閉ざされた帰り道
閲覧ありがとうございます。夏のホラー2023企画に参加しています。
初めてのホラー作品です。作者はホラー映画は見れないビビりなので、恐怖は期待しないでください。R15は保険です。残酷描写はそれほど詳細に書いてないはず、です。
久しぶりの帰省に改めて実家は田舎だったんだと思い知らされた。大学進学のために地元を離れてそのまま就職して地元にはそれ以来帰っていなかった。今年のお盆も同窓会がなければ帰ってくるつもりはなかった。実家に帰るにも結構な交通費もかかるし、アプリを使えば顔を見ながら会話もできるからそこまでして帰省する必要性はなかった。
今年は同窓会開催のお知らせが実家に届いたので、友達に会うために帰省することを決めた。大学に進学してからは連絡は取っているものの会うのはとても久しぶりだ。それぞれ違う県の大学に進んだから中々会うことができなかった。社会人になってお金が貯まったら会おうね、とは言ったものの予定が合わずに立ち消えてしまっていた。
ちょっと緊張しながらも余所行きのワンピースを着て、会場に向かった。会場は駅から少し歩いたところにあるホテルだ。家よりも会場のほうが近いから、同窓会に出席してから実家に帰る予定だ。会場の受付で荷物を預けて中に入った。辺りを見回すともう随分と人が集まっていた。同窓会と言っても近隣の地区と合同のため、知らない人もたくさん参加している。
「もしかしてミキ?」
「あ、キコ。久しぶりっ!」
声をかけられて振り向けば幼馴染みのキコが立っていた。高校生の頃よりずっと大人びていて、会えなかった時間を感じさせた。キコも県外に進学して地元に戻らなかった一人で会うのは本当に久しぶりだ。
「会えてよかったよ。思ったより人が多くてびっくり。ススムとトオルももうすぐ会場入りするって連絡来てたよ。」
「ホントだ。連絡来てたの全然気がつかなかった。」
「そうだ、二人が見付けやすいように写真送ろうよ。」
そう言ってキコは近くのスタッフにお願いしてツーショットを撮ってもらった。それをメッセージアプリで二人に送信した。すぐに二人分の既読がついて、今から会場入りというメッセージと共に二人が写った写真が送られてきた。
「ススムとトオルは会場に入る前に合流したみたい。」
「私たちも入口の方にいこうよ。二人が入ってきたばかりなら見付けやすいと思うよ。」
「そうだね。早く行こう、ミキ。」
私たちが入り口付近に行くと丁度、ススムとトオルが入ってきたところだった。高校生だった頃は二人ともチャラい感じだったけど、随分と落ち着いた大人の男性になっていた。
「よお、久しぶり。こうして会うのって何年ぶりだ?」
「高校卒業して以来だから最低でも四年は会ってないよね。」
「二人も県外就職だったよね?」
「そうだけど、俺は隣の県だから割と頻繁に帰って来てる。」
「俺も同窓会とかなかったら怠くて帰ってくる気なかったわ。それでせっかく帰って来たんだし、思い出の場所に行ってみようってススムと話してたんだ。」
「いいね。私も行きたい。ミキも行くよね?」
「うん、勿論。」
「じゃあ、明日の朝に秘密基地入口に集合な。」
皆で子供の頃に遊んだ秘密基地は小学校の裏にあった森の中にあった。ずっと昔、その森の中も人が住んでいたらしくて私たちが秘密基地と呼んでいた場所には錆びた遊具が残されていた。小学生の頃はいつもそこで五人で遊んでいた。私とキコとススムとトオル・・・もう一人いたと思うのにそれが誰なのか思い出せない。
少しモヤモヤした気持ちを残したまま同窓会を終えた。そしてその日の晩、私は誰かととても大事な約束をしている夢を見た。その約束がどんなものなのかもわからないけれど、指切りした記憶だけが鮮明に残っていた。
次の日の朝、秘密基地の入口に向かった。誰も手入れしていないのか目印にしていたポストがなければ、ここに道があった事さえ分からないほど草が生い茂っていた。心なしか森が私たちを拒んでいる気がした。随分と人数が減ったとはいえ近くに小学校もあるのに誰ももう森には入っていないんだと少し寂しく感じる。
「うわ、鉈を持って来て正解だったな。これじゃあ、入ることもできない。」
「ススム、準備いいね。でも、そこまでして入る必要あるかな?」
「お前ら全然帰ってこないんだし、次はいつ懐かしめるかわからないだろう?」
「まあな。せっかくここまで来たんだし、今の秘密基地がどうなってるか見てみようぜ。」
ススムとトオルが鉈で蔓や雑草をはらいながら森の中へ入っていく。その後ろをキコと私が着いていく。森の中は記憶の中よりもずっと鬱蒼としていた。こんなに森の奥だったかな、と思いながらみんな居ついていく。そしてようやくたどり着いた秘密基地はいまだに存在していた。鉄製の遊具は腐食が酷くて大人になった私たちが乗ればすぐに壊れてしまいそうだ。
ふと、ジャングルジムを見上げてここにはいないもう一人に関する記憶がフラッシュバックした。夕暮れ時にジャングルジムの天辺で私を見下ろすあの子。そしてジャングルジムの下は夕日とは違う何かで真っ赤になっていた。そうだ、あれは・・・
「ミキっ!ミキってば!」
「あ、ごめん。ぼうっとしてた。」
「もうっ!あそこ見てって。」
「どう見ても建物にしか見えないけど、あんなところに家なんてなかったよな?」
「あの頃はこの秘密基地を中心に森の中もあちこち探検してたはずだし、目視できる範囲に建物はなかったはずだ。」
「私たちが来なくなってから誰かが建てたのかも。」
「行ってみようぜ。」
建物に近づいていくとヴォンと何か膜のようなものを通ったような奇妙な感覚に襲われた。それは私だけではなかったようで、皆も不思議そうにあたりを見回していた。不気味な感覚にこれ以上建物に近づくのが怖くなった。
「ね、ねえ。引き返した方がいいんじゃない?」
「なんだミキ、怖いのか?ここまで来たんだからあの建物だけでも見ていこうぜ。」
「俺もあの建物は気になるし、あれだけ見たら戻ろう。」
不安になりながらも進んだ先にあった建物は一つではなかった。いくつも並んだ建物はどう見ても古い家で、まさに村と呼んでも差し支えなさそうな数だった。それに廃村にしては建物の老朽化が目立たず、普通にまだまだ住めそうな感じだった。けれど、森の中に集落があったのは曽祖父の小さいころだったはず。そう考えると目の前の家は古民家とはいえ、きれいすぎる気がした。
「最近できた集落にしては家のデザインがどこか古いな。」
「道も舗装されてないよ。それになんだか静かすぎない?」
そうキコ言われて背筋がヒヤリとした。森の中まではセミの声があんなにうるさかったのに、今はセミの声が聞こえない。風で揺れる木々の音もどこか遠い気がする。不気味さに段々と不安が大きくなっていく。
「ね、ねぇ、もう戻ろう。」
「そうだな、誰も住んでなさそうだし。」
「俺も帰ったらここの事を両親に聞いてみるよ。」
家々はそこまで古くはないけれど暗くて冷たい感じの空き家独特の雰囲気があった。おそらくここには誰も住んでいない。私たちはそう結論付けて元来た道を戻り始めた。そして、先頭を歩いていたススムが足を止めた。不思議に思って前を見ると一人のおばさんが立っていた。一気に空気が張り詰めた私たちにおばさんは慌てたように走ってきた。
「あんたたちどこから入って来たんだい?ここにいちゃいけない。早く帰りな。ほら、早くっ!」
おばさんの剣幕に私たちは追い立てられるように走り出した。秘密基地からここの建物が見えたはずなのに、帰り道は遠く感じた。走っているはずなのに歩いてきた行きよりも遠い気がする。こんなに走ったのは久しぶりですでに息が苦しい。けれど必死にみんなの後について走った。
「秘密基地が見えたぞっ!」
トオルの言葉に視線を上げたその途端、目の前からみんなの姿が掻き消えた。突然の出来事に足を止めて、辺りを見回しても誰の姿も見えなかった。怖くなってみんなの名前を呼びながらひたすら走った。どのくらい走ったのかわからないけれど、開けた場所に出た。やっと森を抜けられたと思って顔を上げるとそこはあの集落の前だった。
「あんた、さっきの子かい?何で戻ってきたんだい?戻れなくなるよ?」
「みんなが目の前で消えて・・・そのまま走っていたら気が付いたらここに、戻ってました。」
「そうかい。可哀想にあんたは選ばれた。もう帰れないよ。」
「帰れ、ない・・・選ばれたって、どう言うことですか?」
「そのままの意味さ。あんたはここの神に選ほら、こっちに来るんだよ。」
さっき私たちを追い返したおばさんが私の手首を掴んだ。予想以上の強さで掴まれて、痛いくらいだった。放してくれるよう頼んでみたけれど、私の言葉に一切耳を貸さずに強い力で集落の奥へと進んでいく。そこには集落の中でも一際大きな屋敷が建っていた。地主の家だろうかと思っていると、おばさんは勝手にその家の庭に備え付けられた勝手口から中に入った。そして、庭の隅にある蔵に向かった。
「恨むなら神に選ばれた自分の運命を恨みな。」
そう言っておばさんは私を蔵の中に突き飛ばした。バタンと重い扉が閉まる音がして、続けてガチャと鍵が閉まる音がした。慌てて扉に駆け寄って、押してみたけれどびくともしなかった。これからどうしようかと振り返ったそこには、小学生くらいの男の子が立っていた。
そして、その男の子を見た途端に昔の記憶がフラッシュバックした。小学生だった私たちはこの男の子とよく一緒に遊んでいた。そして私が日直でみんなと合流が遅れたあの日、悲劇が起こった。何が原因だったのかわからないけど、私が秘密基地に着いた頃には全てが終わっていた。
男の子はジャングルジムの上で楽しそうに笑っていた。そして、ジャングルジムの下にはバラバラにされたみんなの身体があちこちに散らばって、地面が真っ赤に染まっていた。目の前の光景が信じられず呆然としていた私に、男の子が望みは何かと聞いてきた。その時、私は願いと引き替えに男の子とある約束をした。
「お帰り、ミキ。ずっと待ってた。これからはずっと一緒だね。」
男の子の足元から影が膨らんで、私の足下まで広がるとズブズブと私の体は影の中へと沈んでいった。逃れようともがけばもがくほどより深く沈んでいく。このまま死ぬのかと思うと怖くて目の前の男の子に思わず助けを求めた。
「カイキっ!お願い助けてっ!」
「大丈夫、ミキを傷つけたりしないよ。だから安心して。」
「・・・うん、分かった。」
「僕がずっとそばにいてあげるからね。」
あれだけの不安と恐怖がカイキの言葉で何事もなかったかのように凪いだ。自分より小さなカイキの手で頭を撫でられるだけで不思議と安心できた。そうだ、ここに住んでいた時はいつだってカイキが私を守っていてくれたんだった。カイキがそばにいてくれるならどこだって安心だ。そう思った私は目を閉じて意識を手放した。
十年前、とある山間の小さな集落で大量殺人事件が起きた。生き残ったのは昔からその地に住む地主の一族と偶然にも下校が遅くなった小学生の少女一人だけだった。遺体は判別がつかないほど無残に切り裂かれており、犯人もいまだ見つかっていない。地主の一族よると集落の人々は土地神の怒りに触れたと証言している。
警察が調べた所によると確かに土地神をまつってあった祠は無残に壊され、燃やされていた。集落の人々が何故そのような恐慌に出たのかはわかっていない。また、祠の破壊と殺人事件の関連性は見当たらなかったため、その地域では有名な未解決事件となっている。
さらに年に数人が怖いもの見たさなのかその集落で行方不明になっている。また死者が生前と同様に生活をしていると戻ってきた人が証言していると言う噂がSNS上で拡散され、来る人が後を絶たない。そのため地元警察も頭を悩ませている。
「ねぇ、この記事どういうこと?」
「俺に聞かれたって分かるわけないだろう?」
「あの時見た奇妙な集落は生き残った地主の一族の家か?」
「でも、この記事に書いてある集落って私たちの実家がある集落でしょ?地主と小学生が一人だけ生き残ったって。じゃあ、私たちは何なのって話よ。」
どうにか秘密基地にたどり着いた三人は直ぐにミキがいない事に気づき、辺りを探し回った。けれど、ミキの姿どころかあの奇妙な集落にもたどり着けなかった。そうしてなにか手がかりはないかと図書館で調べていると地方新聞に記載されていた先ほどの記事を見つけたのだ。
「いや、でも俺たちも親だって普通に生活してるし。」
「でもさ、時々知らない人からすごい怖がられる事ってないか?」
「おいおい、何言ってんだよススム。自意識過剰なんじゃねえの?」
「死者が生前と同様に生活しているって私たちが死んでいることに気づいていないってこと?」
「キコまで何言ってるんだよ。俺たちはちゃんと大学を卒業して就職しただろう?」
「でも私、ミキに仕事の事を詳しく説明できなかったの。それで、経済学部の知識を生かせるところだよって答えたんだけど、経済学部で何を学んだのか詳細が思い出せなくて・・・」
「俺も何をしてるのって聞かれて答えられなかった。それに同窓会で部活で一緒だった奴に声をかけようと思っていたのに、同じ部活だった奴の顔が思い出せなかったんだ。」
「ねえ、やっぱり私たちって・・・」
「そうだよ。もうとっくの昔に死んでるよ。」
この場にいるはずのない人物の声が聞こえて、三人はビクリと体を震わせた。声を聞いただけなのにあの日の痛みと恐怖が一気に蘇ってきた。
「ほら、逃げて僕を楽しませてよ。どこまでも追いかけてまた殺してあげるからさ。」
恐怖のあまり走り出したキコは数歩も進まないうちに床に思いきり転んだ。足に違和感を覚え、足を見下ろすと足首から先が向こうの方に落ちていた。そして足首からまるで砂が崩れるようにボロボロと体が崩れていった。助けを求めてススムとトオルの方を見ても同じように指先から崩れていた。
体のどこかが崩れるたびに走馬灯のように過去の記憶が蘇った。目の前の少年に何度も何度も殺される記憶だ。これが何度目の死なのかさえ分からない。けれど、今の死が終わってもまた次の死が来る。なんど死を体験してもその恐怖にも痛みにも慣れはしない。
「ごめんなさい。もう許して。お願い、もう許してぇ。」
「ダメ。許さないよ。だって君たちはミキがそういっても許さなかったでしょう?」
「俺たちが悪かった。ミキにも謝るから。もう許してくれ。」
「嫌だよ。散々、ミキを利用して捨てたやつらの願いをどうして僕が聞いてあげなきゃいけないの?」
「どうしたら許してくれるのですか?」
「そうだね。僕が満足するまで死んでくれればいいよ。まあ、それまで君たちの魂が耐えられるかは分からないけどね。」
キコたちは繰り返される死に絶望し、徐々に崩れていく体を見ながら涙を流すことしかできなかった。
読了ありがとうございます。
ホラー作品らしくないかもしれませんが、少しでも怖かったと思っていただければ嬉しいです。
執筆しているうちに当初のプロットからずれてしまいました。特に最後が。
ミキが帰れなくなるのは最初から決めていたんですけど、帰った三人があんな事になるとは全く思っていませんでした。
カタカナ表記にしていた登場人物の名前ですが女性二人はミキ(未帰)、キコ(帰子)という意味で付けました。カイキは回帰と怪奇をイメージしています。
幼馴染たちとの関係性など想像を掻き立てるような謎を残した方がホラー的にはいいかと思い、背景はふんわりした感じにしたんですけど、さじ加減が難しいですね。精進します。
拙作を読んでくださりありがとうございました。