暴発
「キキィ!」
あの後も絶え間なく現れるガーゴイルの群れ。ですがここまで来て遅れをとるわけには参りませんわ。
「どれだけ登っても現れますわね。しつこいったらありゃしませんわ。こうなったらガーゴイルを無視して突っ込みますわよ」
「なんでぇ、殲滅しねぇのかよ?」
「キル子、わたくしたちの目的はガーゴイルの殲滅ではありません。目的はただ一つ、タワーの攻略に他ならな――」
そう意気込んで上を見上げたその時……
ベチョ!
「――って、何ですのコレは? わたくしの顔にヌチョッとしたものが……」
「ト、トワ様、それは……」
ミチオが答えるより先に、キル子が爆笑しながら教えてくれました。
「ウッシャシャシャシャ! トワ、おめぇのそれ、ガーゴイルの糞じゃねぇか!」
「フン? フンとは……」
「あ? フンはフンだろ。目糞、鼻糞、野糞、オール糞。オーケー?」
「っ!」
フン!? ガーゴイルがフンを落としましたの!?
つ、つまりわたくしの顔にはガーゴイルのフンが……
「…………」プルプル
「んあ? どうしたトワ、そんなに震えちまってよ?」
「――せません」
「……え?」
「許せませんわ! こんの――ゴミ共がぁぁぁぁぁぁ!」
「うぉ!? トワが切れた!」
当たり前です! 顔にフンをぶっかけられて喜ぶバカが居てたまりますか!
それともガーゴイルのフンで洗顔しろとでも? 冗談じゃありません!
「一匹残らず粉砕して差し上げますわ――ゴッドオブライジングブリザーーーーーード!」
ビュォォォォォォォォォォォォ!
下から吹き上げる猛吹雪によりガーゴイルが氷像と化していきます。ええ、全力で放ったのですから一溜りもないでしょう。隣のキル子が肩半分を凍りつかせてますが知ったこっちゃありません。(←少しは気にして)
「か、肩が凍って……ヴゥゥゥ寒っ! おいトワ、そろそろいいだろ?」
「いいえ、まだです」
「え?」
ガーゴイルはもとよりタワーに苛立ちを覚えました。このようなものが存在するから世の中がおかしくなるのです!(←完全に八つ当たり)
「あなたたち、上層を全力で攻撃なさい。凍り付いた今なら楽に壊せるでしょう?」
「いいのか? タワーをぶっ壊すことになっちまうが」
「わたくしがいいと言ったらいいのです! 隅々まで破壊してエアーズロックにして差し上げなさい!」
「お、おう……。じゃ遠慮なくいくぜぇ!」
キル子たちが攻撃を加える度にタワーの上層が崩れていきます。ええ、壁が崩れ落ちる音と振動のハーモニー、とても芸術点の高い音色ですわ。(←お~い、戻ってこ~い)
「さて、そろそろですわね」
わたくしがそう呟くと、穴の空いた天井より落下してくる者が1人。侵入者の片割れジャスパーですわ。
「おいおい、お前らタワーを壊す気かよ。せっかくの根城なんだ、そっとしといてもらいたいね」
「む? 妙なことを言いますな。貴殿は侵入した側だと認識しておりましたが」
「ああ、それな。フッ……」
ハントの指摘にジャスパーが不適に笑い、衝撃の事実を明らかにしました。
「活のいい身体が手に入ったんでな、有りがたく使わせてもらうことにしたのさ。長いこと建物に寄生してるだけの存在だったしな、久々の肉体憑依ってやつだ」
今ので全てを理解しました。
「貴方、中身はタワーですわね?」
「そういう事さ。そろそろアイツも来ると思うぜ? ――ほら、噂をすればってやつだ」
魔王ベルフェーヌも戻って来ました。まさか彼女まで乗っ取られるはずは……
スタッ!
「ククククク。いいわいいわ~、身体能力も魔力も平均を遥かに上回ってるじゃない。これならしばらく楽しめそうね♪」
この喋り方は!
「タワー……ですね?」
「フフ~ン、大正解♪」
タワーには二つの意思がありました。一つは女性で、もう一つは男性のもの。ベルフェーヌとジャスパーでそれぞれ分けあったのでしょう。
「他者の身体を乗っ取る……。とても勇者のやり方とは思えませんね。本当に塔なのですか?」
「アッハハハハ! とってもいい質問よそれ。だって私たちはタワーなんかじゃないんだもの」
「……は?」
「言ったでしょ? 私たちはそこらを漂うだけの思念体だって。寄生していただけなのよ、塔にね」
タワーに寄生?
「分かってない顔をしてるわね? 説明する義理はないけれど特別に教えてあげる。数百年前、偶然にも私たちは持ち主の居ないタワーを見つけた。理由は不明ながらも何らかの力が働いていて、無限に魔物を発生させられる事が分かったのよ。暇潰しには丁度いいやって事で、私たちはタワーを根城にする事にした。それから現在まで寄生し続けていて、いつの間にか塔って呼ばれるようになったってわけ」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい。偶然見つけたですって?」
「そうよ? だって持ち主が居ないんだもの、利用しない手はないじゃない。しかも地上の連中は大役職だの塔だのと崇めてくるし、信仰も高まって一石二鳥よ。お陰で魔王や勇者ですら無抵抗で憑依できちゃうんだもの、もう無敵と言っても過言じゃないわね」
本当にそうでしょうか? 大した実力のないあの勇者はさておき、魔王の身体を簡単に乗っ取れるとは思えません。
それに持ち主不在のタワー、意図的な何かが見え隠れするような……
「さ~てと、今から私たちは遊びに出掛けるから、タワーはアンタらの好きにしちゃって。何だったら代わりに塔を名乗ってもいいし」
「要りません。これまで通り塔は貴方たちが勤めなさい」
「え~~~? めんどくさ~い」
その面倒臭いことを今までやっていたのですけれど。
「ま、いいわ。誰が何と言おうと私たちの好きにさせてもらうから。そうよねヒサシ?」
「そうだな。じゃあとっととずらか――」
ドォォォォォォン!
会話を遮るように強い衝撃がタワーを揺らします。
「何事!?」
「トワ様、何かがタワーにぶつかったようです。それよりもあちらを!」
「あちら? ――ええっ!?」
ミチオに促されて顔を上げると、衝撃の光景が飛び込んできました。
「ククククク。ついに手に入れたぞ、我が自慢の剣を!」
「グ……オ……ォ……」
ベルフェーヌの手がジャスパーの胴を貫いていたのです。
『ちょ、ちょっと、どうなってるのよこれ、私が乗っ取ったはずなのに!』
「フハハハハハ! このボクを乗っ取る? バカ言っちゃいけないよ。たかが悪霊ごときがボクを乗っ取れるとか本気で思ったのかい? だとしたら甘過ぎる。ボクはただジャスパーの隙を窺っていたに過ぎない」
思った通りです。やはり魔王を制御するなど無理がありますからね。
「じゃあボクは失礼するよ。目的は果たしたし、会いたくない奴まで来たみたいだしね」
そのフレーズと共に背後から安心感のある気配を感じ取りました。
「貴女も来ましたか――」
「――メグミ」
そう、現れたのはメグミと、その眷属たちです。
「トワーーーッ、無事かーーーっ!?」
いえ、もう1人の魔王もいましたね。
「相変わらず騒がしいですわねアスタロイ。それで……」
「ち、違うんだ、決して浮気とかではなく、メグミとは偶然出会っただけで!」
まだ何も言ってないのですけれども。しかしこの様子だといつか本当に浮気しそうですわね。(←ごもっとも)
「というかメグミ、まさか嫌がらせをするためにアスタロイを連れてきたのではないでしょうね?」
「いや、トワにだけ楽しい思いをさせてたまるか――とな。アスタロイは下層で怪我をしていたから連れてきただけだ」
「意味が分かりません……」
「なぁに、本命はそこの勇者だ。ソイツを仕留めるためにここまで来た。生憎と無駄骨になったようだがな」
なるほど、ジャスパーを追っていたと。
「だがお陰で思わぬ相手と再会できた。そうであろうベルフェーヌ?」
「そうだね。フフ、先にコレを入手できて良かったよ」
ベルフェーヌの手に収まる光る剣。それを満足そうに掲げます。
「ヒーローを自称していた勇者のスキルだよ、。大した実力でもないくせに持っているなんて宝の持ち腐れだろう? これからはボクが有効活用してやるのさ」
「勇者のスキルを奪うためだけにここへ?」
「そうさ。それもこれも全部ルシフェルのせいだ。いずれお前とは決着をつけてやる。その時を楽しみにしていろ!」
ザッ!
ベルフェーヌは捨て台詞を吐き、崩れた壁の外へと飛び出していきました。
『あ~~~もぅ、どうしてくれるのよ! せっかくの肉体が逃げちゃったじゃない!』
『はぁ、何百年振りだと思ってはしゃぎ過ぎたな。さっさと逃げればよかった……』
ベルフェーヌには逃げられ、ジャスパーは死んでしまうという悲劇に見舞われる残留思念の2人を前に、これまでの出来事をメグミたちにも伝えます。
「ふむ、タワーは存在せぬのか。だったらどうやって攻略するのだ? やはりそこの悪霊共を消し炭にするしかないのか?」
『は? やるって言うの!? 上等よハナタレのクソガキ! 末代まで祟ってやる!』
「何だとタワーもどきめ! 貴様なんぞに祟られたところで痛くも痒くもないわ!」
『言ったわね!? 後悔させてや――って、ちょっと待ったぁぁぁ!』
残留思念の少女が激しく動揺します。それに続いてわたくしたちも上空へと意識を向けます。そう、遥か上空に巨大なエネルギーを感知したのです。
「タワー、いえタワーの偽者さん。貴女いったい何をしようと……」
『ちちち違うわよ! あんな巨大なもの、私じゃ制御できないもの!』
「貴女じゃない!?」
「落ち着けトワ、アレはタワーとは無関係だ」
冷静に呟くのはメグミでした。
「なぜ言い切れますの?」
「決まっている。アイリーン宇宙軍の報復だ」
どうやらまたメグミが余計なことを仕出かしたようですわ。




