表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

1.禁中陥落、或いは物語の始まり

金龍帝国。

近隣の様々な民を従え、大きく大陸に横たう巨大な国。


中央の都を囲むように、北には遊牧民の統治する「ダァ地方」が、西には山の民が統治する「ルオ地方」が、南には平原の民が統治する「ミン地方」が、東には海の民が統治する「シェン地方」がある。

都では、各地方からの使者や挨拶あいさつに来た役人などが集まり、他では見られないにぎわいを見せている。


ダァ地方」を統治する、遊牧民──「草原の民」であるキヤト・アルチ族のおさ、イェケ・ニドンとその息子もまた、禁中しろへとやってきていた。




「ダリタイ様、もう間も無く父上様も戻られる頃でしょう。」


老齢の男の言葉に、漆黒しっこくに近い青い髪を結った少年が、うなずく。


「分かった。……初めて都に来たが、草原や「達地方ウチ」とは違うしきたりやおきてばかりで難しいな。皇帝のものとはいえただの棲家すみかに入るだけで、こんなに時間がかかるものと思わなかった。」


「そのうち慣れますでしょう。それに、今回は若いのを他にも連れてきましたから、皆で共に慣れるように頑張るのが良いかと」


「……そのうち慣れる、か」


ダリタイが深くため息をついた時、ふと視線を感じたのでそちらを見てみる。

豊かな茶髪──否、深い金色(こんじき)の髪を持つ利発そうな少女が、窓からこちらを覗いていたのだ。


「あの貴族は……?」


玉鈴ユウリン公主ひめです。皇帝の実の姪御めいご様ですが、皇帝に「王の資質有り」とされた方です。のちに南の地方からお越しになり、皇帝陛下の養女となられました。……礼をしましょう」


「い……っ!わかった、わかったボルテ・バートル!」


老齢の男ボルテ・バートルに、無理矢理後ろから押されたダリタイは、仕方なく公主ひめに向かって礼をした。

公主ひめはパッと顔を輝かせ、にこやかにひらひらと手を振った。


ダリタイは、その可憐(かれん)で親しげな公主ひめの様子すら、気に入らない。


「貴方様が、「草原の民」から我ら「キヤト・アルチ族」を切り離し帝国に呑み込んだ皇族の方々に、色々と思う所があるのはわかります。が……おさであり我らの地・「ダァ」の領主である父上様が、不利になるようなことはどうかなさいますな。それに我らには今や、「金龍の民」の血も混ざっています。もはや「草原の民」として完全に元に戻ることは、できぬのですよ」


「……分かってる。悪かった。」


小声だが、吐き捨てるように言うダリタイ。

遊牧民としての誇りが強い彼には、かつて自分の氏族が金龍帝国に破れ、遊牧民としての生活を捨てて帝国の一部に組み込まれた事が、許せないことだった。


おさの息子であるにも関わらず、だ。


しかしその気持ちは、都に来てから一層ふくらんでいく。

都の者は皆、草原を失って戦闘力が落ちた彼らを「帝国に敗れて生き恥をさらしているみじめな者達」だと馬鹿にしてきたからだ。


「何より、公主ひめは我らを見て、嬉しそうでしたでしょう。父上様が謁見えっけんしている皇帝陛下も、そのようなお人でいらっしゃります。金龍の王族は、国の成立よりずっと、我らを親しい友としてきたのですよ」


ダリタイは、窓から見えた少女の笑顔を思い出し、口を引き結んだ。

ボルテ・バートルの言う事は分かるが、それだけで気持ちは変われない。


(大体、あれはどう言う意味の笑顔なのか。俺が皇族を嫌っているのは、親父の話じゃ向こうも知っているはずだ。この格好から、俺がイェケ・ニドンの息子だと気づかなかったのか?まあ、相手にしたら「草原の民」の違いなど分からんか。それとも……他に何か理由が……)


「何を考えておるのじゃ。」


考えごとをしていたダリタイに、玉鈴ユウリン公主ひめが近づいていた。

ダリタイは内心あわてながらも、サッと臣下の礼をするボルテ・バートルにならう。


「礼はもうよい。わらわは、ぬしらに興味があったのじゃ。話し相手になっておくれ。ぬしらのおさ……也客イエクー你敦ニードゥンは、いつも忙しそうじゃからの。」


「……イェケ・ニドン。」


ダリタイは、つい公主ひめにムッとしてしまう。


「草原の民」の言葉を、当然のように自分達の言いやすいように言いなおし、それでも尚通じるだろうと気にしない傲慢ごうまんさ。

それが、ダリタイの怒りを増幅させた。


「?」


公主ひめは、キョトンとして首をかしげた。


「おお、公主ひめ様!お久しぶりでございます。お元気でしたでしょうか」


孛児帖ボアティエ巴托バートゥオ、久しいの。今日は見ない顔をよく見るじゃないか。也客イエクー你敦ニードゥンも、知らぬ男を連れていた。」


「今回は、成長して立派に戦士となった者も、多数連れて参りました。若者達にも都に慣れてもらわなくてはなりませんからな。……こちらは、おさの息子のダリタイです。答里台ダーリイタイとお呼びください。若くてぶっきらぼうで、融通ゆうづうかず礼儀知らずな所もございますゆえ謁見えっけんには連れて行きませんでした。しかし、若者の中でも特に優れた戦士です。」


ダリタイは、不満顔を隠すように礼をする。


おもてを上げい」


ダリタイは無表情をよそおうと、顔を上げる。

豪奢ごうしゃ刺繍ししゅうの衣のすそから、よく手入れされた絹の髪としゃらりとれる髪飾りが、視界に次々と入ってくる。

そして、面白そうに目を輝かせる少女の顔に、一瞬目がくぎ付けになる。


「ふむ、よい顔つきだな。狼のように鋭い目だ。だが、馬のように知性にあふれてもいる。きっと気高い戦士なのだろうな。ふふっ……わらわぬしに認められるとよいがのぉ」


「……!」


おそれ多いことで……!」


冷や汗をかきながら、二人はかしこまる。

ダリタイはこの一瞬で、彼女をあなどりすぎていたことを認めざるを得なかった。


「よい。わらわは、ぬしらのように腹芸をせぬ者の方が良いのだ。……」


公主ひめがどこか悲しそうにつぶやいた、その時。

宮殿の奥の方から、悲鳴が聞こえた。


「何っ……?!」


敵襲てきしゅう!敵襲ーーッ!!!」


ダリタイとボルテ・バートルは、サッと剣を抜くと公主ひめを背に警戒けいかいする。


「……まさか、義兄あに上……?!」


怒声どせいが弾け、宮殿の奥で炎の柱が上がる。

そして兵士達の声が、こちらに近づいてくる。


「チッ……あいつらか。おい、皇帝には父達が付いている!それより一度逃げるべきだ、公主ひめ!」


ダリタイの脳裏に、ダァ地方と険悪なミン地方の貴族の名前が浮かぶ。

彼女の義兄は、彼らと強い繋がりがあった。


公主ひめ様、お早く……!こちらからならば、かこまれづらいでしょう」


「あ、ああ……。」


皇帝を気にしながらも、公主ひめは先を急ぐ。

だが、背後から「いたぞ!」という叫びと足音が追ってきた。


「ボルテ・バートル!宮殿に詳しいお前が、公主ひめを連れて先へ行け!俺はこの兵士達を倒して追いかける!」


「頼みます!さ、公主ひめ!」


「そんな、無茶な……!」


「行け!!!」


ダリタイは、公主ひめ一喝いっかつすると、腰に下げたもう一本の短剣を抜いて構える。


敵は、赤みがかった髪の兵士。

槍を構え、ダリタイに突撃してくる。


(赤毛に槍……やはり南方のミン地方の兵士か。動きからして、実戦経験は少ないだろう。馬に乗っているような偉い兵士が襲ってきていたなら、俺が奪ってしまったんだが。運が悪い)


ダリタイは地面をると、一気に敵との距離を縮める。

そして右端の兵士のわきから、剣で派手に切り付けた。


「ぐああああ!!!」


(まず一人行動不能)


敵に致命傷ちめいしょうは与えていないものの、これですぐに戦いには復帰できないだろう。一刻一秒を争う今は、これでもう充分だ。

ダリタイは、狼狽うろたえて槍を振り回す他の兵士を置いて、逃げ始めた兵士に向かって短剣を投げつけた。


(これで二人)


もう一人、逃げ始めた兵士がいる。

ダリタイは横目で彼を追いながら、勇敢ゆうかんにも立ち向かってくる兵士の槍を剣で受け流し、強靭きょうじんな脚でり倒す。


(三人)


もう一人、槍を振り回してくる兵士がいる。

先程り倒した兵士をもう一度蹴り付け、一緒にぎ倒す。


(四人)


「ひいい……っ!」


逃げていく兵士を追い、ダリタイは剣を構える。

脚が震えた新兵など、恐るるに足らない。


(これで五人……!)


「ぐわあっ!!!」


ダリタイは兵士の背中を袈裟けさ斬りにして、ピッと血を払う。

そして倒れてうめく兵士から、短剣を容赦ようしゃなく引き抜くと、ボルテ・バートルと玉鈴ユウリン公主ひめの後を追った。




(戦いの音、か……?!)



ダリタイが先を急ぐと、公主ひめを守りながら戦うボルテ・バートルの姿があった。

丁度彼は、敵の最後の一人を地面に転がした所だったようだ。


「遅かったですな、ダリタイ様」


「流石"蒼き英雄ボルテ・バートル"。あんたも、無事なようだな。公主ひめ


ボルテ・バートルがダリタイをたしなめようと口を開くのを、青ざめた顔の公主ひめが制す。


「……ああ。ぬしのおかげじゃ。……この先にある龍の神殿に、抜け道があるはずじゃ。そこから脱出したいゆえ、手を貸しておくれ。答里台ダーリイタイ


ニコリと健気けなげに笑顔を作る公主ひめに、ダリタイは胸がめ付けられる。


やはり皇族は、気に入らない。


しかし、急に起こった危機に動じず、父親の命の危険にも取り乱さず、彼女は真っ直ぐ自分に助けをうた。

公主ひめを嫌う自分を、権力で押さえつけることなく。


「……どう足掻あがいても、俺の主はあんたなんだろ。ならただ、命じればいい。行くぞ!」


(そうだ。ただ命じれば、良いものを……!)


二人が先行する後ろで、ボルテ・バートルが頭を抱えながら続く。

そうこうして神官と襲撃者の争いが始まった龍の神殿の裏側に忍び込むと、植木に隠されふたをされた古井戸が見つかった。


「……ここは、そんなに深くないのじゃ。だから……逃げることが、できる」


喧騒けんそうの中、公主ひめはさらに青い顔をして言った。

逃げる、と言う声が震えていた。


「……行きましょう。」


ボルテ・バートルの言葉に、公主ひめうなずく。

ダリタイは、ヒラリと古井戸の中に入ると、公主ひめに手を伸ばした。


「ありがとう。」


公主ひめはダリタイの手をにぎると、古井戸の中に恐る恐る入っていった。

そしてその後ろを、フタを持ったボルテ・バートルが続く。


流石さすがに暗いな。火打ち石はあるが、燃やすものが無い」


仕方なく、ダリタイは左手で壁に手をついて歩くことにした。


辺りの様子は見えないが、風の流れがある。

出口は確実に存在するのだ。


公主ひめ。仕方がないから、あんたは俺の肩に手を置いて付いてきてくれ。俺が先を行く。」


「……分かった。気をつけよ」




三人は無言で、長い暗闇の中を歩いていく。

途中石に蹴躓けつまずきながらも、確実に前に進んでいた。


「……光が………!」


暗闇の中に差す、天からの一条の光。

同時に、通路の石の感覚も、ゴツゴツしたものから整ったすべすべした感触にかわっていた。


出口となる古井戸に、辿たどり着いたのだ。


公主ひめ、少し下がっていてくれ。ボルテ・バートル、物音がしないし先に俺が出て、外を確認してみる。」


「頼みますぞ。ダリタイ様」


ダリタイは、剣で天を軽く突く。

やはりフタがしてあったらしく、ズレた所から光が広がって空が見える。


ダリタイは剣を腰に下げると、よじ登って辺りを見回す。

敵どころか、人気ひとけが全く無い。


「出られそうだ。公主ひめ、手を。」


ダリタイが手を貸し、公主ひめを引っ張り上げる。

その時、公主ひめの着ていた美しい着物が、土で汚れて悲惨ひさんなことになっていることに彼は気がついた。


しかし彼女の目は、そんなものを写していない。

初めての禁中の外に、オロオロと忙しく目を向けている。


「妙な場所に出たようですな。……これは」


古井戸から出てきたボルテ・バートルは、遠くの景色を見て息を呑んだ。




燃えるように色づいた木々。

その生い茂る向こう側は、丘になっていた。


そこから、更に激しく燃え盛る宮殿が見える。




急に強い風が吹いて、木々がざわめいた。



「あ……」


気丈にも皇女らしく振る舞っていた玉鈴ユウリンの目から、涙がこぼれ落ちた。


「ああ……!なんで、なんで……!お父様……っ!!」


玉鈴ユウリンはその場に崩れ落ち、涙を流す。

ダリタイも、禁中しろから目を離すことができなかった。


(ああ、皆……無事でいてくれ……!)




それから、禁中しろは一日中燃え続けたという。

炎が消えたその時には、禁中しろあるじは新しい皇帝のものに成り代わっていた。



玉鈴ユウリン義兄あに一孟イーモウによって。





明日21時に続きを更新します。


【髪色と地域について】

五行をなるべく当てはめてます。

東は緑、西は銀(五行では白)南は赤、北は青(五行では黒)っぽい毛色です。都の人はスタンダードな黒ですが、皇族は髪色が黄色味があります。

なぜ派手髪にしていないかというと、「やっぱりアジア人は黒っぽい髪色のほうが似合う気がする」という、私の個人的見解によります。


【発音について】

主人公はやたら気にしてますが、そもそもダリタイという表記はモンゴル語に忠実ではありません。

ダーリタイよりダリタイの方が自分のイメージの遊牧民の名前っぽいと思ったので、後者を採用しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ