第12話
翌日の昼休み。
俺と犬飼さんは学校の屋上で鬼頭さんと神里麗子なる女子生徒を待っていた。
「鬼頭さん遅いですね。まさか忘れちゃったんじゃ……?」
「いくらあの子でもそれくらいは忘れないでしょ。今日の朝メールで一応念押ししといたし」
「そうですか……」
……だが待てども待てども二人は一向に現れない。
そして二人が来ないまま結局休み時間は終わってしまった。
「これってどういうことですかね? やっぱり忘れてたんじゃないですか?」
「……」
犬飼さんは何も答えずただ遠くの空を眺めていた。
放課後、探偵事務所で落ち合った俺と犬飼さんと鬼頭さん。
俺が口火を切って話し出す。
「鬼頭さん、昼休みどうしたの? なんで屋上に来なかったの?」
すると鬼頭さんは「? お昼休み、ですか?」と頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。
「神里さんって女子生徒を連れてくる約束だったでしょ」
「え? そんな約束しましたっけ……?」
鬼頭さんはぱちぱちとまばたきをしながら返す。
「いや、昨日ここで約束したでしょ。犬飼さんからも今朝メールがあったはずだし」
「メール、ですか?」
首をかしげる鬼頭さん。
自分のスマホを確認しつつ、
「あれ~? 本当だ……う~ん?」
訳が分からないといった様子で口を尖らせる。
おかしい……鬼頭さんとの会話がまったく要領を得ない。
とここで犬飼さんが口を開いた。
「彩菜、今日はもう帰っていいわよ」
「え、いいんですか?」
「ええ、それと学校ももう通常通りに戻っていいから」
「わぁそうですか~。わかりました、ではお先に失礼しますね」
一礼してから事務所を出ていく鬼頭さん。
それを見ていた犬飼さんが俺に向き直った。
「あの、犬飼さん、これってどういう……」
「なんとなくわかったわ。十中八九、神里麗子は異能者よ」
犬飼さんが静かに言葉を紡いでいく。
「それも私と似たタイプの、それでいて私より強力な異能の力の持ち主ね」
「待ちなさい、神里麗子」
放課後、俺と犬飼さんは神里麗子という女子生徒の帰り道を尾行して人気のないところで後ろから声をかけた。
神里は前髪が長いので目元からはあまり表情が読み取れないが、見知らぬ背の高い男女に突然呼び止められた割には落ち着いているように見える。
「……何か?」
「あんた異能者でしょ。彩菜の記憶を消したわよね、っていうか改ざんしたって言った方が正確かもね」
犬飼さんは長い脚を見せつけるように仁王立ちの姿勢から神里に向かって言い放った。
「……異能者? えっと、何を言っているのかよくわからないんですけど」
神里は首をかしげる。
「私のサイコメトリー能力が効かないはずだわ。あんたが生徒たちの記憶を改ざんしてたんだから」
「……」
「改ざんしたのは同じクラスの生徒だけ? それとも学校中の生徒と教師全員丸ごと改ざんしてるのかしら」
「……」
神里は何も答えない。
「犬飼さん、どういうことですか? 記憶の改ざんって?」
俺は犬飼さんにはまだ何も教えてもらっていない。
ただついてきなさいと言われたからついてきただけだった。
「司、あんた今の話聞いて察しなさいよ。その女は異能者で他人の記憶の改ざんが出来るのよ。多分私みたいに相手に触れることが条件なんでしょうけど」
「なんでそれで犬飼さんのサイコメトリー能力が使えなくなったんですか?」
「使えなくなったわけじゃないわ。記憶の改ざんをした時に頭の中にベールがかけられたような状態になっちゃったから、その相手にだけ私の力が及ばなくなったのよ」
犬飼さんは苦々しい顔をする。
「え? でも俺に対しても犬飼さん、サイコメトリー出来ませんでしたよね」
「それはあんたが知らないうちにその女に記憶の改ざんをされてたせいよ。それしか考えられないわ」
「え、ほんとですかっ? 全然憶えてないんですけど……」
俺が神里に記憶を改ざんされていた?
一体いつ……?
「憶えてなくて当然よ。そういう能力なんだから。でしょ? 神里麗子」
自分より力のある異能者だから気に食わないのだろうか、神里に鋭い視線を向ける犬飼さん。
「これは憶測だけどいじめられてたのってあんたじゃないの? だからいじめの加害者含めそれを知ってる生徒みんなの記憶を改ざんしたんじゃない」
「っ……」
犬飼さんの言葉を受けて長い前髪の隙間から神里の目が泳ぐのが見えた。
「……だったらなんなんですか? わたしは被害者ですよ」
口を少しだけ動かし神里が反論する。
「……何も悪いことはしていないし、誰かにそれを話したところで変な目で見られるのはむしろあなたの方です」
「そうね。でもあいにく私は誰かに話すつもりなんてないわよ」
「……じゃあどうするつもりなんですか?」
異能者をみつけた場合の対処法は隔離するか、殺すか、仲間にするかしかない。
前に犬飼さんが俺に言ったセリフだ。
その通りだとするならば犬飼さんは神里にそのどれかを選ばせるのだろう。
俺が息をのんで犬飼さんをみつめていると、
「別に何もしないわ」
犬飼さんは予想していなかった言葉を口にした。
「「えっ?」」
それを聞いて俺と神里の声が重なる。
「……ど、どういう?」
「犬飼さんどういうことですか? 前に俺に言ったことと矛盾してるじゃないですか」
「何よ矛盾て?」
「だから、異能者をみつけたら隔離か殺すか仲間にするかだって言ったでしょう」
「あー、それね、はいはい。確かに言ったわね」
犬飼さんは俺をなだめるかのように手をひらひらさせた。
「あれはあくまでも組織の決め事であって私個人としてはその考えには反対なの。だから今回は見逃そうってわけ」
「は? じゃあ俺と妹にはなんで――」
「あんたは自分の力の制御がまったく出来ないし、あんたの妹はしでかしたことを考えれば言うまでもないでしょ」
「う……」
そう言われるとぐぅの音も出ない。
犬飼さんは神里に向き直ると、
「まあそういうわけだからあんたのことは見逃すわ。でもその力を使うのはほどほどにしなさいよね、じゃないと話の通じない連中があんたのことをほっとかないわよ」
そう言って忠告する。
犬飼さんの言っている話の通じない連中というのは組織のことだろうか。
「じゃあ行くわよ司」
「あ、はい」
「あー、それと神里麗子。あんた理事長には力を使ってなかったみたいだけど、もし理事長の記憶を改ざんするつもりならもう少しだけ待ってちょうだい。私まだ理事長から今回の報酬受け取ってないから」
「……報酬?」
犬飼さんは振り返っておよそ神里には関係のない話をするとその場を颯爽と立ち去った。
俺は「……報酬ってなんですか?」と不思議そうに訊いてくる神里に「それは忘れていいよ」とだけ告げると犬飼さんのあとを駆け足で追った。




