第21話
「なっ……!?」
なんだって。
アヴァロンを眠らせたっ!?
「さっきの神宮ちゃんの試合を見て、アヴァロンちゃん相手だと勝ち目がないからどうしようかなぁって考えてたんだけどね、だったら神宮ちゃんの体の中にいるうちにアヴァロンちゃんを眠らせちゃえばいいんじゃないって思ったの。あたしってばあったまいい~っ。こうしちゃえば神宮ちゃん自身が戦うしかないもんね」
「うぐっ……」
「霊気も視えないし霊力も扱えないド素人の神宮ちゃんには悪いけど、あたしどうしても幻竜斎師範の弟子になってお金持ちになりたいのよねぇ。だからごめんねぇ、神宮ちゃん」
ヤ、ヤバいぞ……。
アヴァロンなしでどうしろって言うんだっ。
「勝負あったかね」
試合を見ていた幻竜斎師範がぼそっとつぶやく声が聞こえた気がした。
俺はそっちの方に顔を向ける。
すると幻竜斎師範はつまらなそうに足元の小石を蹴り飛ばしているではないか。
こ、このババア……試合を止める気なんか微塵もねぇな、くそっ。
俺の視界には桜子さんも入っていた。
その桜子さんはというと俺が絶対的ピンチにもかかわらず、「司くん、頑張れ~」などと能天気に言っている。
おいおい……ここにいる奴ら、全員頭おかしいんじゃないのか。
「そろそろ勝負を決めようかしら。神宮ちゃん、腕の骨の二、三本は覚悟してねぇ」
憎たらしいほどの笑みを浮かべる亘さん。
「ま、待って……くださっ……マ、マジで、頼むってばっ……」
「神宮ちゃん、おねんねしてちょうだいっ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は恐怖から強く強く目をつぶった。
その刹那――
バチィン!
という破裂音が響き渡った。
俺の腕が折れた音……ではない。
そもそも俺の腕は折れてなどはいなかった。
「な、何っ!? なんであたしの霊気掌が破られたのっ!?」
亘さんがうろたえる。
俺にも何が起こったのかまったくわからなかった。
だが次の瞬間、
「……っ!?」
亘さんが俺の右腕付近を見て固まった。
俺は亘さんの視線を追うようにして自分の体を見下ろした。
すると、
「な、なんだこれっ!?」
俺の右肩からはアヴァロンの右腕である〈鬼の手〉が生えていたのだった。
「ど、どういうことっ!? なんなのよそれっ!」
勝ちを確信していた亘さんは予期せぬ出来事に慌てふためいている。
だがそれは内心俺も同じで、自分の身に何が起きたのか自分のことなのに理解が追いつかないでいた。
しかしながらそんな中でもわかっていることもあった。
それは俺が鬼の手によって窮地を脱したということだ。
そしてもう一つ。
「こ、こうなったらもう一度捕まえるまでよっ!」
「亘さん、今なら俺にもはっきりと視えますよ……霊気とやらがねっ!」
そう。
おそらく鬼の手が生えた影響だろうが、そのおかげで俺は霊気が視えるようになっていた。
「手ですか、それはっ」
「くっ……!」
亘さんの左手を覆うように大きな手の形の霊気が視える。
きっとこれがさっきまで俺を掴んで苦しめていたものの正体だ。
俺は鬼の手でそれを軽々と弾き飛ばすと亘さんを見据えた。
鬼の手を具現化させた俺はもう負ける気がしなかった。
直感的に悟ったのだ。
鬼の手の強さを。そしてアヴァロンの強さを。
そしてそれは亘さんもまた同じだったようで、
「こ、このっ……ち、近寄らないでちょうだいっ!」
「亘さん、俺の勝ちです。降参しますか?」
「わ、わかったわっ、降参よ、降参するわっ!」
首をぶんぶんと勢いよく縦に振る亘さん。
必死すぎて滑稽だ。
「だそうですけど、幻竜斎師範どうしますか?」
「降参は認めないよ。ケリがつくまでやんな」
「みたいです。残念でしたね、亘さん」
「う、嘘でしょ……」
向き直った俺を見て亘さんの顔はみるみるうちに絶望の表情に変わった。
「俺まだこの手の扱いに慣れてないんで、骨の二、三本くらいは覚悟してくださいね」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
こうして俺と亘さんの試合は俺の勝利で終わった。
日も暮れかかってきた頃、
「さて、これでやっとあたしの弟子が決まるね。桜子と神宮、最後の戦いだよ。準備しな」
幻竜斎師範は俺たちの顔を交互に見て言う。
「あの、俺今戦い終わったばかりなんですけど……」
「だからなんだい?」
ギロッとにらまれ俺は「いえ、別に……」と上げた手を引っ込める。
「あれ~? 司くん、右腕失くなってるよ」
「え? あ、本当だっ」
桜子さんに指摘され見ると、今の今まで俺の右肩から生えていた〈鬼の手〉がいつの間にか跡形もなく消えていた。
「どこ行っちゃったの? っていうかさっきの腕はどうして出てきたの?」
「さ、さあ。俺にも何が何だか……よくわかりません」
俺は本心からそう答える。
〈鬼の手〉がどうして生えてきたのか。そしてなぜ消えたのか。
俺には見当がつかないでいた。
「変なの~」
とけらけら笑う桜子さん。
それにつられて俺も「そうですね」と笑い返す。
「さっきのは鬼の手だろ。それもあたしに弟子入りすれば制御できるようにしてやるよ」
「本当ですか?」
「ほんと? おばあちゃん」
「ああ、それくらいあたしにかかればわけないさ。それよりお前さんたち、いつまでくっちゃべってるつもりだい。いい加減にしな」
「す、すみません」
「まったく……二人ともさっさと向かい合わせに立ちな。勝負を始めるよ」
幻竜斎師範が呆れた様子で発したその時だった。
「ちょっと待って」
と桜子さんが声を上げた。
「なんだい、桜子」
「あのね、おばあちゃん。わたしやっぱり、おばあちゃんの弟子に志願するのやめる。弟子になる資格は司くんに譲ることにするよ」
!?
「え、なんでですか?」
と俺。
「だってわたしより司くんが弟子になった方がいいはずだもん。司くん、霊気が視えないんでしょ」
「あ、でもさっき視えるようになったんです」
「それは鬼の手が出ていたから視えていただけだよ。鬼の手が消えた今、お前さんはただの一般人に逆戻りさね」
面倒くさそうに幻竜斎師範が口を出してくる。
「実際、お前さん今あたしの霊気が視えていないだろ?」
幻竜斎師範は人差し指を立てながら訊いてきた。
「えっと、霊気、ですか……?」
俺はじっと目を凝らすが何も視えない。
ただのしわだらけの人差し指だ。
「司くん司くん、今おばあちゃんの人差し指にはすごい量の霊気が集まってるんだよ」
桜子さんがとんとんと俺の肩を叩いてそう優しく教えてくれる。
「そうなんですか? ぜ、全然視えないです」
「ほらね。だったらやっぱり司くんが弟子になった方がいいよ。わたしはいいからさ」
「い、いいんですか……?」
「駄目だね」
俺の問いに幻竜斎師範が代わりに答えた
「え~、なんで? いいじゃん、わたしがいいって言ってるんだから~」
「棄権は認めないよ。ちゃんと勝負で黒白つけな」
「むぅ~……だったらわたしわざと負けるからいいよ~だ」
叱られた子どものように頬を膨らませる桜子さん。
「そんなことしてごらん。ただじゃおかないからね」
幻竜斎師範は鋭い眼差しで桜子さんをにらみつけるが、
「むぅ~ん」
と桜子さんも譲らない。
そして、
「おばあちゃん、言ってたよね。自分に文句があるなら帰っていいって。だからわたし帰るもんっ」
「こらちょっとお待ち、桜子っ」
「えっ、桜子さんっ?」
桜子さんは俺たちを置いて駐車スペースの方にずんずんと歩いていってしまった。
「はぁー、あの子ったら……」
額に手をやりため息を一つ、
「仕方ないね。弟子はお前さんに決まりだよ」
幻竜斎師範は俺の顔を見上げた。
「え、いいんですか?」
「しょうがないだろ。まあ、あたしもお前さんにはちょっと興味があったし、ここまでの試験内容も及第点ってところだしね」
「じゃ、じゃあ……」
「ああ、神宮司。お前さんは今日からあたしの弟子だよ」
「あ、ありがとうございますっ」
こうして俺は晴れて幻竜斎師範の弟子になることが出来たのだが――
「ってなわけだから今日からお前さんはあたしのうちに住み込みだ。三か月みっちり鍛えてやるよ」
「……えっ? 三か月っ!?」
「ついてきな」
「ちょ、ちょっと、三か月って聞いてないんですけどっ!? ちょっと、幻竜斎師範っ!? 幻竜斎師範っ!? ……お、俺もやっぱり帰ります~っ!!」
俺の心の底からの叫び声は山に響いてむなしくかき消えたのだった。




