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第2話

 五分ほど歩きたどり着いたのは、犬飼探偵事務所と書かれた看板が立てかけてあった雑居ビルの一室だった。

 中にはテーブルやソファ、テレビや机などが置かれている。

「あの、犬飼さんって探偵なんですか?」

「おかしい?」

「いえ、別におかしくはないですけど……」

 てっきり秘密工作員みたいな人だとばかり思っていたので少しだけ面食らう。

「今日から司にはここで働いてもらうから。いいわね」

「ここでですか?」

 仲間になると決まったからか病院にいた時より幾分口調がフランクになった犬飼さん。

「何、嫌なの?」

「いえ、嫌とかじゃないですけど……ちなみに他の職員さんは?」

 室内を見回し訊いてみると、

「そんなのはいないわよ。ここは私と司だけの職場だからね」

 犬飼さんはさも当然のように口にした。

 犬飼さんの仲間になるというからには他の異能者にも会うことになると思っていたのだがそうではないようだ。

「あ~、疲れた。病院って陰気臭くて好きじゃないわ」

 脱いだコートを椅子に掛けると犬飼さんはソファに寝転び目を閉じる。

 タイトなシャツとミニスカートという服装なので目のやり場にちょっと困る。

「あ、あのう、犬飼さん。俺は何をすれば?」

「そうね~、とりあえず机の上の灰皿持ってきて」

 そう言うと犬飼さんはスカートのポケットから煙草を取り出し火をつけた。

 ぷか~と煙を吐きながら俺の渡した灰皿に灰を落とす。

「あっそうだ、司。あんたこれからは左手でなんでもしないといけないんだから、文字を書く練習くらいはしといた方がいいわよ」

 煙草をふかしつつ面倒くさそうに言う犬飼さん。

「そこの紙とペン、適当に使っていいから」

「はあ、わかりました」

 俺は言われるがまま左手でペンを握り文字を書いてみた。

 む、難しい……。

 自分の名前すら満足に書けない。

 これは慣れるまで時間がかかりそうだぞ。

 そこで俺はふと気になったことを訊いてみた。

「犬飼さん。俺の異能の力ってなんなんですか?」

 犬飼さんはサイコメトリー。

 クミは腕が刃物のようになる能力。

 では俺はどんな異能の力を持っているのだろう。

「ん~? 知りたい?」

「はい」

「それはね~、司――」

 ピンポーン。

 犬飼さんが説明しようとしたその時だった。出入り口のチャイムが鳴った。

「あっ、司出てちょうだい。きっと客よ」

「お客さんですか……わかりました」

 ピンポーン。

「はーい、今開けますっ」

 俺は席を立ってドアを開ける。

 と――そこにいたのは俺と同年代くらいの可愛らしい女性だった。


「は、初めまして。あ、あなたが犬飼さんでしょうか?」

 目の前に立つ女性が頭を下げた後、俺を見て口を開いた。

「いや、俺は違いますけど……犬飼さんなら」

 そう言って俺は斜め後ろを振り返る。

 女性からは見えない位置で犬飼さんはソファに横になり煙草をぷかぷかふかしていた。

「犬飼さんっ。犬飼さんにお客さんですよーっ」

「中に入ってもらいなさいっ」

 と犬飼さんから声が返ってくる。

 ソファに寝転んだままでいいのだろうか、そう思いながらも俺は言われた通り「どうぞ」と女性を部屋の中に招き入れた。

「し、失礼します」

「とりあえずそこに座っていてください」

 俺はテーブルの前の椅子に手を向ける。

「は、はい」

 ちょこんと椅子に腰かけた女性は目をきょろきょろさせ落ち着かない様子。

 怪しげな雰囲気の雑居ビルの一室に、自分と同い年くらいの若い男とソファに横たわり煙草を咥えている女がいたら誰だってそうなるか。

 俺が犬飼さんを起こそうとソファに近付いていくと、

「気が利かないわね司。お茶くらいいれなさいよ」

 自分のことは棚に上げ犬飼さんはおもむろにソファから起き上がって言った。

「あ、すいません」

「キッチンはあっち」

 あごをしゃくって俺に指示を出した犬飼さんは、けだるそうに煙草を灰皿に押しつけ消すと女性の対面に足を組んで座る。

「あなた名前は?」

「あ、わたしは鬼頭彩菜といいます。小林先生の紹介で来ました」

「なんだ小林か……司っ。こっちに来なさいっ」

 慣れない左手でお茶の葉相手に悪戦苦闘していた俺を犬飼さんは呼びつけた。

「お茶まだ用意出来てませんけど」

「そんなのはもういいわっ」

「はあ……」

 自分勝手な人だなと思いつつも一応この探偵事務所のボスであり上司である犬飼さんに逆らうわけにはいかないので、俺は犬飼さんの隣の席に腰を下ろす。

「さっ、話してみなさい」

 腕組みをして横柄な態度で言う犬飼さんに、

「は、はい……実はわたし幽霊の声が聞こえるみたいなんです」

 鬼頭さんは真面目な顔でそう口にした。

「え? 幽霊?」

 予想外の言葉に俺は思わず訊き返す。

「はい。わたしの肩にずっと男の人の幽霊がついていて、死ね、死ねってささやいてくるんです……し、信じてください。な、なのでどうか、除霊してもらえないでしょうか?」

 鬼頭さんは犬飼さんの顔をじっとみつめて言った。

「ふーん、続けて」

「さ、最初のうちは気のせいかと思って無視していたんですけど日に日にその声は大きくはっきり聞こえるようになっていって、今ではぼんやりとですけど幽霊の姿まで見えるようになってしまっているんです」

「なるほどね。それで小林のとこに行ったのね」

「は、はい。お母さんに相談したら心の病だろうからカウンセリングを受けたほうがいいって言われて小林先生のところに……でも小林先生はわたしを一目見てそれは悪霊の仕業だっておっしゃって」

「で、うちを紹介されたってわけだ」

「は、はい。そうです。犬飼さんなら話せばわかってくれるからって」

「……はぁ~まったく、小林の奴。面倒な仕事ばっかり押しつけるんだから」

 背もたれに体を預け背伸びするようにして天井を見上げる犬飼さん。

「わかったわ。その依頼引き受けるわ」

 不承不承という感じでぼそっと声を発した。

「本当ですかっ。あ、ありがとうございますっ」

 鬼頭さんは立ち上がってお辞儀をする。

「え、ちょっと待ってください犬飼さんっ。ここ探偵事務所ですよね?」

「そうよ」

 何を今更とでも言いたげな顔で犬飼さんは俺を見返してきた。

「いや、そうよって……今のって探偵業務から完全に逸脱してませんか?」

「あら、司って難しい言葉知ってるのね」

「そういうことじゃなくて……」

 鬼頭さんが俺と犬飼さんの顔を所在無げに見比べているがこの際知ったことか。

「探偵って事件調査とか素行調査とかするんじゃないんですか?」

「もちろんするわよ」

「じゃあ除霊ってなんなんですか?」

「ん? 言ってなかったっけ? うちの探偵事務所は怪異事件も扱うのよ」

 さらりと言う。

 なんだそれ、初耳だ。

「いい? 司も理解してると思うけどこの世には科学では解明できないことがあるの。そういう案件を解決するのも私たちの大事な責務なのよ」

 その割には嫌々引き受けていたように見えたが。

「なんで犬飼さんがそんなことをするんですか? 大体犬飼さん、除霊なんて出来るんですか?」

「出来るから引き受けたに決まってるでしょ」

 そう言うと犬飼さんは机に向かっていって、引き出しから何やら難しい漢字のようなものが書かれたお札を取り出した。

 そして戻ってくると鬼頭さんの額にそれを押し当てて目をつぶりぶつぶつとつぶやき始める。

「……何してるんですか?」

「除霊よ。気が散るから話しかけないで」

 犬飼さんは俺をキッとにらみつけてから再度目を閉じた。

 鬼頭さんはというとそんな犬飼さんを不安げにただ黙って見上げている。

 

 それから一分ほどお経らしき呪文を唱えていた犬飼さんだったが次の瞬間、目を見開いたかと思うとそれと同時に「悪霊退散、はっ!」と大声を上げた。

 直後――鬼頭さんの瞳がぐるんと回りさっきまでとは打って変わって険しい顔つきになった。

『……ふははははっ、除霊失敗だな。その程度の力量でオレ様を除霊出来ると思っていたのかっ』

 鬼頭さんが喋っているはずなのに声は男のそれになっている。

「げっ、嘘でしょっ……」

「犬飼さん、これどうなってるんですかっ?」

「悪霊がこの子に憑依したのよ」

「憑依っ? それって大丈夫なんですかっ?」

「っ……」

 犬飼さんは何も答えない。

 ただ表情から察するにあまり大丈夫ではなさそうだ。

 すると、

『オレ様の霊気をくらえっ!』

 鬼頭さんが男の声で叫んだ。

 その瞬間、衝撃波のような見えない力が鬼頭さんの体から放出された。

 っ!?

 その力に圧されて俺と犬飼さんが壁に叩きつけられる。

 部屋の窓ガラスが割れ、椅子が外に投げ出された。

「……司っ、へ、平気っ……?」

「……い、犬飼さんっ……」

 犬飼さんと俺は見えない力で壁にはりつけにされたまま身動きがとれない。

「……な、なんとか……で、でもこの後、どうするんですかっ……」

 俺は苦しそうな顔をした犬飼さんを横目で見ながら口を動かした。

 果たして犬飼さんにこの状況を打開するすべはあるのだろうか。

 言うまでもないが俺には打開策などない。

 とここで犬飼さんは何を血迷ったのか、思いもよらない発言をした。

「……お、お願いよっ……殺すなら先に、司を殺ってちょうだいっ……!」

 あろうことか自分より先に俺を殺すように悪霊に懇願したのだ。

「……な、何言ってるんですか、犬飼さんっ……!?」

「……」

 犬飼さんは目をそむけて俺の言葉を無視する。

 な、なんて人だ。

『ふははははっ、仲間割れとは面白いっ。いいだろう、望み通り男の方から始末してやるっ』

 鬼頭さんの口を通して悪霊がそう言った途端見えない力がより一層強くなり、

「ぐあぁぁっ……!」

 俺は圧し潰されそうになる。

 体がみしみしと音を立てている。

 マジでヤバい。

 いよいよこれは本気で助かりそうにないぞ。

 俺の脳裏に死という単語がよぎったまさにその時だった。

 ――俺はそこで意識を失った。

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