第19話
しばらくして幻竜斎師範が戻ってきた。
その後ろから男性も一人ついてきている。
だがなぜかぐったりした様子で顔や体に怪我を負っていた。
ところどころ流血もしている。
「Aグループからはこの男が第一次試験を通過したよ。さて次はBグループだね、ついておいで」
きびすを返す幻竜斎師範にCグループの一人の志願者が問いかける。
「あ、あの、幻竜斎師範。質問よろしいでしょうかっ」
「なんだい?」
面倒くさそうに振り返る幻竜斎師範。
「ほかの六人はどこに……?」
「あー、奴らなら帰したよ。不合格だったからね」
「六人ともですか……あの、どんな試験をされたのですか?」
「お前さん馬鹿か? 試験内容をあたしが親切に教えると思うかい」
にらみつけられ「す、すみませんでした……」と委縮する。
「ほら、Bグループ行くよ」
言うなり幻竜斎師範は歩き出した。
Bグループの人たちもそれにならう。
そして同じくBグループの桜子さんも、
「司くん、行ってくるね~」
「き、気を付けてくださいねっ」
「うんっ」
スキップしながらあとをついていった。
数分後、幻竜斎師範とともに桜子さんがけろっとした顔で戻ってきた。
話を聞くと桜子さん以外の人たちはやはり全員不合格だったらしい。
一体向こうでどんな試験を行っているのだろう……。
このあとCグループも同様の試験を行い、Cグループからも一人の合格者が出た。
そしていよいよ俺たちDグループの順番が回ってきた。
「また移動するのも面倒だし、最後のDグループはここでやろうかね」
髪をくしゃくしゃと掻きながらそんなことを言い出す幻竜斎師範。
だったら初めからここでやればよかっただろうにと思った矢先、
「でしたら最初からこちらで試験を行えばよろしかったのではないですか?」
Dグループの一人が手を上げ発言した。
「お前さん、あたしのやり方に何か文句でもあるのかい?」
と幻竜斎師範がどすの利いた声で威圧する。
それを受けてその人は「い、いえっ」とすぐに手を下ろした。
危ない危ない……ともすれば俺がどやされていたかもしれなかった。
「ほかのみんなもいいかい、あたしに不満があるなら今すぐ帰ることだね。あたしはお前さんたちに弟子になってくださいってお願いしてるわけじゃないんだからね」
しーんと静まり返り、道場内が沈黙に包まれる。
「さあ、じゃあ続きをやろうか」
「Dグループのみんなはこっちに集まんな」
人差し指をちょいちょいと動かす幻竜斎師範。
俺たちDグループの七人は幻竜斎師範のもとに近寄っていく。
「第一次試験はバトルロイヤルさ」
「「「バ、バトルロイヤル……?」」」
「そうさ。なあに、ルールは簡単。七人で戦って最後まで残った一人が合格だよ」
ざわつくDグループの面々。
俺も内心は驚きにあふれていたが、都合よく俺は感情が表にはあまり出ないタイプなので平常心を装えた。
ん? 待てよ。
ってことは桜子さんもバトルロイヤルをして勝ち残ったということか?
しかも無傷で。
俺はそっと後ろを振り返り桜子さんを盗み見た。
すると桜子さんは俺と目が合うなりにこっと微笑み、嬉しそうに手を振ってみせた。
うーん、さすが犬飼さんがライバル視するだけのことはある。
桜子さんの得体の知れない余裕っぷりに感心する俺だった。
「準備はいいかい? じゃあ、始めっ」
幻竜斎師範の掛け声とともに七人が一斉に散らばった。
俺が属するDグループは男性が五人、女性が二人の計七人。
その七人でバトルロイヤル。
となれば自然と強そうな者から真っ先に狙われる。
Dグループにはプロレスラーかと思うような巨漢が一人いた。
そのため全員がまずその巨漢を狙いにかかった。
といっても殴りかかったわけではなく、みんなそれぞれにポーズをとって指先や手のひらなどをその巨漢に向け構えている。
「?」
何をしているんだろう?
そう思った次の瞬間、巨漢が「ぐぇっ……!」とカエルが潰れたような声を上げその場に倒れた。
それを合図にしたかのように残る五人が見えない力での応酬を始めた。
一人が誰かを衝撃波のようなもので吹っ飛ばせば、別の一人が今度はその一人を吹っ飛ばす。
どうやらこれまでに俺が戦ったことのある悪霊たちが使っていた技を、ここにいる人たちは全員使えるらしい。
完全に戦いから取り残されていた俺は部屋の隅に移動すると身をかがめた。
まいったぞ……。
俺自身はただの一般人に過ぎないから不思議な力で相手を吹っ飛ばしたり、気絶させたりなどもちろん出来ない。
この場をアヴァロンに任せれば勝ち残れる可能性はあるだろうが、そのためには身の危険を感じる必要がある。
俺は隅っこで縮こまりながら考えを巡らせていた。
すると、
「きみ、そんなところに隠れていたのかい」
男の声が降ってきた。
見上げると額から血を流したグラサン男が俺の隣に立っているではないか。
気付けば俺たち以外は全員床に倒れていて、いつの間にか残るはグラサン男と俺だけになっていた。
俺はグラサン男から急いで距離を取る。
グラサン男はズボンのポケットからハンカチを取り出すとそれで額を拭いつつ、俺に顔を向けた。
「きみ、霊気をまるで感じないね。素人さんかい?」
「れ、霊気?」
「ふっ、霊気も知らないのか。それでよく幻竜斎師範の弟子になろうとしたものだね」
落ち着いた口調で話すグラサン男。
額の傷からはまだ少し血が出ている。
「きみにはわたしたちが何をしていたかまったく視えていなかったのだろうね」
「……」
俺は無意識にごくりと唾を飲み込んだ。
「ふぅ、さすがにちょっと力を使いすぎてしまったよ。まだ一次試験だからね、あとのことも考えて霊力は温存しておかなくちゃいけないね」
言うとグラサン男はハンカチを出したポケットとは違う方のポケットから、おもむろに何かを取り出してみせた。
そしてそれを俺に向け構える。
っ!?
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。そ、それってナイフですかっ!?」
「そうだよ。きみ相手に霊力を使うのはもったいないからね」
「ちょ、ちょっと幻竜斎師範っ! この人武器持ってますよっ! 反則ですって!」
俺は叫ぶが、
「あたしは武器を使っちゃいけないなんて言った覚えはないよ」
と冷静に幻竜斎師範が返す。
んなアホな……!
「わたしは優しいからね、きみが苦しまないように心臓を一突きにして殺してあげるよ」
「ま、待って! 俺棄権しますからっ! 弟子になんかならなくていいですっ! 幻竜斎師範、俺棄権しますっ!」
「棄権なんかルールにないよ。死なないようにせいぜいきばんな」
「なっ!?」
う、嘘だろっ!?
「だそうだよ。残念だったね、きみ」
グラサン男はナイフを俺に向けながらゆっくりと近付いてくる。
勘弁してくれ……こんなわけのわからない状況で死んでたまるかっ。
アヴァロン、俺の声が聞こえてるならさっさと出てきてくれっ。頼むっ!
俺の必死の呼びかけもむなしくアヴァロンは出てくる気配がない。
くそっ、充分身の危険を感じてるっていうのに。
実際に体にダメージを受けないと駄目なのかっ?
「目をつぶっているのはひと思いに刺してくれってことかな? だったら行くよ」
こ、こうなりゃ、いちかばちかだっ。
「うおおぉぉぉーっ!」
俺は腕を振り回しながらグラサン男にがむしゃらに飛び込んでいった。
体格では俺の方が一回り大きい。
それが幸いして俺はグラサン男の腕を掴むことに成功した。
グラサン男は格闘技経験者などではなかったようで動きは意外と鈍かった。
よ、よしっ、これならなんとかっ。
ドォンッ!
捨て身の作戦でナイフを取り上げることに見事成功したまさにその瞬間だった。
グラサン男は手のひらを俺に向け、見えない力を放ったのだった。
「お、温存するん、じゃ……なかったのか、よ……」
そして床に倒れた俺は――
「……ア、アヴァロンっ……」
――そのまま気を失った。




