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【第一部完】犬飼さんの探偵助手 ~隻腕の最強異能使い~  作者: シオヤマ琴


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第30話

 今日は九月に入って初めての日曜日。

「海だぁ~っ! 桃子ちゃん、海だよ、海っ!」

「うっさいわね。わかってるわよ」

 犬飼さんは抱きついてきた桜子さんをうっとうしそうに引きはがす。

 その横で鬼頭さんと南さんと早川さんが顔を見合わせ笑みを浮かべる。

 正面には広大な海が広がっていて、海水浴客たちが歓声を上げながら残りわずかな夏を満喫していた。

 天気は快晴、ほぼ無風。九月にしては気温もかなり高く絶好の海水浴日和と言える。

「あっついわねー。司、あんたちょっとパラソル借りてきなさい」

 犬飼さんは太陽を恨めしそうに見上げつつ俺に声を飛ばした。

 そう。

 この日俺は犬飼さんと桜子さん、そして鬼頭さんと南さんと早川さんと一緒に海にやってきていたのだった。

 ……なぜこの六人で海に来ることになったのか。

 話は二十時間前にさかのぼる。

 

 九月五日、土曜日。

 俺と犬飼さんが事務所で依頼主の方との面談を終えたあとのことだった。

 その人と入れ違いで突然桜子さんが事務所にやってきたのだった。

 桜子さんは犬飼さんを見るなり「桃子ちゃん、遊ぼ~っ」とハグをした。

 桜子さんのことを毛嫌いしている犬飼さんはもちろん断ったのだが、そのタイミングで今度は鬼頭さんから犬飼さんに「海へ行きませんか?」というお誘いの電話がかかってきた。

 鬼頭さんは南さんと早川さんと海に行く予定を立てていて、どうせなら早川さんの件のお礼も兼ねて一緒に海へと考えたらしかった。

 面倒くさそうにこれを拒否した犬飼さんだったが、話を聞いていた桜子さんが「絶対行きたい~っ!」とまるでおもちゃ売り場で泣きわめく子どものように駄々をこね出した。

 初めは無視していた犬飼さんだったが犬飼さんも桜子さんには手を焼くようで、最終的には嫌々ながらも海に行くことに同意したというわけだった。

 そんな犬飼さんは「あんたも道連れよ」と言わんばかりにそばにいた俺の腕を掴むと、荷物係として俺を同行させることを強行決定したのだった。

 そして現在に至るというわけだ。

 

 当然のことだが海なのだからみんなもれなく水着姿だ。

 背が高くスタイルのいい犬飼さんと桜子さんは布面積の少ないビキニを着用していて、周囲の男性たちの視線を一身に浴びていた。

 一方鬼頭さんと南さんと早川さんの女子高生三人組は、年相応の可愛らしいフリルのついた水着を着ている。

 そして俺はというと……ってこれはどうでもいいか。

「犬飼さん、わたしたち海に入ってきてもいいですかっ?」

「ええ、気を付けるのよ」

 犬飼さんに「わかりましたっ」と返事をして鬼頭さんと南さんと早川さんが海に駆け出した。

「桃子ちゃん、わたしたちも泳ごう」

「私はいいわよ。あんた一人で行ってきなさいよ」

「え~、やだやだ~。桃子ちゃんが一緒じゃなきゃやだ~っ」

 桜子さんは犬飼さんの腕を取って激しく振る。

「もうー桜子、わかったから放しなさいってば」

「やった~っ」

 結局犬飼さんも桜子さんに連れられて海へと向かっていった。

 一人ぽつんと取り残された俺は今しがた借りてきたビーチパラソルを地面に突き刺すと、シートに腰を落ち着けた。

 楽な姿勢で座りながら、海で水の掛け合いをしている鬼頭さんと南さんと早川さんを眺める。

 三人はとても楽しそうに笑顔で笑い合っていた。

 いかにも青春映画のワンシーンっぽい。

 今度は沖の方で戯れている犬飼さんと桜子さんに視線を移す。

 桜子さんは無邪気にはしゃいでいて犬飼さんはそれに付き合ってやっている感じだったが、犬飼さんもまんざらではなさそうに見えたので、それなりには海を楽しんでいるのだろう。

「はぁー……俺は何をしてるんだか」

 荷物の見張り番という使命を犬飼さんから与えられていた俺は、せっかくの海にいながらもただただ海の方をじっと眺め続けていた。


「ふー、ちょっと休憩っ」

 犬飼さんが濡れた髪を掻き上げながら俺のもとに戻ってきた。

 タオルで体を軽く拭いてから俺の横に腰かける。

 桜子さんはというと鬼頭さんたちに混ざってビーチバレーを楽しんでいた。

「司も泳いでくれば。荷物なら私が見ててやるわよ」

 言いながらおもむろにシートの上に寝そべる犬飼さん。

 近くにあった麦わら帽子を顔の上に置いて寝る気満々だ。

「あの犬飼さん、こんな時にあれですけど……クミたちの件、どうなりました?」

「んー? あー、そのことね」

「もちろんですけどニュースでは何もやってないじゃないですか」

 そうなのだ。

 脱走犯といってももともと重警備施設に隔離されていた異能者たちだから、ニュースでは一切取り上げられてはいないのだった。

「そうね、組織が追っているけどまだみつけることは出来てないみたいよ」

「そうですか……」

 もしクミたちが組織に捕まったらまた重警備施設に隔離されるのだろうか。

 それとももっと重い罰が下されるとか……例えば死刑とか……。

 すると俺の心の内を見抜いたように犬飼さんは「大丈夫よ」と一言だけつぶやいた。

 

「司さん、荷物番お任せしちゃってすみませんでした。今度はわたしたちが見ているので遊んできてください」

 鬼頭さんが申し訳なさそうに言ってきた。

 その両隣には南さんと早川さんもいて二人ともにこりと俺を見る。

「そう? じゃあちょっとだけ泳いでこようかな」

「はい。そうしてください」

 鬼頭さんたちのお言葉に甘えて俺は立ち上がった。

 と寝ていたはずの犬飼さんが「あ、司待ちなさい」と呼び止めてくる。

「起きてたんですか? 犬飼さん」

 何の用だろうと振り返ると、

「喉乾いたからジュース買ってきて」

 いつものごとく俺をあごでこき使おうとしてきた。

「俺今から泳ごうとしてたんですけど」

「いいじゃないの。減るもんじゃないし」

 いやいや、俺の時間は普通に減るでしょ。

「それならわたしたちが買ってきましょうか?」

 と鬼頭さん。

 やっぱり鬼頭さんはいい子だ。

 そこへ、

「あー、いっぱい遊んだー。喉すっごく乾いちゃったーっ」

 桜子さんも満足そうなほくほく顔で戻ってきた。

 犬飼さんがそれを見ていいことを思いついたとばかりに提案する。

「じゃあ、じゃんけんして決めましょ。負けた人がみんなの分のジュースを自腹で買ってくるの。いい?」

「あー、いいねぇそれ。やろやろっ」

 桜子さんは楽しそうにぴょんぴょん飛び跳ねた。

 鬼頭さんと南さんと早川さんも「「「いいですよー」」」と乗り気だ。

 ここで俺だけ「嫌です」なんて場の空気を壊すようなことはさすがに言えない。

 俺は「わかりました。じゃあ全員でじゃんけんしましょうか」みんなに同意した。

 

「あー、めんどくさいわー」

「それはこっちのセリフですよ」

 じゃんけんの結果犬飼さんが負けた。

 なのでジュースを買いに行く人は犬飼さんに決まったのだが、急に一人では持ち運べないと言い出して「司、あんたも一緒にきなさい」と俺を名指しで指名したのだった。

 ……せっかく勝ったのに。

「えーっと、鬼頭さんと南さんがオレンジジュースで早川さんがコーラで、桜子さんがおしるこっと……犬飼さんは何にします?」

 自動販売機の前で犬飼さんに話しかける。

「そうねぇ、ビールにしようかしら」

「だったら自分で買ってくださいね。俺十八歳なんで買えませんから」

「わかってるわよ」

 などと会話していると、

「うっひょ、超美人がいるじゃん!」

「うおっ、マジだっ!」

 金髪で真っ黒に日焼けした若い男性二人が近付いてきた。

「お姉さん、今ヒマっ? 名前なんてーのっ?」

「年いくつっ?」

 犬飼さんに馴れ馴れしく声をかけてくる。

 だが犬飼さんは何も聞こえていないかのように無視をする。

「ちょっとー、シカトしないでよー」

「一緒に遊ぼうぜぇっ」

「……」

 とここでプライドを傷つけられたと感じたのだろうか、髪をオールバックにした男性が、

「そんな腕のない奴のどこがいいんだよ」

 と隣にいた俺を引き合いにしていじり出す。

 つられて金色のネックレスをした男性も「うわっ、きみ右腕ないとか超悲惨じゃん。かわいそー」などと続けた。

 すると今まで無視を決め込んでいた犬飼さんが、

「はぁっ。海にはこういう馬鹿な奴らがうようよいるから来たくなかったのよ」

 ため息まじりで口にする。

「はぁっ? 今なんつった?」

「馬鹿って聞こえたんだけどなぁっー」

 金髪の男性二人が不機嫌な顔になった。

 だがそれ以上に犬飼さんの方がもっと不機嫌そうな顔をしている。

 ヤバいっ、犬飼さんがキレそうだ。

 犬飼さんも桜子さん同様霊気を相手に発射することが出来るはずだからキレたら間違いなくやるだろう。

 犬飼さんが手加減なしで人に霊気の弾を放ったらどれくらいのダメージになるのかはわからないが、せっかくの海水浴が台無しになってしまうかもしれない。

 そう不安に思い、俺は男性たちと犬飼さんの間に割って入る。

「ま、まあまあ。みなさん落ち着いてっ。ねっ」

「うるせぇな! てめぇには関係ねぇだろっ!」

「障がい者は引っ込んでろよっ!」

 ドンッ!

 俺は男性たちに思いきり突き飛ばされた。

 その拍子に俺はバランスを崩して後ろに倒れ込んでしまった。

 ここまではまあよかったのだが、運悪く俺の後ろには海の家の露店があって店先にはかき氷の大きな機械が置かれていた。

 ガラガラガシャンッ!

 俺はそこにあったかき氷の大きな機械に背中から盛大に突っ込んでしまった。

「痛っ!」

 マズいっ、アヴァロンが覚醒するっ。

 そう思った時にはもうすでに遅かったようで――

 ――気付くと俺の足元には、金髪の男性二人が顔面ぼこぼこに腫れあがった状態で転がっていた。

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