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転生したら水だった件

作者: いちにの

俺は大学生。地獄とも思える受験勉強を乗り越え、人生の夏休みとも呼ばれるキャンパスライフを謳歌する20歳だ。

初夏の休日。燦々と太陽が輝く中、俺はサークル仲間と河川敷にバーベキューをやりにきていた。ここは都市部から少し離れてはいるが、休日ということもあってか様々な人がここに遊びに来ていた。

「おいっ水かけんなよ!」

「涼しいー」

「カニ捕まえた!!」

サークル仲間のうるさい声が聞こえてくる。俺はやれやれと思いながらバーベキューの準備を手伝っていた。


「それでは〜我がサークルの親睦を願いまして〜...かんぱーい!!」

「かんぱ〜い!」

無事に肉も焼け、部長の乾杯の音頭でバーベキューがスタートした。うちのサークルは肉食系男子が多いのか次々に肉に群がった。そんなわけで俺が完全アウェーでいると誰かが俺の皿に肉を乗せてくれた。

「今日は手伝ってくれてありがとう!!後輩くんもたくさんお肉食べなね!」 

そう言ってくれるのはサークルのマドンナ水樹先輩だ。すんごい美人で実は密かに思いを寄せていたりする。今日もタンクトップにホットパンツの姿が焼けた肌によく似合っている。

「いや、そんなことないっす。」

俺は顔を赤くしてまごまごした返事をすると、

「だいじょうぶ?なんか顔赤いよ?」

水樹先輩が俺の顔を除いてくる

「だいじょぶです!多分酒の飲み過ぎなだけっす。」

俺は慌てて答えた。すると、

「ふふ、なにそれ。まあ後輩くんも飲み過ぎには気をつけてね。」

と笑いかけて他のところに行ってしまった。水樹先輩の笑顔にドキドキしながら、俺はこの関係からどうすれば進展するのだろうかと頭を抱えた。


「あー食った食った」

同級生の松田が腹を叩きながら満足そうな顔をしている。今はバーベキューも終わりそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。

「もう一回泳ごうぜ!」

「もう食べられないよ〜」

「zzz」

「1年片付け手伝えよ!」

相変わらずみんなマイペースだな。俺は食後の休憩にスト◯ロ片手に河原に座っていた。いい感じにほろ酔いになり視界がぼんやりとしていると、突如人の叫び声が聞こえた。俺は声のする方向に目をやると川を泳いでいた水樹先輩が溺れかけている。周りは誰も気づいていないのか?ここは俺が助けるしかない!もしかしたらここから水樹先輩とのサクセスストーリーが始まるかもしれないからな。俺は、颯爽と川に飛び込んだ。が、ズボボボボっ、この川、ふかいっ。思った以上にこの川は深かった。松田っ助けてっズボボボボ!

俺は、水の中に沈んでいった。


気がつくと俺は、水の中にいた。いや当たり前か。しかし不思議なことに息が苦しくない。とりあえず川からあがろうとしたが、

(・・・?)

体がない?そう、視界は見えているが自分の手が見えないのだ。意味不明な状況に戸惑いながらそれでも何とか上に行こうと試行錯誤していると水面にでた。とりあえず陸に上がろうとすると、

パシャリ。

無慈悲に水が陸にかかった。そこで俺はようやく事の重大さに気付いた。俺の姿はもう人ではなかった。俺は水に転生してしまったのだ!!!


あれからしばらくして少しずついろんな事がわかってきた。まずここは俺が溺れて死んだであろう川ではなかった。ていうか日本でもなかった。見渡す限りの平原で、俺はその中にぽつんとある池だった。少なくとも俺が知っている中では日本にはこんなところはない。そして...

「グルァ!!」

うん。火を吐くライオンがいる。...どうやら地球でもなさそうだ。俺は水として異世界に来てしまったらしい。まぁ周りのことはこのくらいにして問題は俺自身のことだ。水になったと気づいたときはそれはもうとんでもなく驚いたが、今になってみれば結構便利かもと思っている。まず腹が減らないし、当然水分補給もいらない。体の感覚は視覚、聴覚、触覚はとりあえずあった。しかし、嗅覚はなかった。試したことがないけれど、多分味覚もないのだろう。まあそれでも生きていく分には(これが生きていると言っていいのかは定かではないが)十分だった。これが、今の現状といったところだ。俺が思うに結構転生先としてはマシだったのだろう。世の中には蜘蛛に転生したりスライムに転生したりする人もいると考えてみれば。ただ、ただ一つ文句があるとするならば...

暇だ。

とんでもなく暇だ。この草原には火を吐くライオン以外にも角の生えた馬や、宝石をつけたウサギなどがいる。もちろん初めて見たときはびっくり仰天だったが、慣れてしまえば日常になってしまった。それに、水に転生してからまだ人間に会ってない。もちろんこの世界に人間がいないことも考えられるが...。少し前に俺は一度池の外に出てみようとしたことがあったのだが、虚しく地面に水が飛び散るだけだった。俺は今後ここから動くことはできないらしい。それだけが少し不満だった。


それからまたしばらくして、そういえば水に寿命とかあるのだろうかなどと考えていると、遠くに女性の姿を見つけた。この世界に人間がいたのか!俺は喜んだ。しかしどうも様子がおかしい。ひどく焦って走りながらこっちに向かってくる。よく見ると後ろの方に火を吐くライオンがいた。「グルァ!」ライオンは容赦なく火を吐いてくる。彼女はそれを間一髪で躱した...が、態勢を崩して転げてしまった。それでもすぐに起き上がって走り出した。そしてとうとう俺(池?)の前まで追い込まれてしまった。仕方ない、元人間のよしみで助けてあげるとするか。さあライオン!俺がこの暇な時間を使って編み出した技を受けてみろ!

「バシャッ!」突如火を吐くライオンの目に水がかかった。たまらずライオンは怯んだ。俺が何をしたかというと、誰もが一度はお風呂でやったことのある手に水をすくって飛ばすアレだ。(無論、今の俺には手なんてないのでイメージにしか過ぎないのだが。)水に転生してから暇な時間をただただこれの練習に費やしたので次第に高圧で打てるようになっていた。そして、ライオンが怯んでいるにもかかわらず俺は猛攻撃を続けた。その間、彼女は俺の方を向いて不思議そうに見つめていた。そりゃそうだよな、ただの池がライオンを攻撃しているんだから。しかし俺の必死の攻撃も虚しく、「グラァ!」ライオンは当たり前のように態勢を立て直した。それもそうか、打ち出しているのは所詮水だからな。唐辛子とかが溶けていれば話は別だったんだろうけど。まずいな、俺の攻撃が聞かないなら彼女は逃げられないじゃないか。そう思って俺は彼女の方を見ると、何かに気がついたのか杖を取り出していた。まさか、このおっかないライオンと戦うつもりか!?それができないから逃げ...ってうおぉ!突如体が渦に飲み込まれる感覚がした。気づくと俺は空中に浮かんでいた。そして大きな水の塊に変化してそのまま真っすぐライオンの方に向かっていく。えっ、ちょっまっ、マジか!

「ドゴン!」俺とライオンが衝突して凄まじい瀑声を立てた。そして跳ね上がった水がサァーっと雨のように降っている。俺は、ライオンとぶつかった衝撃でこの世界で初めて意識がぶっ飛んだ。


気づくと俺は元の池に戻っていた。近くを見るとさっきの女性が座っていた。水際によく見ると女性と言っても顔立ちは十代後半のような顔をしていてぴんと張った特徴的な耳を持っていた。彼女はほっと息を撫で下ろして。

「はぁ…助かった…」

と安堵していた。いやちょっと待て。俺はあんたのせいでひどい目にあったんですけど!

「ひゃっ!」

彼女驚いて飛び上がった。

「水が...喋った!??」

俺の声がわかるのか?もしかしたらこの世界にも人間がいるかもしれないとは思っていたが、正直この体ではコミュニケーションまでは無理だと思っていたので予想外の収穫だ。しかしそう喜んだのもつかの間、

... ... ... … …

静寂が訪れた。女性は依然驚いた表情で俺のことを見つめているが、気持ちいいくらいの静寂だった。えっそれだけ?喋る水を見つけて「水が喋った!?」だけ?他になにかないの?と思っていると、

「あっああ、すまない。礼がまだだったな。先程は助けていただいたことに感謝する。」

とだけ言って、再び静寂が訪れた。なんだろう、確かにコミュニケーションはとれるが、すごく意思疎通がしずらい。しかしこの世界に来て初めての出会った人間なので、色々情報は手に入れたい。とりあえずコミュニケーションを取るためにはお互いのことを知らなきゃ。

(えっと...君の名前は?)

とりあえず名前を聞いてみたというか念じてみた。すると、

「わっわたしの名前か。私の名前はリュカ・フォン・ヒメリ。ヒメリと読んでくれていい。しがない冒険者だ。」

冒険者か。俺にとっては物語でしか聞いたことがない職業だ。やはりここはファンタジーとかそういう世界感なのだろう。

(俺の自己紹介がまだだったな。俺は元々人間で、ある日川で溺れて死ぬ!と思っていたら気づいたらこの姿になってこの世界に来ていた。まあ俗に言う転生者ってやつだな。)

「転生者?私の知る限りではそんなことは聞いたことがないな。私の知見がないだけなのかもしれないが。」

なるほどこの世界では転生はめずらしいことらしい。元の世界でも聞いたことないが。

(そういうわけで別世界から来た俺はこの世界についてほとんど知らない。よかったらこの世界ことについて少し教えてくれないか?)

「すまないあまり状況をうまく飲み込めないのだが...この世界のことだな。ふむ...この世界は中央大陸を中心としてその周りに小さな大陸や島々が取り囲むようにできている。ここはその中央大陸の南方にあるナジナ草原だ。君は初めて人間を見たそうだが、ここ...というか中央大陸南方は田舎が広がっていて最南端に近いここには人はほとんど寄り付かない。」

ここに来てから二週間くらいが経とうとしているが、今まで人間を見なかったのはそういうことか。

(じゃあヒメリさんはどうしてこんなところに?)

今までここの場所も知らなかったくせに正確な位置を知った途端、急に我が物顔だが気にしにないことにした。

「ああ、ここに来たのはここしかない植物の採取のギルドの依頼があったからだな。その途中で火吹き(サラマン)(・デ・)獅子(ライオン)に襲われてここまで逃げてきたわけだ。」

ギルドなんてものもあるのか。だとすると、

(仲間とかはいないのか?いくら植物採取の依頼だとはいえ、女性ひとりでこんなところに向かうのは少し危険な気がするのだが。)

素朴な疑問だった。

しかしその返事が返ってくることはなかった。

...

再三静寂が訪れた。そして、長い沈黙のあとで彼女は力弱く呟いた。

「仲間はいない...いたことも...ない...」

余計なことを聞いてしまった。ここはなんとかフォローをしなければ...

(まっまぁパーティーを組むかなんて人それぞれだからな!変なこと聞いて悪かったよ。)

とりあえず謝ってみたものの、2人(1人+無機物)の間には気まずい空気が流れた。しかしこの空気はこれから起こる出来事によって吹き飛んだ。

「グルァ!」

そう、炎を吐くライオンの再来だ。しかも話していて気付かったのかかなり近いところまで追い詰められている。火吹き(サラマン)(・デ・)獅子(ライオン)と言ったか、なかなかいい名前をしてるな...ってそういうことじゃなくてとにかくこの状況をどうにかしないと。俺はいいとして、彼女は逃さないと。さっきみたいに水鉄砲を撃つか?いや、雀の涙にすぎない俺の水鉄砲じゃ大した足止めにならないか。そんな事を考えていると、

「あ、あいつに思いっきり水をかける事はできないか!?」

ヒメリさんが声をかけた。彼女は杖を構えていて迎撃の準備をしていた。でもいけるのか?正直かなり近い距離まで詰められている。魔法使いにとっては不利な間合いだろう。・・・しかし今は彼女を信じるしかない。わかった、任せろ!俺はありったけのライオンにぶちまけた。ライオンは少し怯みこそしたが、やはりすぐにヒメリさんに襲いかかろうとした。

(ヒメリさん、これで本当に大丈夫なのか!?)

「ああ充分だ、ありがとう。」

そう言うと、彼女は杖を構えて何やら呪文を詠唱し始めた。杖の先端から魔法陣が浮かびあがってきた。

突き抜ける稲光(テラバイト・アロー)!」

彼女はそう言い放つと、魔法陣から矢の形をした雷が放たれ、ライオンを貫いた。そしてライオンは濡れていたため、その電流は全身に広がる。

「ガア゙ア゙ァ゙!」

ライオンは悶絶し、バタッと横たわった。そして体が塵のように消えて言った。


・・・つっ強ぇ。あの巨体のライオンを一撃で倒す魔力ももちろんそうだが、その場にあるものを咄嗟に活かす判断力。おそらくこの世界の中でも相当な実力者なのだろう。

「ありがとう、また助けられてしまった。」

ヒメリさんはそう声をかけてきた。

(いやいや、俺は何もしてないよ。それよりヒメリさんってめちゃくちゃ強い魔法使いなんだな。)

「いや、そんなことはない。私なんてまだまだだ。」

彼女は少し暗い顔をした。その顔をされると少し気まずい。

(目的も達成しているならそろそろ戻った方がいいんじゃないか?またいつライオンが襲ってくるか分からないし。)

「そ、そうだな。日も傾いているし、もう帰ったほうがいいのかもしれない。」

(俺は人に会う機会が少ないから、また暇なときにでもこの世界のことを話しに来てくれると助かる。)

「わ、わかった。また来よう。じゃあまた。」

そう言うと彼女は引き返していった。

…ヒメリさんいい人だったな。少し話しづらいけど。あんなに強いならパーティも引くてあまただろうに、なんで1人でいるのだろう。そんなことを考えていると、ヒメリさんが戻ってきた。何か忘れ物でもしたのかと思っていると、彼女はたいそう気まずそうに

「あの…いや、嫌ならいいんだ。嫌ならいいんだが、私は魔法使いだから近づかれたら1人じゃ何もできないし、人と話すことも苦手で人とパーティを組むのもできない。でもなぜか君とならあまり緊張せずに話すことができるらしい…だからもし、もしよかったら、私とパーティを組んでもらえないか?」

そう言うと彼女は恥ずかしそうに俯いた。願ってもない提案だ。しかし…

(誘ってくれてありがとう。だが、俺はあいにくここから移動することはできない。せっかく誘ってくれているのに申し訳ないが…)

「そ、そうだよな…やはり無理か。変なことを言って…いや、待てよ。」

そういう彼女は手を池に入れた。そして少し考えて、「これならできるかもしれない…」

そう言うと彼女は杖を取り出して振りかざした。

すると以前のように渦に飲み込まれる感覚がした。しかし、前のように水の塊になるのではなく、次第に人の形になっていく。

(おお!)

気づくと俺は人と同じく地面に立っていた。

「うまくいったみたいだな。水に意思があることから疑いはしていたが、この池はどうやら魔力を帯びているらしい。魔力があるなら、私の力で操ることができるから、地上で形を維持できるようにしたというわけだ。」

すげぇ…やはり相当な魔法使いなのだろう。俺は少し腕を動かしてみた。たとえ水であれど人の形をしているとやっぱり動かしやすい。そう俺がはしゃいでいると、

「感動しているところ悪いのだが…もう一度聞いてもいいか?…私とパーティを組んでもらえないだろうか?」

(もちろん。ヒメリさんがいないとこの体は保ってられないだろうし、こんな誰も来ないような場所にずっといるより、ヒメリさんと旅をするほうが絶対楽しいに決まってる。よろしくな!ヒメリさん!)

俺がそういうとヒメリさんは少しはにかんで微笑みながら

「ヒメリでいい。こちらこそよろしく、えっと名前は何と呼べばいいか?」

(元いた世界の名前もあるんだけどせっかくなら心機一転新しい名前にしてたいな。何かいい案はないか?)

「ふむ、新しい名前か。あまり命名は得意ではないのだが…北の大陸に、水辺に一面に咲くミズアオイという花があるらしい。そこから取ってアオイと言うのはどうだろうか。」

アオイ。水っぽくていい名前だ。

(いい名前をありがとう。じゃあ改めてよろしくな、ヒメリ!)

「ああ、よろしく。」

こうして、元人間の水と魔法使いの奇妙な冒険が始まるのであった。




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