巨大艦星とダンジョン
『艦内に侵入者、艦内に侵入者、全ての戦闘員は手近のフロアで迎撃せよ! 繰り返す。艦内に侵入者、艦内に侵入者、全ての戦闘員は――』
緊急警報と共に艦内全域が慌ただしくなる。日頃の退屈な警備しか経験の無い者たちは右往左往しながら駆け回っていた。艦内への侵入など過去には無かったのだ、あのラヴィエルですら相当焦っている事だろう。
いや、一度だけ有ったか? 我々が生まれる前にバハムートと呼ばれる狂暴な竜が乗り込んで来たという記録がある。その時はオブジェとして鎮座しているリヴァイアサンが撃退したらしいのだが。さて、どこまで本当の話やら。
「ノットー将軍、警備が居なくなりました。今ならラヴィエルを……」
「…………」
「……将軍?」
「おっと、すまん。少し考え事を……な」
いかんな、この大事な局面で過去に浸っている場合ではないというのに。こんな情けない父だから娘のマリアンヌは軍を去ったのだろう。
そして娘の判断は正解だった。何故なら今から行われるのは反逆。紛うことなき国家転覆なのだから。
「将軍、司令室周囲のクリアニングを完了しました。通路も封鎖しましたし、万が一警備兵が戻ってきても時間を稼げます」
「うむ」
これで準備は整った。後はラヴィエルを拘束し、宇宙軍総司令の座から降りてもらうまで。
「ではアイカ、司令室の中を探ってくれ」
「了解です」
傍らに控えていた少女――アイカにスキルの発動を促す。
「行きます――インビジブルホークアイ!」
アイカは特殊なスキルを持っており、これを使うと遮蔽物を貫通して奥を見渡すことが出来るのだ。
本来宇宙に住まう者がスキルを持つなど有り得ないのだが、遠い先祖が惑星イグリーシアの者らしい。受け継いだ名も特別なもので、初代アイリーン創設者と深く関わっているのだとか。
だが名前など関係ない。アイカの活躍でここまで来れたのだ、感謝しかない。
「サーチ完了。司令室の中はラヴィエルだけです」
正に絶好の機会だ。この機を逃せば次はないだろう。
「では突入する。先頭は……アイカ、頼めるか?」
「もちろんです。わたくしにスキルが付いたのもご先祖のお導き。銃の扱いもわたくしの方が上ですものね」
バチバチバチッ!
一瞬だけ悪戯っ子のような笑みを浮かべると、次の瞬間には真顔となったアイカが扉上部のセンサーに向けて発砲。すぐさま別の隊員たちが扉を開くと一斉になだれ込み、こちらに背を向け巨大なスクリーンを前に鎮座しているラヴィエルに銃を突き付けた。
だが当のラヴィエルに動じる様子はなく、不審に思いつつも私は声を発する。
「ラヴィエル、貴方の負けです。すぐに投降して下さい」
「…………」
「いつまで意地を張っているつもりですか? 優勢だ何だと高を括っていた結果がこのザマです。もう我々に勝ち目はありません」
「…………」
「艦星に住む者は無条件に貴方への忠誠を余儀なくされた。彼らへの負担を少しでも和らげるのが責任者の勤めではないのですか?」
「…………」
「ラヴィエル!」
無視し続けるラヴィエルに苛立ち、奴の肩に手をかけた。すると奴は振り向きもせず信じられない台詞を吐き出す。
「騒がしいですねぇ。敵が迫っているというのにボクに対して説教? 困りますねぇ、危機感の無い輩は。ですが良いでしょう。いずれボクは神となる存在。多少の粗相は大目に見ますよ」
「か、神……だと?」
敵の侵攻に圧されて気でも狂ったか? しかし奴は何事もなかったかのように言葉を続ける。
「ボクとラヴィリンスは長きに渡って争ってきました。どちらがアイリーンの後継者に相応しいかをね。アイリーンは他を寄せ付けない程の巨大な組織として君臨し、惑星イグリーシアにおいては敵となる存在は無いばかりか、こうして宇宙にすら進出している。そう、この戦いの勝者こそがイグリーシアと宇宙の双方を手に入れられる。それは即ち、神と言うべき存在に他ならない」
艦星から覗く宇宙の先には巨大な惑星イグリーシアが見える。それを支配するのであれば神と言っても過言ではない……か。
「フン。支配したいのなら勝手にするがいい。しかし貴様には統治者としての責任がある。足元を見てみろ。長らく続く戦いのせいで民の皆は疲弊しているのだ。このままでは崩壊するぞ!?」
「そこで民の不満を解消するため、ボクを引き摺り下ろすというのですね。そして見返りにラヴィリンスに取り入ろうと」
「我々にとってはどちらが勝っても同じ。目的は戦いを終わらせることだ!」
「そうですか。残念ですよ、とてもね」
「ほざけ! 貴様を拘束し、侵入者に引き渡す。捕えろ!」
私の命令に隊員たちが動く。どうせラヴィエルの戯言だ、時間を稼ぐのが目的だろう。
しかし次の瞬間、我が目を疑う光景がそこに広がっていた。
シュン!
「バ、バカな!」
「奴が……消えた?」
「将軍、ラヴィエルの姿がどこにも――」
『フハハハ! ここだよ諸君』
狼狽える我々を嘲笑う声が、正面のスクリーンから聴こえた。
「き、貴様、スクリーンの中に……」
『正確にはコアルームだよ。ボクたちアイリーンの一族は漏れなくダンジョンマスターとしての能力を得ているのでね。その能力を使えば一瞬にしてダンジョンに帰還できるのさ。こうやってね』
ダンジョンマスター。アイリーンの知識の一部として記されてはいた。あまり興味がなかった故に深く調べはしなかったが。
「なるほど、だから余裕ぶっていたのか」
『そういう事さ。ま、ボクを捕まえたければダンジョンに来るといい』
「何処にある?」
『近い場所に入口があるよ。ま、頑張って探すことだねぇ。アハハハハハ!』
高笑いを最後にスクリーンは閉じてしまった。隊員の1人が慌てて視線を向けてくる。
「しょ、将軍!」
「落ち着け。入口は近くにあると言った。必ず有るはずだ。全員でしらみ潰しに――」
ドゴォォォ!
すぐ近くで爆発音!? 警備兵が戻って来たのか!
『大変です将軍、侵入者がすぐ近くに――うわぁ!?』
悲鳴と共に通信は途絶えた。
これは想定外だ、我々に残された道は大人しく投降する以外にない。そして案の定、侵入者たちが扉を壊して押し入って来た。
バキィィィ!
「む? 押しただけなのに扉が壊れてしまったな」
「アホかゴトー。こういった造りは自動で開くのが常識だぞ」
「でも入口のゲートは開かなかったぜ? 最初から壊れてんじゃねぇのか」
「何でもいいからさっさと入りなさいな」
見るからに非武装な少年少女たちがゾロゾロと入ってきた。
いや、少年少女だけではない。マスクをした柄の悪そうな女に白髪の青年、タキシード姿の老紳士まで居るじゃないか。
これが侵入者? とても戦闘員には見えないが……。
「ルシフェル様、ラヴィエルの姿が有りません。部下を置いて逃げたようです」
「きっとダーリンの活躍を見て怖くなったのよ。さっすがダーリン♪」
「そんなことよりラヴィエルを探しましょう。――貴方たち、奴の居場所はご存知なのでしょう?」
「「「…………」」」ビクッ!
白髪の青年に言われ、私も隊員も身を縮こませる。細目でありながらも射貫くような紅い瞳には、嘘を許さないという絶対の意思を感じたからだ。
しかし参った。敵対したくはないが、ラヴィエルの居場所はこちらが聞きたいくらいなのだ。素直に知らぬと言うべきか? だが機嫌を損ねる選択を取りたくはない。――等と脳裏で思考を巡らせていると、2人の少女から救いの手が差し伸べられた。
「お待ちなさいウワベ。無駄に威圧するものではありません」
「トワの言う通りだ。敵意を向けて来ないのだから敵対の意思はないのだろう」
「まぁお二人がそう仰るのなら」
緊張が解け、重かった空気が一気に軽くなる。そして私は情けなくも床にへたり込んでしまった。他の隊員も額の汗を拭っており、それだけで彼らが只者ではないのだと認識できる。
そんな正体不明の彼らに対してアイカだけは別の感覚を得たらしく、瞳を輝かせて駆け寄っていく。
「貴女!」
「む? 何だ、私に何か――っておい!」
ヒシッ!
「ああ、やっぱりそうだ。貴女から懐かしい匂いを感じる!」
あろうことかアイカが少女の1人に抱きついたのだ。九死に一生を得たというのに何て無謀な行動に! しかも懐かしいとはどういうことだ!? ダメだ、まったくもって分からん!
「ねぇダーリン、懐かしいって何だろうね? 抱きつきたくなる匂いってこと?」
「祖父母の家に行くとそのような匂いがする。そういうことだろう」
「え"、それって臭いってこと!? ヤダも~メグちゃんくさ~い♪」
「メグミ、貴女キチンとお風呂に入ってますの?」
「口裂けの俺が言うのもアレだが風呂は入ったほうがいいぜ?」
「アホか! ちゃんと入っとるわドアホゥめが! ――おい貴様! 懐かしいとはどういう事だ!? 私はお前を――」
何かを言おうとしてメグミという少女が動きを止める。そして新たな事実に気付いたようで、アイカの顔をマジマジと見始めた。
「お前、アイリーンの関係者だな? 僅かながらアイラとの繋がりを感じるぞ」
それから少女――メグミは驚くべき事を打ち明けた。




