以上は魔法使いのはずよね。……それとも、私に一方的にやられたいのかしら?」


 ジョシアが蔑むような視線を送っているのを見て、フェリエッタは慌てて立ち上がると、震える手で杖を構えた。


「……や……やります。」


 フェリエッタのか細い声が広間に響くと、ジョシアたちはニヤリと微笑んだ。


「ふふ、それでいいのよ。……決闘の開始は5カウント数えた後よ。」


 ジョシアが自信に満ちた笑みを浮かべながら杖を持ち直すと、彼女の周りにいる取り巻きたちがカウントを数え始めたのだった。


「5……4……3……2……」


 取り巻きたちのカウントが響いている中、フェリエッタは膝が崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。


「1……0。」


 カウントが終わると同時に、二人の杖先から鮮烈な光が飛び交う。


『す、“水泡よ、収束し我が敵を貫け、水弾(アクティラ)”!』


『“灼熱の業火よ、静謐たる大地を揺るがせ、灼熱の火柱(スコルバルク)”!』


 二人が魔法を発動したタイミングは、ほとんど同じといっても過言ではなかった。


 だが、フェリエッタの放った水弾の魔法は、ジョシアの放った地面から降りあがっている炎の柱の魔法によってすぐにかき消されてしまう。


 地面から吹き上がる灼熱の火柱が、フェリエッタへと迫っていた。


「……っ!」


 間一髪で躱したフェリエッタだったが、炎の柱はそのまま直進すると轟音と共に彼女のすぐ近くの壁に激突するのだった。


「う……嘘……。」


 炎の柱がぶつかった壁は、激しい熱を発しながらどろどろと溶けていく。それを見たフェリエッタは大きな実力の差を改めて思い知ってしまう。


「この旧校舎はね、決闘の場として頑丈にできているの。それに邪魔者も来ないわ。心行くまで、二人で決闘を楽しみましょう。」


 ジョシアが不気味に笑いながらこちらに近づいてくるのを見て、フェリエッタは思わず背を向けて走り出していた。


『“灼熱の火柱(スコルバルク)”!』


 ジョシアの魔法が、逃げているフェリエッタの横をかすめていく。それは、まるでわざと魔法を外すことで、いたぶって遊んでいるかのようだった。


「……に、逃げないと!!」


 フェリエッタは広間の入り口へと急ぐが、そこはジョシアの取り巻きによってすでに塞がれていた。立ち尽くす彼女の横を、灼熱の火柱が再びかすめていく。


 もうダメだ、彼女が絶望しかけた時だ。


 フェリエッタのそばを通り過ぎた炎の柱は壁に激突すると、偶然にも壁が崩れた。激しい熱気が立ち込めるが、人が一人は通れるほどの隙間ができている。


――彼女に迷っている暇はない。


 フェリエッタは、皮膚が焼けるのも(いと)わずに穴へと飛び込むと、壁沿に続く隠し通路を走って逃げるのだった。


「ちっ……あいつを逃がすな!!」


 彼女の後ろでは、醜く怒鳴るジョシアの声が遠くから響いていた





 フェリエッタが逃げた通路の先には、地下へと続く暗い階段があった。階段を駆け下りた彼女がたどり着いたのは、一つの扉の前だった。


 意を決した彼女が扉を開けると、部屋の中からは冷たい冷気が漏れ出る。


「……さ、寒い。」


 その部屋は地下深くにあるにもかかわらず広々とした空間が広がっており、巨大な石像のような不思議な物体が何体か無造作に置いてあった。


 フェリエッタは薄暗い中、その異形の石像の一体をじっと見つめる。


「な、なんだろ……?」


 少々の好奇心に駆られてしまったフェリエッタは、恐る恐る手を伸ばして石像に触れようとした、その瞬間のことである。


「あんた、追い詰めたわよ。」


 背後から響いた声に、フェリエッタが飛び上がる。


 驚いて振り返ると、開け放たれた扉の前にはジョシアが立っていた。杖の先から漏れる微かな光が、彼女の険しい表情を照らし出している。


「よくも私を虚仮(こけ)にしてくれたわね、この落ちこぼれが!!」


 憤怒を剝き出しにしたジョシアの言葉に、フェリエッタは思わず息を呑む。ゆっくりと後退りをしていた彼女だったが、石像を背にして追い詰められてしまう。


「もう、逃がさないわ。」


 ジョシアの杖が持ち上がり、その先端がフェリエッタに向けられる。


『“灼熱の火柱(スコルバルク)”!!』


 猛烈な炎の柱が放たれると、室内は灼熱の熱気に包み込まれた。自分に迫りくる炎の柱を見て、フェリエッタは思わず目を逸らす。


――だが、それはフェリエッタに当たることはなかった。


 背後にあった巨大な石像が突然振動を始め、ゆっくりと動き出す。その勢いに弾かれたフェリエッタは、炎の軌道から外れて床に倒れ込んだ。


「な、なによ!?」


 動き出した石像に遮られたのを見て、ジョシアが素っ頓狂の声を上げる。炎の柱は石像に直撃するが、それでも揺るぎない動きを続けていた。


 石像が立ち上がり、その全貌を見せる。――それはまるで不自然に融合しているかのように、鶏と蛇の特徴を持っていた。


 鶏のようなカタチの巨体を持ちながらも、その尾があるべき場所には硬い鱗に覆われた蛇の頭が紅い眼でこちらを睨みつけていた。


「嘘……コカトリス!?どうしてこんな場所にいるの!?」


 授業や物語の中でしか見たことがない異形の魔物の姿を目の前にして、ジョシアが驚きの声を上げる。


――ギャァァァッ!!


 暗闇に動くコカトリスは、突然甲高い鳴き声を上げた。その鳴き声を聞いたジョシアは恐怖に目を見開き、腰を落としてしまうのだった。


 彼女の取り巻きたちは、コカトリスを見るなり一目散に逃げ出していく。


「ま、待ちなさい!……私を置いて逃げるな!!」


 ジョシアは虚しく叫ぶが、取り巻きたちは振り返りもせずに消えていった。一人残されてしまった彼女は、抜けた腰で這いずりながら出口に向かった。


「ひぃぃ……!!」


 滑稽な姿で這いつくばっていたジョシアが、ふと後ろを振り向くと、コカトリスは彼女のすぐ近くまで迫ってきていた。


『ス、“灼熱の火柱(スコルバルク)”!!』


 恐怖に震えたジョシアが、必死に杖を振り上げて魔法を唱えた。


 燃え盛る激しい火柱に包まれたコカトリスが動きを止めたのを見て、彼女は安堵するように息を漏らす。


「な、何よ……たいしたことないのね。やっぱり一級学徒の私の――」


 勝利を確信したジョシアは、自分に言い聞かせるように呟いていた。しかし、すぐに彼女の顔は再び恐怖に染まった。


 燃えさかる炎の柱の中から蛇の頭が飛び出したのだ。


「え……っ!?」


 ヘビは素早くジョシアの首元に噛みつく。彼女は悲鳴を上げる間もなく、赤い鮮血とともに地に伏したのだった。





「ジョ、ジョシアさん……こ、殺された……?」


 コカトリスに蹂躙されるジョシアの姿を、床に倒れ込んだフェリエッタは呆然と眺めていた。やがて、彼女は大きく目を見開く。


「……え?」


 コカトリスの視線が、今度はフェリエッタに向けられたのだ。その紅い眼に睨まれた彼女は、身体を裂かれるような感覚に襲われて動けなくなってしまう。


「い、いや……」


 コカトリスは大きく蛇の口を開くと、鋭い牙を見せつける。その牙からはジョシアの赤い血が、ぽたぽたと滴り落ちていた。


「私、こんなところで……」


 彼女が死の間際に呟いたのは、自分への感嘆の言葉だった。


 夢を追い求めて故郷を離れたものの、現実に打ちひしがれ、搾取され、陰口をたたかれ続ける毎日だった。挙句には、誰も知らない地下で魔物の餌になりかけている。


――これが、私が本当に望んでいたこと?


 その問いが脳裏をよぎる中で、フェリエッタはレポートでまとめた“異世界に行く魔法”の話をふと思い出した。


 そこならば、自分の惨めな現状をもう一度やり直せるかもしれない。――そんな淡い希望が、彼女の心の片隅をよぎってしまった。


「……そこなら、こんな私でも――」


 フェリエッタの小さな呟き声をかき消すように、コカトリスの牙が彼女を襲う。しかし、その瞬間(とき)だった。


――キイイィィィイン!!


 突如、地下の空間に耳を(つんざ)くような轟音が響いた。眩い光が辺りを包み込むと、フェリエッタの姿は光の中に吸い込まれるように消えていく。


 冷たい地下には、冷たい静寂の空気と光の残滓だけが残されたのだった。

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