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夜空に咲く花

作者:

 爆音が遅れて響き、夜空に光の花々が咲く。河岸に集まった見物客のどよめきが伝わる。花火職人が乗った舟から細い光の筋が立ち昇り、上空で大きく弾ける。

 その鮮烈な輝きに目がくらんだ。

 生来より光に過敏だった。燦々(さんさん)と降りそそぐ陽光でさえ目に毒だった。日中はあまり出歩かず、どうしても外出しなければならないときは編笠の下に顔を隠した。

 お医者さまに診てもらっても治療法は見つからなかった。おそらく今の医術で治るたぐいの症状ではないのだろう。文字通り日陰者の娘を、両親は無下むげにはしなかった。手元が見えづらいだろうに、仄かな月明かりの下で母は編み物を教えてくれた。

 その優しい横顔が、逆に辛かった。

 この出来損ないの娘では、将来に渡って大変な苦労をかけるに違いない。自分に何かできることはないだろうか。そういった折、十五夜の月に町の川で花火を打ち上げる話を小耳に挟んだ。

 子供の浅知恵と言うしかない。夜空に打ち上がる色とりどりの花火を瞳に収めることができれば、日常生活の光源にも目が慣れるかもしれないと淡い希望を抱いた。同時に、皆が美しいと口を揃える夜の火花を一目見たかった。目が潰れるかもしれないと、両親から遠ざけられてきたから。

 夜に家を抜け出した。頭上では皓々(こうこう)まるい月が町を照らしている。まともに仰ぎ見ることさえできず、笠を傾けて自分の影を見下ろした。大通りから人の賑わいが伝わり、提灯が行列をなしている。裏路地を縫って、その列を追った。きっと花火が打ち上げられる川へ向かっているに違いない。

 果たして、灯りが寄り集まった向こうに満月を浮かべた川面が見えた。その上で、小舟の影が見える。あれに花火職人が乗っているのだろうか。

 既に目は強い痛みを訴えていた。眩しい月の明かりと数々の提灯が刺激となって、しばしば瞼が下りた。このていたらくで、花火など直視できるものか。今さら自分の行為が無謀だと気づいた。

 どうか一目、一目だけで良いから。私にも花火を見せてください。

 どこにいるとも知れぬ神さまに祈った。路地の陰で俯いていると、か細い笛の音に似た音が聞こえた。今まさに花火が打ち上げられた音だとは知らなかった。面を上げた、ちょうどそのときに光が弾けた。青、橙、赤、緑。色彩豊かな大輪を咲かせた。一瞬だけ瞳に収めた。

 激痛が走った。大衆のどよめきに自分の悲鳴がかき消される。顔を押さえ、川から背を向けた。目から涙がとめどなく零れる。うずくまり、立ち上がることができなかった。文字通り、憧れた光が目に焼きついてしまった。

 両目の痛みをこらえながら、己の境遇を呪った。やはり普通の人たちと同じ光の下では生きられないのか。嗚咽おえつを漏らす。そのときだった。鈴に近しい音が響いた。

 頬を濡らしながら、かろうじて顔を上げた。黒い山々を町が背負っており、次に打ち上げられた花火が咲いた。目を焼く光が、背中越しに山を照らした。

 露わになった山の稜線りょうせんに大きな人影が腰かけていた。まさしく巨人で、額から上がいやに長い。僧衣に似た服装をしており、その手に握った杖の先端には幾つも環をぶら下げている。先ほどの音の源だろうか。

 町を照らす花火の光でさえ、その大きな人の影を払うことはなかった。輪郭だけが山景に溶けこんでいる。町民は夜に咲く花に気を取られ、巨人の姿には見向きもしない。

 両目の痛みを忘れた。光から目を背けた自分だけが、その仙人じみた人影を目の当たりにすることができた。

 神さまも花火を見るのだろうか。涙を流しながら、ぼんやりと思った。

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