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第7話

「お風呂ありがとうございました」

 お風呂から上がった俺はタオルを使って長い髪を乾かしている犬飼さんの背中に声をかける。

「出る時ちゃんと掃除した?」

「しましたよ」

 俺は犬飼さんが出た後にお風呂に入らせてもらったわけだが湯船はやはり相当熱かった。

 なのでシャワーだけで済ませることにしたのだった。

 ちなみに下着はコンビニで買ってきて着替えたがそれ以外の服は仕方なくそのまま着直している。

 明日にでも生活に必要な物を一通り買い揃えた方がいいな。

「犬飼さん、明日って朝九時から何時まで仕事ですか?」

「一応五時よ。でもその時の状況によって変わるから断言は出来ないわね」

「そうですか。ところでこの近くにデパートってあります?」

「あるけど何、なんか買うの?」

 振り向きざま訊き返してくる。

「はい。服とか歯ブラシとかいろいろ……」

「ふーん。司ちゃんとお金あるの?」

「そんなには持ってないですけど、まあ多分なんとかなります」

 九州への旅行の際お土産を買うために俺は有り金全部を財布に入れて家を出ていた。

 そのおかげで財布の中にはまだ三万円弱入っている。

「お金が足りなかったらいつでも言いなさいね」

 意外にも優しい言葉をかけてくれる犬飼さん。

「え、もしかしてお金貸してくれるんですか?」

「貸すわよ。トイチでね」

「トイチ? って利息とるんですかっ?」

「当たり前でしょ。世の中そんなに甘くないのよ」

 やっぱり全然優しくなかった。

「私もう寝るけど司はこの部屋使っていいから適当に寝なさい」

「あ、わかりました」

「じゃおやすみー」

 言うと犬飼さんは俺の横を通り過ぎ隣の部屋に入っていく。

 その時シャンプーのいい匂いが俺の鼻孔をくすぐっていった。

「……俺も寝るか」

 時刻は午後十時半。

 寝るにしてはまだ少し早い気もするが今日はいろいろあったので疲れている。

 俺は部屋の明かりを消すと二人掛けのソファにごろんと横になった。

 薄暗い部屋の天井をみつめながら思い返すのは父さんと母さんとクミのこと。

「クミ……」

 今はどこにいるのかわからないが元気にしているのだろうか。

 正気を取り戻していてほしい反面、父さんと母さんを手にかけたことを思い出してしまうのならそれもどうかと考えてしまう。

 窓枠と段ボールの境目から隙間風が入ってきて俺の頬を撫でていく。

「はぁ~……妙なことになったなぁ」

 俺はため息を一つ吐いてからそうつぶやくと左手で右肩に触れてみる。

 改めて右腕がない現実を噛み締めつつ俺はそっと目を閉じるのだった。


 翌朝、早くから職人さんたちが事務所の窓ガラスを取り換えに来てくれた。

 合計で十万円近く請求されたようで犬飼さんは値切ろうとしていたがさすがに無理だったらしく、結局ぶすっとした顔で犬飼さんは彼らにお金を支払った。

「窓ガラス代も彩菜の給料から引いとかないとだわ」

 帰る職人さんたちの背中を見送りながら犬飼さんはそう口にする。

 鬼頭さんの知らないところで鬼頭さんの借金がちょっぴり膨れ上がったのだった。

 

「犬飼さん。今日は何をするんですか?」

 遅めの朝ご飯をトーストで軽く済ませた俺たちは二人して事務所の椅子とソファに腰かけていた。

「そもそも仕事内容をまだちゃんと訊いていませんでしたよね」

「普通の探偵事務所と大して変わらないわよ。浮気調査の依頼とか事件調査の依頼を受けてそれをこなすだけ。たまに昨日みたいな怪異事件も扱うけどね」

「そうですか」

「だから依頼が入るまでは部屋の掃除でもしててちょうだい。左手を使う練習にもなるでしょ」

 言うと大口を開けてあくびをする犬飼さん。

「わかりました」

 今日は月曜日。

 本来ならば俺は今頃地元の高校で勉学に励んでいるはずなのだが、犬飼さんが退学届をすでに提出しているとのことなので俺の学校での居場所はもうない。

 正直元の生活に未練がないわけではないが犬飼さんといれば身の安全は保障されるようだし、クミのことも組織のことも犬飼さんの仕事を手伝って手柄を立てればいずれ知ることが出来るようなので、とりあえずは犬飼さんに従っておこうと思っている。

 俺は残された左手で近くにあった箒を手にすると事務所の床を掃き始めた。

 

 一時間後、事務所内の掃除も一通り終わりやることがなくなった俺が犬飼さんの元へ戻ると、犬飼さんはソファで「すぅ、すぅ……」と寝息を立てていた。

 俺に掃除をさせておいて自分はすやすや眠っているとはいい身分だが、それにしてもこの人やっぱり見てくれだけは抜群だよなぁ……。

 完成された彫刻のようなその寝姿に一瞬目を奪われそうになるが俺は気を取り直して話しかける。

「犬飼さん、掃除終わりましたよっ」

「……ぅぅん」

「ほら起きてください。犬飼さんっ」

「……ん~? 今何時~?」

 目をこすりながら俺を見上げる犬飼さん。

「今は十一時過ぎです」

「あーそう……じゃあ、お昼ご飯買ってきて」

「またコンビニですか? お金は?」

「ちゃんと渡すわよ」

 面倒くさそうにスカートのポケットに手を突っ込むと輪ゴムで留めた札束を取り出し、その中から一枚の万札を俺に手渡してきた。

「これ、もしかして俺の分も出してくれるとか……?」

「そんなわけないでしょ、図々しいわね。自分の分は自分で払いなさいよ」

「ですよね」

 一応訊いてみただけだ。

 期待はしてなかったさ。

「レシートちゃんと貰ってくるのよっ」

「わかってますよ。行ってきます」

 俺は犬飼さんの声を背に事務所をあとにするのだった。

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