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第3話

「……なさいっ。ほら、司。起きなさいったら!」

 目を開けると犬飼さんのきれいな顔が目の前にあった。

「まったく、やっと気がついたわねっ」

 犬飼さんは面倒くさそうに言うと立ち上がる。

「あれ……? 俺、生きてる……?」

 悪霊に憑依された鬼頭さんによって攻撃された俺は死を覚悟したはずだったのだが……。

「あんたは生きてるし、彩菜も無事よ」

 それを受け部屋の中を見回すと、物が散乱した部屋の中央で鬼頭さんが毛布を掛けられ横になっていた。

 犬飼さんの言葉を信じるなら鬼頭さんは気を失っているだけだろう。

「――って犬飼さんっ! 俺のこと見捨てましたよねっ!」

 そこでふと犬飼さんが俺を盾にしたことを思い出す。

「どういうつもりですかっ、頭おかしいんですかっ!」

「ちょっとわめかないでよ、うるさいわね。あんたを助けるためにやったのよ」

「俺を助ける? それ、どういうことですかっ?」

 犬飼さんは訳の分からないことを言い出した。

「まだ話してなかったけど、あんたの異能の力は二重人格なのよ」

「は? 二重人格?」

「そう。あんたは妹に殺されかけたことで別の人格が生まれたの。そのもう一つの人格は人知を超えた力を持っているのよ」

「……本当ですか?」

 俺が二重人格だって?

 適当言ってるんじゃないだろうな、この人。

「何よその目は。信じなさいよ、ほんとのことだから」

「じゃあ百歩譲って仮にそうだとして、それと俺を悪霊に差し出すことと何の関係があるんですか?」

「あんたはまだ自分の意思でもう一つの人格を呼び出せないでしょ、だからわざと身の危険を感じさせてもう一人のあんたを解放させたってわけよ。実際あの子についていた悪霊を退治したのは別人格のあんたなんだからね。わかった?」

 うーん……言っていることはもっともらしいが、俺にはその間の記憶がまったくないから判断のしようがない。

 とりあえず今わかっていることと言えば、先程の窮地は脱することが出来ていてみんな無事だということだけだ。

「……百パーセント信じたわけじゃありませんけど一応わかりました」

「司って案外疑り深いのね」

「疑いたくもなりますよ。大体除霊出来るって言ってたくせに駄目だったじゃないですか」

「思っていたよりもずっと強い悪霊だったのよ。どんな霊能者でもどうせ失敗してたわ」

 肩をすくめて開き直る犬飼さん。

「それより部屋片づけるの手伝ってちょうだい。司は外に行って椅子拾ってきて」

「俺、体中がまだすごく痛いんですけど……」

 ついでに言うとなぜか頬もじんじん痛い。

「つべこべ言ってないでさっさと言うこと聞きなさい、あんたは私の部下なのよっ」

「……わかりましたよ」

 まいった……思っていたよりここはブラックな職場らしい。

 俺はきしむ体を引きずるようにして部屋をあとにするのだった。

 

「あ、ありがとうございましたっ」

 しばらくして目が覚めた鬼頭さんに悪霊を追い払えたことを伝えると、鬼頭さんは俺と犬飼さんに向かって深々と頭を下げた。

「いいのよ。仕事でやっただけだから」

 いやいや、犬飼さんは何もしていないのでは……?

「よかったですね。悪霊がいなくなって」

 出来るだけ優しい言葉をかけてあげると、

「あの、ところでお代はどれくらい払えばいいんでしょうか?」

 おずおずと上目遣いで俺に訊いてくる鬼頭さん。

 除霊代金の相場なんて知るわけない俺は犬飼さんを見た。

 それにつられて鬼頭さんも犬飼さんに視線を移す。

 すると、

「きっかり百万円よっ」

 犬飼さんは言い放った。

「「え、百万円っ!?」」

 双子でもないのに俺と鬼頭さんの声がシンクロして重なる。

「そっ、百万円」

「犬飼さん、それはさすがに高すぎるんじゃ……?」

 俺は犬飼さんにそう言うが、

「そんなことないわよ。私たち死んでてもおかしくなかったんだからね、これでも安いくらいだわ」

 犬飼さんは本気らしい。

「あ、あの、少しだけ待ってもらうことって出来ないでしょうか? わたし百万円なんて大金持っていなくて……」

「親に出してもらいなさいよ」

「そ、それが……うち母子家庭でお母さんは悪霊とか全然信じてくれてなかったので、多分お金は出してもらえないと思うんです。だからわたしバイトして百万円貯めますから、そ、それまで待ってもらえませんか? お願いしますっ」

 必死に訴える鬼頭さん。

 そんな鬼頭さんを切れ長の目で見下ろしている犬飼さん。

 犬飼さんはなんと答えるのだろう。

 見守っていると、

「わかったわ。そういうことならうちで働きなさい」

 思いがけない言葉を吐く。

「ちょっと犬飼さん、どういうことですか?」

「何よ、どうせ働くんだったらコンビニでも探偵事務所でも変わらないでしょ」

「だからって――」

「それにこの子幽霊が見えるみたいだし、あんたなんかよりよっぽど役に立ちそうだもの」

「な……」

 ひどい言い草だ。

 俺がいなかったら悪霊を退治出来ていなかったくせに。

 とその時、

「わ、わかりましたっ。わたしここで働かせていただきますっ」

 鬼頭さんが意を決したように口を開いた。

 両手を胸の前でぎゅっと握りしめている。

「え、鬼頭さんいいんですか? ここ普通の探偵事務所じゃないですよ」

「はい。働かせてくださいっ」

 俺の言葉を理解しているのかいないのか鬼頭さんは態度を崩さない。

「じゃあ彩菜、今日からあんたのボスは私よ。いいわねっ」

「はいっ、よろしくお願いします犬飼さん」

 元気よく返事をする鬼頭さん。

「司さんもよろしくお願いしますね」

「は、はあ」

 こうして鬼頭さんは犬飼探偵事務所で俺たちと一緒に働くことになった。

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